M&A指南 六つの大切なこと(5)会社を売却する側の株主をどうするか

alt

多くの場合、全ての株式を手放す

 上場企業の場合、M&Aというと、特に吸収合併の場合などは、消滅する方の企業の株主は、その消滅企業の株式に代わって存続企業の株式を所有することになります。

  しかし、 中小企業の場合、吸収された側の株主がそのまま、吸収した存続会社の株主として残ることは少ないです。買収のような場合でも、買収前の株主が買収後の会社の株主として残ることも少ないです。

    私が中小企業のM&Aを進める場合、特にM&Aの後に存続する企業のリスクヘッジのために、消滅または買収される会社の元々の株主をゼロにしておくことをお勧めすることが多いです。

 言い方を変えると、自分の会社をM&Aで他社に譲る場合は、一切の議決権を持たないようなスキームを描きます。それは存続企業のリスクヘッジのためなのです。

 この場合のリスクは、M&Aというよりも、事業承継の場面で顕在化することが多いのですが、それはそのまま、M&A後の中小企業の長期的な問題でもあります。 

敵対的となる株主がいる場合のリスク

 非上場の中小企業の場合、株主の大半は経営陣か、その一族であることが多いですし、それがそのまま「オーナー会社」の定義でもあります。それは何ら悪いことではありませんし、長期かつ安定的に経営を継続する上での大きなメリットとなります。

 多くのオーナー会社では、株式を譲渡するには取締役会の決議を要する旨の定款の定めをしていますし、同じく定款で、自社の株式を相続した相続人等に対する株式の売渡し請求を謳っている会社も多いです。

 このような定款で想定している株主の変動以外にも、突然に株主から行使される可能性がある通常の買取請求権や、一定の株主総会決議に反対した場合に行使できる反対株主の株式買取請求権、自社株を買う場合に予定外の株主からの売主追加請求等々、法の保護の元に株式を移動せざる得ない場面が生じることがあります。ここでの法に保護された権利の大きな問題点は、その株式を移動するための株式の価格が法定されていない点です。

 つまり、いかに非上場のオーナー会社といえども、法律で株主構成を変えなければならない場面があるのは仕方ないとしても、その株式の価格は双方の話し合いで決めなければならないのです。それが決まらない場合は裁判所に決めてもらうことになり、その価格は多くの場合、帳簿上の純資産を株数で割った金額が株式の単価となります。

 いずれにしても、オーナー会社の経営陣にとって、ややこしく、不本意な株式の移動と資金の流出を強要されることになります。 


まさかの事例

 これはM&Aではないですが、ある会社で、実際にあった事例です。ある三代目社長が次世代の後継者に会社を引き継ぐにあたり、先代や先々代の創業家社長が相続対策のために多数の親族その他に分散してしまった株式を整理しようとしていました。そのような株主構成の整理は若い次世代の後継者が実行することは困難であり、多くのオーナー社長にとって「最後の仕事」となります。

 分散してしまった株主の中には、敵対的になってしまったA株主と、三代目社長と長年苦楽を共にしてきて一足先に退任した元役員のB株主も含まれていました。B株主には創業家との血縁関係は無いですが、創業家一族以上に会社のことを思い、長年に渡って身を削り会社を成長させてきた人でした。

 その三代目社長は、敵対的となってしまったA株主と長期にわたり粘り強い交渉をし、許容できる最高値の金額をもってA株主から会社が自己株として買取るという合意に至りました。そしてやっと、その自己株買取りのための臨時株主総会の招集通知を発送したところ、驚いたことに、苦楽を共にした元役員のB株主から売主追加請求の書面が届いたのです。

 この場合、会社はA株主との関係上、もう引き下がれませんからA株主からもB株主からも同じ単価で株式を買い取らなければなりません。

 ややこしい実務の詳述は省略しますが、いずれにしても、A株主から予定通りの株数を買取るためには、さらに追加で臨時株主総会を開催しなければなりませんし、B株主から自己株として買取るための予定外の資金も必要になります。当然、議決権比率も当初の思惑とは変わってきます。

 この事例などは、全ての株主に対し、いつどのような形で株式の移動を強要されるか分からないということを示しており、それは会社の株主構成や資金繰りにまで影響を及ぼすということを示しています。 


これからM&Aに踏み切る経営者の方へ

 M&Aを進めるにあたり、今いかに友好的な関係にあったとしても、将来その関係がどのようになるかは分かりません。ましてや、全ての株主(法人株主の場合、その法人の社長)が代替わりしてしまった時にどのような関係になるのか分かりません。

 株式は相続財産です。もしも会社の経営から縁遠い個人株主が代替わりしてしまうような時、市場で流通していない非上場株式は、相続人にとっては配当を受取る以外は価値がないうえに、相続税が課される財産となってしまいます。存続企業にとっても上述したようなリスク要因となります。

 M&Aは事前のあらゆるリスクやメリットと、事後の事業経営の充分な検討以外にも、超長期的な株主構成に関しても充分な検討をしたうえで実行に踏み切って下さい。


記事は事例の特定を避けるため、一部フィクションが含まれています。

文:高橋 秀彰