澤田ホールディングスのTOB期間延長はいつまで?

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澤田ホールディングスが本社を置くビル(奥の中央)

澤田ホールディングス<8699>の株式公開買い付け(TOB)が異例の10回目*の延長となったことで話題を呼んでいます。*11回目の延長が公表されました(2020年9月9日)

そもそもTOB期間はいつまで延長できるのか

条文の規定はない

まず疑問となるのは、「そもそもTOB期間の延長に制限はないのか」という点です。株式公開買付制度を調べてみると、TOB期間の延長には制限がなく、何回でも、いつまででも延長が可能なようです。

TOB条件の変更については、金融商品取引法第27条の六で規制されています。まず、第1項において、買い付け条件等の変更の禁止内容として4項目が掲げられており、その中に「買い付け等の期間の“短縮”」が掲げられているのに対して、“延長”については禁止項目に掲げられていません。次に、第2項において、第1項で禁じられていない条件変更は可能であると定められています。

条件変更の回数については、特に規制する条文がないようです。

TOB期間については、金融商品取引法施行令8条1項において、20営業日以上60営業日以内とされていますが、これは1回の延長につき60営業日までしか延長できないというルールであり、60日を1ロットとする延長を何度も繰り返すことにより実質的に無限に延長が可能ということのようです。

ただし、TOB条件を変更した場合、公告や訂正報告書の提出などが必要となるため、それらの事務手続きに係るコストが経済的な歯止めとなると考えられますので、現実的にはTOBによる期待収益を毀損する水準になるまでが条件変更の限度となるでしょう。

なお、上記について、筆者は法律専門家の作成した公開文書等を参考にして執筆しているものの、筆者自身は法律の専門家ではないため、法令解釈に関して責任を負うことはできません。もし本稿の読者の皆さんが投資判断を行うにあたり、上記の制度的・法律的問題が検討事項となる場合は、必ず弁護士等の法律専門家に相談するようにしてください。

〇2020年のTOB買付期間ランキング

順位 対象会社 買付者 開始日 終了日 買付期間(日) 営業日ベース(日)
1位 <8699>澤田ホールディングス ウプシロン投資事業有限責任組合(META Capital) 2020/2/20 2020/9/24 218 145
2位 <6104>東芝機械 シティインデックスイレブンス 2020/1/21 2020/4/16 86 60
3位 <9792>ニチイ学館 ベインキャピタル(BCJ-44) 2020/5/11 2020/8/3 84 59
4位 <2608>ボーソー油脂 昭和産業 2020/5/18 2020/7/13 56 41
5位 <6274>ヤマハモーターロボティクスホールディングス ヤマハ発動機 2020/2/13 2020/4/10 57 40

M&A Online編集部作成

なぜ澤田HDのTOBが10回も延長されているのか

公開買付者であるウプシロン投資事業有限責任組合の提出した一連の訂正公開買付届出書によると、澤田ホールディングスの中核事業子会社であるモンゴルのハーン銀行が、TOBで支配株主を変更するためにはモンゴル中央銀行の事前審査を受ける必要があり、そのために提出を求められた資料の作成・入手に時間を要しているため、延長が繰り返されている模様です。

澤田ホールディングスの2020年3月期の有価証券報告書のセグメント情報によれば、連結営業利益10,901百万円のうち10,477百万円が銀行関連事業であるため、ハーン銀行の事前承認はTOBの成否において最も重要なポイントであると考えられます。この手続きが終わらない限り、いつまででもTOB延長が繰り返されることになるでしょう。

新興国では行政手続きに非常に時間がかかるケースが多いといわれており、ハーン銀行の事前審査も相当時間がかかる可能性があります。

なぜ審査で躓く結果となったのか

買付者が開示した「澤田ホールディングス株式会社(証券コード8699)に対する公開買い付けの開始に関するお知らせ」(2020/2/20)によると、ウプシロンは買付の上限を50.1%とし、買収後も上場を維持することを前提としつつ、同社筆頭株主で代表取締役会長の澤田秀雄氏及びその資産管理会社が保有する株式のすべてである29.58%については公開買付け応募契約を2020/2/19に締結済みであるとのことです。

一方、対象会社が開示した「ウプシロン投資事業有限責任組合による当社株券に対する公開買付けに関する意見表明(留保)のお知らせ」(2020/2/26)によると、対象会社は2020年1月末から買付者からの株式取得の提案を受けており、ハーン銀行の支配株主変更のためのモンゴル中央銀行による事前審査を受ける必要があるので、事前審査を済ませてからTOBを開始するよう求めたところ、買付者側の法律顧問が事前審査は不要との見解を示したことから、モンゴル中央銀行に対する事前相談は行わないという回答があり、それに対して対象会社は、法律顧問の見解だけで手続きを進めずモンゴル中央銀行に直接要否を確認するよう求めたものの、買付者はそれに応じずに公開買い付け手続きを開始した旨が記載されています。

 通常、このような状況では、買付者側に多大なリスクが生じることから、まず事前にしっかりと規制当局と事前相談を行い、必要な手続きを終えてからTOBを実施することとなります。ところが、買付者は結局規制当局であるモンゴル中央銀行に直接確認をしないまま法律顧問の見解だけで見切り発車するという不可解な行動をとっています。

公式に開示されている事実関係は上記のみで、それ以上は部外者には状況をうかがい知れませんが、澤田氏が旅行会社大手HISの創業社長でもあること、新型コロナウイルス関連で旅行業界の先行きが懸念され始めた2020年1月に買付者と協議が開始されていること、澤田氏は保有する澤田ホールディングス株式の約8割について、SBI証券に対する担保権を設定していること(上記の「澤田ホールディングス株式会社(証券コード8699)に対する公開買い付けの開始に関するお知らせ」(2020/2/20)」に記載)等の状況証拠から憶測すれば、おそらくHISの来るべき苦境を予期した澤田氏が資金調達の必要に迫られたか、担保権者のSBI証券に株式処分による債務返済を迫られたか、そのあたりの緊急の資金ニーズが生じており、規制当局対応に十分な時間を使う余裕がない状況に陥っていたのではないかと思われます。

また、穿った見方をすれば、あえて規制当局による審査を長引かせ、TOBの延長を繰り返していれば、債権者に対する換金努力のポーズを示しつつ時間稼ぎができ、そのうちに新型コロナウイルスの問題が解決するなどして株式処分を免れることを期待しているという可能性もないとは言えないかもしれません。

いずれにしても、規制当局への事前相談なしにTOBを強行するというのは通常では考えにくく、何らかの裏事情がありそうです。

投資機会として見た場合、確かに市場株価よりもプレミアムのついたTOB価格が提示されてはいますが、結局TOB中止となる可能性も相当程度ありそうですし、あえて部外者が今から手を出す妙味は薄いのではないかと思います。

文:巽 震二(フリーランス・マーケットアナリスト)