トラビス・カラニック氏(1976年ロサンゼルス生まれ)は、配車サービス会社ウーバー・テクノロジーズの共同創業者。2010年から同社CEOとして辣腕をふるうも、今年6月に辞任。41歳にして、波乱に満ち、「ジェットコースター」になぞらえられる半生を紹介する。
カラニックはUCLAでコンピューター工学を学ぶが、1998年、同級生と仲間同士のネットワーク検索システムScourを開発するため、退学。同社は、利用者と映画や音楽をオンラインでシェアするインターネット会社として急成長したが、著作権法違反として、レコード業界と映画業界の双方から総額2500億ドルにのぼる訴訟を起こされた。2000年に同社は破産し、その全資産を売却した。
翌2001年、カラニックは、ファイル交換技術に特化した新会社Red Swooshを立ち上げた。この理由について彼は、「Scourを訴えた33社を見返すため」だったと述べている。しかし同社は、ニューヨークの同時多発テロ後の株式市場暴落に際して、従業員の所得税分を企業の再投資に回し、法の一線を越えたとされる。共同創業者とも仲たがいし、経営に混乱が生じた。
2007年、カラニックは同社をコンテンツ・デリバリー・ネットワーク(CDN)の雄といわれるアカマイテクノロジーに約1900万ドルで売却。得た資金を元手としてエンジェル投資を行う中で、「LeWeb テクノロジー・カンファレンス」に出席し、ウーバーにつながるビジネスアイデアを耳にする。2009年、ギャレット・キャンプら3名がUber Cabを設立、カラニックは「チーフ・インキュベーター」の地位に就いた。当初は車3台をハイヤーに提供するだけだった同社だが、カラニックはCEO就任後わずか8年間で、450以上の都市に事業展開する世界的な巨大企業へと成長させた。
カラニックは2015年、フォーブスの世界長者番付にランクインした。資産は63億ドルとされる。2016年12月には、トランプの経済アドバイザー評議会に加わるとの発表がされた。ただしそのニュースはウーバーに対する大衆の反発を招き、結局、翌年2月には評議会を辞任した。
時を同じくして、ウーバー社内でも不祥事が続出。これは、男性主体の馴れ合い成果主義というウーバーの悪しき企業文化の産物とされる。かつての同社女性従業員も、ウーバーがセクハラや差別の申立に正面からたち向かわなかったことを非難した。
これを受けて、4カ月にわたる調査が前司法長官エリックホールダーによって行われ、6月に13ページの報告書として公表された。報告書は、ウーバーの企業文化の見直しや幹部のアカウンタビリティ向上、社内のダイバーシティ推進などを提言。ウーバーは、215件に及ぶハラスメントの調査結果を受け、20人以上の従業員を解雇した。ユーザー間では同社への批判が高まり、 SNS 上でウーバーアカウントを削除するよう促すハッシュタグ「#DeleteUber」が大きく拡散する事態となった。
カラニック自身の言動も物議を醸している。
最初に問題が報じられたのは2014年。雑誌のインタビューで、ウーバーのサービスが女性の誘惑に役立つとして“boob-er”と呼び波紋を招いた。(編集部注:“boob”は女性の胸を指す俗語)
今年3月には、カラニックが、運賃の値下げをめぐり、ウーバーのドライバーと激しく口論する車載カメラの映像がネットに流れた。また、分配金額の増額を要請するドライバーたちを恫喝する動画が公開されたことも、世論の反発の拡大につながった。
さらに今年5月には、彼の両親がボート事故に遭遇する悲劇に見舞われた。母親は死亡、父親も深刻な状態とされる。カラニックは6月初め、自身のFacebookに、父親の状態は徐々に回復していると書いたが、同月、休職を正式に表明。その理由を「自分自身の問題に取り組む」とともに、最近身内に起きた不幸に向き合うためとした。6月の第1四半期決算では7億ドルの赤字が計上され、右腕としてきたCFOが辞任を発表したばかりのタイミングだった。
最近のカラニックは、取締役としてウーバーの通常業務に復帰しようとしていると伝えられる。しかし報道によれば、ウーバーからCEO就任を打診された3人全員が、ウーバー最大の問題の一つとしてカラニックの存在を挙げたといわれる。そのうち1人は、「同氏は傑出していて重要な人物だが、誰も関わりたくないだろう」と話し、カラニックを知る周囲も、彼を「積極的で好戦的」と口をそろえる。
ウーバーを創業期から支えてきたベンチマークキャピタルは今年8月、数々の不正行為を理由に、カラニックの取締役退任を求める訴訟を起こした。同社は、カラニックが「取締役会を恣意的に操り、CEOへの返り咲きに道を開こうとしている」と主張。米ウォールストリートジャーナル紙も、この提訴は、カラニックが次期CEO探しを妨害するのを防ぐためと指摘。ウーバーからの「完全追放」を図るベンチマークとカラニックとの間で、今後激しい攻防戦が予想されている。
そんな中、同月27日、新CEOとして、エクスペディア CEO ダラ・コスロシャヒの起用が発表された。米CNNは、「現在、社内には楽観的な空気が流れている」一方、カラニックの今後の「横やり」が一番の懸念事項だという元幹部の発言を紹介している。
一部関係者は、ウーバーがカラニックの「人生」そのものであることが問題の根源だと語る。今年7~9 月期業績では赤字幅が14億6000万ドルと、前期に比べ拡大したウーバー。新サービスの開発費などに加え、頻発する訴訟リスクも重荷の1つとなっている。良くも悪しくもウーバーに影響を及ぼし続けたカラニックの再登場はありうるのか。アメリカ国内の関心は高い。
文・Yuu Yamanaka/編集:M&A Online編集部