【サントリー】「やってみなはれ」M&Aの活用における意思決定力の重要性

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※画像はイメージです

 サントリーHD(非上場)は国内屈指の飲料メーカーであり、アルコール飲料のメーカーとしては関連企業を含めると国内ナンバーワンの企業である。ウイスキーでは国内ナンバーワンのシェアを占めるも1990年代に入り蒸留酒の低迷を受けて厳しい状況が続いた。

 そういった状況下での「プレミアムモルツ」の大ヒット、ハイボールによるウイスキー人気の復活、ビーム社の買収を始めとしたグローバル戦略、これらの戦略は数多くの失敗に学び、それでも攻めの姿勢を崩さない同社の社風によるところが大きい。非上場が故の「意思決定力」が功を奏した面も見逃せない。今回は営業戦略における「意思決定力」の重要性にフォーカスし、サントリーのM&A戦略を分析する。

創業理念の重要性

 サントリーは1899年に創業者鳥井信治郎が大阪市において「鳥井商店」を開業、ぶどう酒の製造を始めたのが発祥である。1923年には国内で初のウイスキーづくりに乗り出す。紆余曲折を乗り越え、洋酒ブームによりウイスキー市場が拡大する中、単一市場の事業リスクを懸念し63年にビール市場に参入、72年より食品事業を展開。90年代には飲料市場を牽引して酒類事業と並んで大きな事業となる。

 87年に登場したアサヒビール「スーパードライ」の大ヒットの影でヒット商品に恵まれず酒類事業が苦戦する中、2005年「ザ・プレミアム・モルツ」がモンドセレクションのビール部門で金賞を受賞。40年以上も赤字であったビール事業の黒字化に成功する。その後グローバル戦略にも注力し、09年にはオランジーナ・シュウェップス・グループの全株を取得。14年に「ジム・ビーム」でおなじみのビーム社を買収したのは記憶に新しいところである。

■主なサントリーのM&A

概要
1983年 フランスボルドーの名門 シャトー・ラグランシュを買収。
1990年 フランスのシャトー・セント・ジーンを買収。
1994年 イギリスのウイスキー醸造所 モリソン・ボウモアを買収。
2009年 ブラックストーン・グループとライオンキャピタルからオランジーナの銘柄を持つフランスの清涼飲料メーカー オランジーナ・シュウェップスを約3500億円で買収。
2009年 キリンホールディングス<2503>との持ち株方式による経営統合の交渉行うも難航、2010年に交渉打ち切り。
2014年 ジム・ビームの銘柄を保有していたビーム社全株を総額160億ドルで買収。買収後のビーム社をビームサントリーとしてサントリー酒類のスピリッツ事業と統合。

 日本の大手酒類メーカーのM&Aの歴史について振り返ると、キリンビールが積極的にM&Aに着手したのが06年以降(メルシャン、協和発酵、サンミゲルほか)であり、アサヒビール<2502>も01年以降(ニッカウヰスキーほか)、サッポロビールにおいては現在もM&Aには消極姿勢である。80年代から積極的にM&Aまた商品開発や事業領域の拡大に取り組んでいたサントリーは、同業他社と比較してもM&A戦略には前向きであると言える。

 サントリーは創業者鳥井信治郎、二代目社長佐治敬三、三代目社長鳥井信一郎、四代目社長佐治信忠と歴代同族経営を貫いていた。五代目社長には佐治信忠氏とかねてより親交が深く慶応義塾大学の後輩でもある新浪剛史氏が就任。五代目社長である新浪氏は同族ではないが、いわばワンポイントリリーフ的な役割であり、いずれは鳥井信一郎氏の長男にあたる鳥井信宏(同社副社長)が承継していくものと推測できる。同社の企業理念である「チャレンジ精神『やってみなはれ』」「社会との共生『利益三分主義』」「自然との共生」の中でも特に有名であるのが『やってみなはれ』の精神である。

 チャレンジ精神を掲げる企業は多いが、サントリーはファミリービジネスであるが故に意思決定を迅速に行えるという強みがある。判断を誤ると企業の屋台骨が揺らぎかねないが、経営戦略を即座に実践につなげることができるという点は競合他社にはない大きな強みである。

 特にM&Aに関していえば、タイミングを逸しないために迅速な意思決定が求められる。先般のビーム社買収という大型M&Aを取り組む段階で三菱商事出身の新浪氏にスイッチしたのは賢明な施策と言えよう。有効な戦略立案と実行を新浪氏が行い、会長職の佐治氏が追認するという現体制は社内の意思統一も図りやすいと思われる。

サントリー食品インターナショナル

 サントリー食品インターナショナルは、サントリーHDの子会社であり清涼飲料事業を営む。設立は09年1月であるが、同年4月にはサントリー本体の純粋持株会社化に当たり、国内外の食品事業を継承した。11年1月組織変更により、フルコア・グループ、オランジーナ・シュウェップス・グループ、セレボス・パシフィック・リミテッド、ペプシ・ボトリング・ベンチャーズLLCなどを当社傘下に移管して海外における清涼飲料事業を統合。13年7月には東証一部に上場している。15年7月にはジャパンビバレッジグループ及びジェイティエースターグループを子会社化、販路拡大戦略にM&Aを積極活用している。

