TikTok問題が引き起こすテック系イノベーションの「死」

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トランプ米大統領が中国・北京字節跳動科技(バイトダンス)傘下にある動画投稿アプリサービスの「TikTok」に、米国でのアプリ使用禁止か米国企業への事業譲渡を迫っている。

マイクロソフトが「TikTok」買収に名乗り

これに対して米マイクロソフトは2020年8月2日、米国に加えてカナダやオーストラリア、ニュージーランドでの「TikTok」事業の買収も視野に入れていることを明らかにした。

トランプ大統領は「この取引を可能にしているのは米国政府なので、買収するのであれば金額のかなりの部分は米財務省が受け取らなければならないだろう」と発言している。いわば「M&A仲介手数料」を米政府に納めろということだ。

ホワイトハウスは同発言に現時点ではコメントをしていないため、この「手数料」を支払うのが売り手のバイトダンスなのか、買い手のマイクロソフトなのか、あるいはその両方なのかは明らかではない。

ただ、政府の規制や禁止措置で得た民間企業の利益を徴税以外の方法で吸い上げることは、資本主義国家では通常考えられない。仮に次の大統領選挙でトランプ氏が再選されて現政権が続いたとしても、訴訟になれば政府が敗訴する可能性が高い。

とはいえ米国政府が個人情報保護や国家安全保障のために「TikTok」のサービス停止や事業譲渡を迫る権利はある。「手数料」問題の是非はともかく、「TikTok」にとっては米国市場からの「退場」か「譲渡」の二者択一の状況は変わらない。

バイトダンスが手ぶらで、すごすごと「TikTok」の米国撤退を選択するとは考えにくい。とりあえずは米国企業に譲渡して、売却益を得るだろう。そして早ければ2021年1月に起こる米国の政権交代に伴う「米中雪解け」を待って、バイトダンスが「TikTok」の買い戻しや出資による経営権の奪還を狙う可能性が高い。

「TikTok」問題はGAFAにも飛び火する

だが「TikTok」問題は、これだけで終わらない。他ならぬ米国企業のGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)も個人情報の収集や、ネットでの広告や通販、アプリ販売プラットフォームの独占などで、EUはじめ世界中で問題視されているからだ。

そうなるとインターネットなどでICT(情報通信技術)ビジネスを展開するテック系ベンチャーのM&Aにブレーキがかかる可能性が高い。とりわけスマートフォン向けのアプリやパソコンでも利用可能なSNS、動画や音楽の共有サイト、テレビ会議やチャットなどの通信といった個人情報や企業情報のやりとりや計測などを主戦場とするテック系ベンチャーでは、政府による監視や規制を受けるリスクが高まっている。

近年「ユニコーン」として大型M&Aの対象となっている企業の多くは、こうしたテック系ベンチャーだ。「TikTok」に食指を動かしているマイクロソフトも、2011年10月にインターネット電話サービスのSkype(スカイプ)を85億ドル(約9000億円)で、2014年9月には仮想世界を体験する人気ゲーム「マインクラフト」を開発したMojang Studios(モージャン・スタジオ)を25億ドル(約2600億円)で、それぞれ買収している。

GAFAでも2006年11月にグーグルが動画共有サービス最大手のYouTube(ユーチューブ)を16億5000万ドル(約1700億円)の株式交換で、フェイスブックも2012年9月に写真共有SNSのインスタグラムを現金3億ドル(約310億円)とFacebook株約2300万株の総額約7億3650万ドル(約780億円)でそれぞれ買収。いずれも現在は、両社の大きな収益源となっている。

政府がテック系イノベーションを「殺す」

政府による監視や規制を嫌気してテックベンチャーのM&Aが沈静化すると、いずれ起業にも影響しそうだ。大型買収の対象となったテック系ベンチャーですら、単独で営業黒字をあげていた企業は少ない。

ベンチャーキャピタルエンジェル投資家などからの投資資金で「食いつなぎ」ながら技術やサービスを提供し、マイクロソフトやGAFAといった大手企業の目に止まり企業ごと買ってもらうバイアウトがテック系ベンチャーの「王道」だからだ。

大手によるバイアウトが細れば、テック系ベンチャーの多くは赤字のまま体力が尽きたところで姿を消すことになる。そうなるとベンチャーキャピタルエンジェル投資家は損失を被(こうむ)るため、テック系ベンチャーへの投資に慎重になるだろう。いずれ起業自体も減るという悪循環に陥る可能性が高い。

もちろん独力で黒字計上やIPO(新規株式公開)ができる「安全パイ」のテック系ベンチャーは生き残るだろうが、そう多くはないだろう。なにより世界を変えるほど革新的な技術は、当初は市場から受け入れられないものだ。

「安全パイ」の企業はローリスクながらローリターンの可能性が高く、これまでの世界経済を引っ張ってきたテック系ベンチャーのような勢いなど望むべくもない。「TikTok問題」は米中摩擦どころか、世界のイノベーションを完全に凍結させる引き金になりかねないのだ。「ポストコロナ」を牽引すべきテック系ベンチャーの勢いが止まることは、世界経済の重大な懸念材料になる。

文:M&A Online編集部