【M&A仕訳】株式移転の会計処理

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こんにちは、公認会計士の岡 咲(おか・さき)です。(ペンネームです。会員検索してもこの名前では出てきませんので、悪しからず。)

連載第5回は、個別会計における株式移転の仕訳について説明します。

株式移転のスキームについて(取引概要)

前回の株式交換では、取得企業が新株を発行し、被取得企業(取得対象会社)のすべての株主が保有するすべての被取得企業株式と当該新株を物々交換するという”1対多”の集団的な取引でした。

これに対して株式移転は、既存の取得企業が新株を発行するのではなく、新会社を設立して取得企業の株式も被取得企業の株主も「全員が全株式を新会社の株式と交換する」という多数株主と多数株主の”多対多”の集団的な取引となります。

株式移転の基本の仕訳

基本的には、株式交換の仕訳と類似した処理を行っていきます。しかし株式移転の場合、M&A当事者の両方とも完全子会社となるため、どちらの会社が取得企業でどちらの会社が被取得企業となるかを判定する必要があります。

まず取得企業と被取得企業の判定から

実は株式移転に限らず、すべての企業結合取引では、最初に取得企業と被取得企業の判定を行います。

企業結合に関する会計基準では、対価として現金を支払った場合は、「現金を支払った方が取得企業」と定義しています。よって、現金を対価として行われる取引である株式譲渡や事業譲渡の場合は、取得企業は明確で、わざわざどちらが取得会社にあたるかを検討するまでもありません。

ところが、対価として株式を支払った(株式交換、株式移転等)場合、新株式を発行する側は、取得企業である可能性が高くなりますが、それだけで判定してはなりません。企業結合に関する会計基準では以下の6つの観点から、総合的にどちらが取得企業となるかを検討することと定められています。

表:取得企業と被取得企業の判定

結合後の議決権比率の構成比でより大きい比率を占めるのはどちらの当事者側か
結合後の筆頭株主はどちらの当事者側か
結合後の取締役会の過半数の人事権を握っているのはどちらの当事者側か
結合後の取締役の構成比はどちらの当事者出身の者が多いか
対価の支払いに対してどちらの当事者がプレミアムを支払う側だったか
売上高、純利益、総資産はどちらの当事者がより大きいか

なお、前回の株式交換や次回の合併のケースでは、完全親会社となる側、存続会社となる側が被取得企業となるケースもあり得ます。これを「逆取得」といい、特別な処理が定められていますが、かなりのレアケースであり、本連載で取り扱うべき範囲を超えると考えられることから、詳細は省略させていただきます。

さて、株式移転の場合、新たに作られる親会社は買い手でも売り手でもない新たな存在ですので、取得企業とはなりえません。そうすると、取引当事者のいずれも新株を発行する会社ではないことになります。

そこで、株式移転により完全子会社となる会社のいずれかが取得企業となるかを上記の判断基準で判定し、取得企業、被取得企業を認定することとなります。

(設例1)A社とB社は株式移転によりC社の完全子会社となることで経営統合を行うことに合意した。

 ①C社の議決権比率は、旧A社株主52%、旧B社株主48%である。
 ②C社の筆頭株主は、旧B社個人オーナーで、議決権の34%を保有することとなる。
 ③C社の取締役はA社出身者2名、B社出身者1名とすることで合意された。
 ④C社の取締役人事案はそれぞれの出身会社がそれぞれの人数分作成することで合意された。
 ⑤移転比率を設定する際、プレミアムを支払ったのはA社側であった。
 ⑥売上高はA社のほうが規模が大きいが、純利益はB社のほうが大きく、資産規模はおおむね同等であった。

(設例1の判定)

設例1のケースでは、①ではA社が取得企業、②ではB社が取得企業、③④⑤ではA社が取得企業、⑥ではどちらともいえない、という状況に整理できました。その上で総合的に判断すると、B社がある程度の発言権はあるものの、やはり実質的にC社をコントロールしうる立場にあるのはA社側と考えられます。よって、このケースでは「A社が取得企業と認定されることが妥当」と考えられます。

※株式移転の仕訳は次ページ以降に続きます。

株式移転における各当事者の会計処理

取得企業の判定ができたら、それぞれの当事者ごとに会計処理が行われます。

株式移転の場合、登場人物は次の5通りです。

1.新設会社
2.取得企業
3.被取得企業
4.取得企業の株主
5.被取得企業の株主

(1)新設会社の会計処理

新設会社は、新株を発行して資本金・資本剰余金を増加させること、子会社株式を取得することを会計処理します。

この時、取得企業の株式については、取得の前日の取得企業の株主資本の適正な簿価により評価します。被取得企業の株式については、被取得企業の株主が新設会社に対して保有する議決権比率と同じ比率を保有するのに必要な数の取得企業の株式を取得企業が交付したものとみなして算定します。

(設例2)

・上場会社D社および上場会社E社は株式移転による経営統合を行い、F社の完全子会社となった。D社およびE社はそれぞれ上場を廃止しF社が上場を引き継ぐこととなった。
・取得の判定の結果、取得企業はD社と判定された。
・株式移転日の前日におけるD社の株主資本の適正な簿価は5,000百万円、時価総額は6,000百万円、発行済み株式総数10百万株、株価600円であった。同日におけるE社の時価総額は4,000百万円、発行済み株式数5百万株、株価800円であった。
・株式移転の比率はD社1株に対してF社株式1株、E社株式1株に対してF社株式1.5株である。
・F社は、増加する純資産を資本金と資本剰余金に半額ずつ計上するものとしている。

