M&A指南 六つの大切なこと(6)社長候補がいない!

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日本中で増えている現象

 実際に私のクライアントで幾つもある事例のお話しをします。老舗の独自技術を持っている企業で、財務体質も良く、業績も堅調な企業でも、後継者がいないと「廃業」という選択肢が現実味を帯びてきます。恐らくこれは、日本中でこれからも増えていくでしょう。この場合、通常考えられる選択肢としては、

①後継者を育成する
②企業をどこかにM&Aしてもらう
③廃業する

ーくらいでしょう。 

もう一つの選択肢

 しかし、ここにもう一つの選択肢があります。「次世代の後継者を会社ごとスカウトする」という選択肢です。もちろん、できることであれば自社内で後継者候補を見つけるというのが最優先かつ自然です。しかし、ここではそもそも、その自社内での後継者がいないという事例のお話しですから、まず冒頭の選択肢の1番は無いとします。

 すると2番目の選択肢として、どこか自社をM&Aしてくれる企業を探すことになります。この時、多くの社長さんが考えるのは「自社の従業員達がかわいそうだ」ということです。

 それは正にその通りで、今まで永年、苦楽を共にしてきた従業員の人達を、いきなり違うオーナーや代表者の下で働く環境に置くわけですから、その心情は察して余り有ります。しかしここでは、とりあえずその問題をクリアして、自社をどこかに吸収合併してもらう決断をしたとしましょう。

 すると次に問題となるのは、自社の株価、または、事業の価格です。冒頭の前提条件のように、老舗の独自技術を持つ企業で、財務体質も良く、業績も堅調な企業の場合、どうしてもその株価は高くなります。もしもここで常識外れの低価格でM&Aを完遂した場合、予期せぬ多額の課税が生じる可能性もあります。

 となると、老舗の優良企業であればあるほど、その会社をM&Aできる会社の数が限られてくることになります。するとそこで話しはとん挫し、廃業せざるをえなくなるかも知れません。

逆転の発想

 しかしここで、廃業を決断する前に、逆転の発想で、他社を吸収合併し、その会社の社長にそのまま存続会社の社長になってもらうという手段もあります。

 つまりこれが、結果的に「次世代の後継者を会社ごとスカウトする」ということになります。これは針の穴に糸を通すようなハードルの高いスキームとなりますので、なかなか事例は少ないのですが、現実の事例としては、考え方が似通っている友好的な親族が同業の会社を営んでいるような場合に話しを進めることができました。

 実際の事例では、M&Aの事前と事後の資本構成に関して、非常に綿密な検討を要します。中小企業の場合、スカウトされた側の社長(またはその一族)が存続会社の議決権の過半数を握れるようにしないと話は進みません。また、事実上の社長交代ですから、吸収合併して引退する方の社長の退任のタイミングや退職金の金額と株価の関係も十分に検討しなければなりません(租税回避と認識されると大問題になるのでここではあまり詳しく書けません)。他にも当然、社風や社内文化、人事制度の考え方の違いをどうするのか等々、通常の吸収合併と同様の検討課題はここでも残ります。

 しかし、もしも後継者がおらず、自社の株価等が高すぎてM&Aしてくれる相手もいない場合、いきなり諦めて廃業に進んでしまう前に逆転の発想を検討してみる価値はあります。

これから踏み切る経営者の方へ

 社長という仕事はなかなかに難しいもので、「社長という仕事」ができる人は少ないです。ですから、特に近年、中小企業の経営者の後継者問題が、我が国で大きな問題となってきています。

 長年、独自の技術や手法を世に問うてきた会社が、後継者がいないという理由で廃業してしまうのはあまりにも惜しいですし、国家の損失でもあります。その会社で生活の糧を得たり、技術を発揮している従業員の人生にも影響が出ます。

 廃業の前に、どんなに確率が低くても、いろいろなカタチのM&Aを模索して下さい。

記事は事例の特定を避けるため、一部フィクションが含まれています。

文:高橋 秀彰