M&A指南 六つの大切なこと(2)「手っ取り早い」は命取り

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ある買収事例

 ある小売業での話です。ここではA社としましょう。A社の業種は地域への密着性が高い業種で、ある地域で堅実に業績を上げていました。ある時、全国展開を目指して遠隔地の複数の企業を立て続けに買収しました。ここでは分かりやすく2社を買収したとし、買収した会社をB社とC社としましょう。

 実は私は、その2社の買収後にその会社に関与しました。地域密着型の業種ですから買収前の段階で、地域ごとの風習や文化に合わせて事業を展開しなければならないことは分かっていましたし、遠隔地からの新規参入には相当の困難と時間がかかることは分かっていました。なので、すでに地元で事業展開をしている会社を買収することに合理性はあったのですが、結局、買収した会社はずっと赤字が続くことになってしまいました。

 その後、何年かかけて、B社は黒字、C社は損益ゼロ程度に好転しましたが、そのプロセスと内容は全く違いました。 

B社の場合

 まず、黒字に転換したB社の事例をお話しします。B社は遠隔地とはいえ、A社が事業展開をしている地域に隣接しており、ある程度は地域性によるA社エリアとの風習や文化の差異も予測がつき、また、A社からのコントロールも利きやすい状況でした。

 それでも買収後、何年間も赤字が続いている状態でした。黒字へ転換した決め手となったのは、A社の従業員がB社の社長として赴き、徹底的な改革をし、かつ、新たな手法を導入したことでした。ただし、その社長人事の実行までには何年間も要し、その後の改革にも年単位の期間を要しました。

 しかし、その人事と改革の効果は凄まじく、社長を送り込んだA社が「B社はブラック企業になっているのではないか。」と本気で心配するほどの好業績であり、その後、A社がB社の手法を学ぶほどの好業績でした。

 もちろんこの急成長の要因には、A社から赴任した新任社長のパーソナルの力が大きいことは明らかです。しかしそもそも、なぜ買収後に赤字に転落し、なぜもっと早くに社長交代の人事をしなかったのでしょうか。

 それはつまり、買収前の両社の方向性の検討や、社内や市場の特異性、買収後の戦略の検討が不十分だったからです。例えばB社の社長人事に関して言えば、買収前のB社、及び、B社の創業一族への遠慮があり、長年の間、思い切ってA社から人材を送り込むことができなかったのです。

 ここで分かることは、全国展開という耳障りの良い方向性の元に、十分な検討をせずに買収に踏み切ることのリスクの高さです。

 

C社の場合

 C社の事例に関してはより顕著です。C社はより遠隔地にあり、地域性もより大きく違いましたが、何よりも致命的だったのは、事業所の地代家賃が不相当に高額、かつ長期の契約内容で、途中解約した時の違約金もとんでもなく高い、という状況だったのです。その地代家賃の水準は、どんなに企業努力をして業績を上げても地代家賃に吸い込まれる、と言うほどの水準でした。

 私が関与した時点で、A社がC社を買収した頃の経営陣はおらず、なぜこのような契約内容を結んでいたのか、買収前に検討しなかったのか等々はすでに分からない状況でした。分かったところで契約内容を変更できるものではありません。

 もちろんB社と同様に、数年後にA社から再建のための人材が赴きましたが、あまりにも地代家賃の負担が大きいために黒字に転換できません。

 ここでなされたことは、事業所の場所はそのままに設備をリニューアルすることでした。この事例の業種の場合、リニューアルは業績向上に効果があり、損益スレスレにまで回復しましたが、そのリニューアル効果が薄れてきた時、まだ残っているであろう設備投資(リニューアル)の償却と、賃貸借契約期間が大きく業績を圧迫するリスクが残っています。

 ここでもやはり、買収前の十分な検討がなされていなかったことがうかがえます。

 全国展開という方向性のものと、十分な検討をせずに「買収による全国展開」という方針ありきで買収を実行すると、この事例のように長期にわたって本業の足かせとなってしまいます。

 この2社でつまずいたA社は、今となっては社内で全国展開という方向性を言い出す人はいなくなり、当初の方向性は完全に失われています。 


これからM&Aに踏み切る経営者の方へ

 分かりやすくて従業員のヤル気を引き出す方向性を打ち出すことは非常に重要です。そこにM&Aという手法を用いることができれば、その効果やスピードは劇的になる可能性があります。   

 M&Aは不動産取引に似ています。「自分がしなければ誰かがやってしまう。」という焦りが伴います。しかし、だからこそ事前に十分な検討をしてください。特に、M&A後の人事に関して、計画通りに業績が上がらなかった場合に、思い切った人事ができますか。M&Aをして会社を手放す創業一族への遠慮があり、ずるずると赤字を続けるようなリスクはありませんか。その辺り、キッチリと検討を重ねておいて下さい。

 「着想は大きく、着手は小さく」です。魅力的な方向性のもと、「M&Aありき」で突き進むのではなく、事前に十分な検討をして下さい。

(次回は2月27日(火)に掲載します)

記事は事例の特定を避けるため、一部フィクションが含まれています。

文:高橋 秀彰