(設例2の会計処理)

・D社株式は取得企業の株式なので株主資本の適正な簿価5,000百万円で計上します。
・E社株式は、以下の計算により金額を算定します。
・まず、E社株式に割り当てられるF社株式は5百万株*1.5株=7,500千株です。
・次に、F社株式とD社株式の交換比率は1:1なので、D社株式に割り当てられるF社株式は10百万株*1株=10百万株です。よってE社株主が取得するF社の議決権比率は7,500千株/(17,500千株)=43%となります。
・この議決権比率を獲得するための株数7,500千株をD社株式数に換算すると、交換比率は1:1ですので、7,500千株に相当します。
・よって、E社株式の価値は、D社株7,500千株相当になりますので、D社の直前株価600円*7,500千株=4,500百万円となります。

仕訳は以下の通りとなります。

(借方) 子会社株式(D社分) 5,000百万円 (貸方) 資本金 4,750百万円
子会社株式(E社分) 4,500百万円 資本剰余金 4,750百万円

(2)取得企業及び被取得企業の会計処理

株式移転は取得企業の株主及び被取得企業の株主と新設会社との取引となりますので、取得会社そのもの及び被取得会社そのものは取引当事者ではありません。よって、原則として「仕訳なし」となります(細かい例外がいくつかありますが、本連載では省略します)。

仕訳なし

(3)取得企業及び被取得企業の株主の会計処理

株式交換の際の被取得企業の株主の処理に準じて処理を行います。すなわち、移転の対価は必ず株式なので、対価の面では投資継続、移転後の持ち分比率の変動を勘案して、子会社・関係会社・その他有価証券のカテゴリに変動がある場合は、投資の清算に該当する場合あり、となります。

投資の清算に該当した場合「交換損益を認識」し、該当しない場合は「仕訳なし」となります。

(4)例外:共通支配下の取引

親子会社間の取引、兄弟会社(共通の親会社を持つ子会社同士)間の取引など、頂点に立つ株主が共通する会社同士の取引を「共通支配下の取引」といいます。

親会社と子会社が株式移転を行う場合、新会社の仕訳は以下のようになります。

(4-1)旧親会社株式の取得の会計処理

取得企業株式の処理と同様、株主資本の適正な簿価で計上します。

(4-2)旧子会社株式の取得の会計処理

100%子会社の場合、旧親会社株式同様、株主資本の適正な簿価で計上します。

100%子会社でない場合は、旧親会社保有分については、株主資本の適正な簿価に旧親会社持ち分比率を乗じた金額で計上します。他の株主の保有分については、被取得企業株式と同様に会計処理します。

(設例3)

・G社は上場準備中の非上場会社である。
・G社は自ら事業を営むほか、許認可を必要とする隣接分野の事業を営むH社を90%子会社としている。残りの10%はG社がH社をM&Aで取得した際に技術顧問として継続関与することとなったH社の創業者J氏で、G社およびG社株主とJ氏の間には資本関係はなく、両者を一体としてみるべき内容の契約や利害関係の状況もないと認められている。
・G社は、アドバイザーの指導により、ホールディングス体制に移行するため、G社・H社で新設するI社への株式移転を行うこととした。
・株式移転時におけるG社の株主資本の適正な簿価は5,000百万円、公認会計士に依頼して算定したG社の株主価値の時価は6,000百万円、G社の発行済み株式数1百万株、H社の株主資本の適正な簿価は3,000百万円、公認会計士に依頼して算定したH社の株主価値の時価は4,000百万円、H社の発行済株式総数2百万株であった。
・交換されるI社株式数は、G社株一株に対して3株、H社株1株に対して1株であった。

(設例3 I社の処理の会計処理)

・G社株式はG社の適正な簿価で計上しますので、5,000百万円となります。
・H社株式は、G社持ち分については株主資本の適正な簿価3,000百万円に持ち分比率90%を乗じた2,700百万円となります。
・J氏の持ち分については、以下の計算によります。
 まず、H社株式に割り当てられるI社株式は2百万株*1株=2百万株です。そのうちJ氏が取得するのはその10%の200千株です。
 次に、G社株式に割り当てられるI社株式は1百万株*3株=3百万株です。
 よってI社の発行済み株式総数は5百万株となり、J氏が取得するI社の議決権比率は200千株/(5,000千株)=4%となります。
・この議決権比率を獲得するための株数200千株をG社株式数に換算すると、比率は1:3ですので、3分の1の67千株に相当します。よって、J氏取得分のH社株式の価値は、G社株67千株相当になりますので、D社の株主価値時価総額6,000百万円/発行済み株式総数1百万株*67千株=400百万円となります。

以上の結果、仕訳は以下の通りとなります。

(借方)     子会社株式
(G社分)
5,000百万円 (貸方) 資本金 4,050百万円
子会社株式
(H社分のG社保有部分)
2,700百万円
資本剰余金 4,050百万円
子会社株式
(H社分のJ氏保有部分)
400百万円


以上が株式移転の仕訳となります。(次回「合併のM&A仕訳」に続きます)

文:岡 咲(公認会計士)/編集:M&A Online編集部

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