(出典:サントリーHP 2015年12月期決算投資家・アナリスト向け説明会資料より)

■サントリーHD・サントリー食品インターナショナル 構成図

(出典:サントリー食品インターナショナル有価証券報告書201512月第4四半期より)

■業績推移

サントリーホールディングス株式会社

■売上高・損益推移

(2013年はサントリー食品インターナショナル上場による特別利益を内包)

■自己資本比率

サントリー食品インターナショナル株式会社

■売上高・損益推移

■自己資本比率

 M&Aによる企業買収の効果はてきめんで、増収増益にて推移している。競合他社の売り上げが伸び悩む中、同社が売り上げを伸長させている点を考慮すれば、今後もM&Aをいかに活用するかが経営の鍵を握っていると言えよう。マーケットにおける競合の分析を次項で行う。

■マーケット動向

業績比較

■売上高比較

■営業利益比較


■ビール類売り上げシェア(2015年)

 国内大手酒類メーカーの勢力図はこの10年で大きく変化した。アサヒビールはスーパードライのヒット以降、国内におけるビール類の売り上げシェアは6年連続首位をキープしている。サントリーにおいてもプレミアムモルツのヒットやハイボールのブーム火付けが功を奏し、ウイスキーの売り上げも好調である。またサントリーはビーム社を買収した事により、他社を大きく引き離し、グループ全体では国内食品メーカーで売り上げ首位である。

 これに対しキリンは大きなヒット商品に恵まれず、M&Aにおいても11年に行ったブラジルのスキンカリオール社の買収が足かせとなり、15年には上場以来(49年)初の赤字(560億円)を計上した。事業領域の拡大やグローバル展開を迅速に行うためにM&Aは有効な施策と言えるが、買収先を見誤ると大きな負の遺産を背負い込む結果を招くこともある。

 日本のビールの売り上げは近年減少の一途をたどっているが、これにはさまざまな要因がある。ただ、明らかなのは成人の嗜好の変化である。これにより、ビール以外の飲料へのシフトが起こり、発泡酒や第三のビール、またハイボールへと移り気なトレンドが次々に訪れ、ビール単体の売り上げは下がっていく。今後の人口減少も考慮すれば、ビール以外の領域への展開はもとより、海外進出は必須となる。

 ただ、足元で見ると、08年から行った「角ハイボール」のプロモーションが大いに当たり、ウイスキーの売り上げは回復基調にある。20代~30代をターゲットにした施策やレストランチャネルの拡充、ドラマ「マッサン」のヒット、英国「Whisky Bible 2015」にて「山崎シングルモルト・シェリーカスク2013」が世界最高のウイスキーに選出されるなどの追い風もあり、国内、海外とも需要が増加している。08年には7.5万キロリットルまで低迷していたウイスキー年間出荷量が14年には11.8万キロリットルと飛躍的に伸びている。国内のウイスキー市場のシェアは、サントリー、ニッカ(アサヒHD)の2社で9割を占めており、寡占状態にある。

 しかし、国内のウイスキー市場が伸びているとはいえ、今後はグローバル戦略の強化が求められる。生産ラインが限られている国内の状況、また熟成に時間がかかるウイスキーの商品特性を考えると、海外メーカーのM&Aによる買収は効率的であると言える。

サントリーのM&A戦略

 サントリーのM&Aはビーム社の買収を機に「ハンズオフ」から「ハンズオン」に変化しつつある。ビーム社買収により有利子負債が1兆6000億円を超えた状況において、買収先のガバナンスの徹底は喫緊の課題である。ただ、老舗のブランド力を持つビーム社において、強硬な手法を取る事は禁物である。ビーム社の優れた部分を生かしながら、オーナーとしてのガバナンスを利かせていく、いわゆる「不易流行」を理念とした経営政策はサントリーのいわば「お家芸」であり、新浪社長を中心としたビームサントリーのガバナンス改革が今後のサントリーの将来に大きな影響を与えることとなる。

総括

 国内のビール市場がシュリンクしていく状況下において、事業ドメインの見直しやグローバル戦略の策定が今後の経営の鍵を握ると言ってよい。有効な戦略としてM&Aが挙げられるが、M&Aを成功させるには迅速な意思決定力と統合後のPMIが重要であり、正にサントリーは、現在その手腕を問われる局面にある。ビールにおいて日本のメーカー4社の世界シェアはわずか4.8%に過ぎず、これから海外勢が日本の酒造メーカーを買収のターゲットとしてくる中、サントリーの今後のグローバル戦略は競合他社への影響力も大きく、引き続き動向が注目されるところである。

この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

まとめ:M&A Online編集部