スポーツビジネスの未来を拓く、次世代の顧客体験とは?テクノロジーとコミュニティが鍵

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ストライク<6916>が主催する『第47回S venture Lab.』が2025年9月25日、Tokyo Venture Capital Hubにて開催された。今回のテーマは「スポーツビジネスの未来と次世代の顧客体験」。スポーツテックの活用事例やプロスポーツ現場への導入可能性について、業界の第一線で活躍するキーパーソンたちが熱い議論を交わした。本記事では、テクノロジーが変える観戦体験や、ファンとの新たな繋がり方など、スポーツビジネスの未来を読み解くヒントが満載のトークセッションの模様をレポートする。

スポーツ観戦の未来形:「短時間・高密度」が新たなトレンドに

トークセッションの冒頭、スクラムスタジオ株式会社 プログラムマネージャー 渡部優也氏が、スポーツビジネスの未来を読み解く3つのキーワード「短時間・高密度」「空間のUX化」「見るからつながる」を提示。それぞれのキーワードに沿って、海外の先進的なスタートアップ事例を紹介し、浦和レッドダイヤモンズ株式会社 成長推進室 部長 矢島健作氏、株式会社ボードウォーク取締役COO 田上和宏氏がコメントした。

最初のテーマは「短時間・高密度」。現代の消費者が短い時間で満足度の高い体験を求める「タイムパフォーマンス」重視の傾向は、スポーツ観戦にも及んでいると渡部氏は指摘する。その代表例として、女子3x3プロバスケリーグ「Unrivaled」や、タイガー・ウッズらが創設したインドアゴルフリーグ「TGL」を紹介。これらのリーグは、試合時間を大幅に短縮し、独自のルールや演出を取り入れることで、新たなファン層の獲得に成功している。

これらの新しい潮流に対し、矢島氏は、Jリーグの現状について語った。「コロナ禍から観客は戻りつつあるが、エンタメの選択肢が増えた今、90分という試合時間にふさわしい魅力がなければファンは離れてしまうという危機感がある」。矢島氏は、満員のスタジアムがもたらす一体感という価値を維持しつつも、「時短・高密度」への挑戦が業界全体の急務であるとの認識を示した。

スタジアムは「体験空間」へ進化する

続いて渡部氏は、2つ目のキーワード「空間のUX化」を提示。スタジアムを単なる観戦場所から、よりパーソナライズされた快適な「体験空間」へと進化させるテクノロジーを紹介した。

最初に紹介されたのは、ディスプレイ開発を手掛ける「Misapplied Sciences」。この技術を使えば、1枚のスクリーンを見ているにもかかわらず、見る人ごとに全く異なる情報を表示できる。例えば、空港で導入された事例では、チェックイン時に顔認証を済ませた乗客がディスプレイの前に立つと、自分だけのフライト情報やゲート案内が自動で表示される。これをスタジアムに応用すれば、VIP客だけに特別なラウンジの案内を表示したり、シーズンシートホルダーに限定グッズの情報を届けたりと、顧客一人ひとりに合わせた「超パーソナライズ」された体験の提供が可能になる。

次に、レジなし決済システム「Zippin」が紹介された。これは、入場ゲートでクレジットカードやQRコードをかざすだけで、あとは商品を手に取って退店するだけで決済が完了する仕組みだ。このシステムは、顧客の待ち時間を劇的に短縮するだけでなく、販売機会の損失を防ぎ、売上向上にも大きく貢献するという。当初はコンビニでの導入をめざしたが、商品の認識精度の問題から、比較的大ぶりで単価の高い商品を扱うスタジアムでこそ真価を発揮し、現在ではNBAのスタジアムの3分の1に導入されるほど普及しているという。

最後に紹介されたのは、ラスベガスなどで展開するイマーシブ(没入型)施設「Cosm」。プラネタリウムのような巨大な半球状のドームの内側全面に、8Kの高解像度映像を投影。まるでスタジアムの特等席にいるかのような、あるいはフィールドに立っているかのような、圧倒的な臨場感でスポーツ観戦を楽しめる。遠方の試合でも、天候に左右されず快適な環境で最高の観戦体験ができるこの施設は、新たなパブリックビューイングの形として注目を集めている。

これらの技術に対し、田上氏は興行主としての視点からコメントした。「スポーツは勝敗というコントロールできない要素があるため、ビジネスとして成立させるのが非常に難しい。だからこそ、試合の前後でいかに楽しんでもらうかが重要。選手との交流や施設全体の体験価値向上は、たとえ試合に負けても『また来たい』と思ってもらうために不可欠だ」。


一方で矢島氏は、これらの技術を日本のスタジアムに導入する際の現実的な課題を指摘。「日本のスタジアムは自治体所有のケースが多く、改修や設備導入には複雑な合意形成が必要。既存システムとの互換性も課題になっている。だからこそ、クラブ、リーグ、スタジアムが一体となって設計段階から取り組むことが必要になってくる」。

「見る」から「つながる」へ:コミュニティがもたらす新たな価値

最後のキーワードは「見るからつながる」。スポーツを通じて人々が社会的なつながりを築く「コミュニティ」の重要性について、渡部氏は3つのスタートアップを例に挙げた。

最初に紹介されたのは、ランニングウェアブランド「Bandit Running」。彼らの象徴的な取り組みが、ニューヨークで開催される「Bandit Grand Prix」だ。F1レースに着想を得た演出が施され、参加者は倉庫街を改造した周回コースを駆け抜ける。周回コースにすることで、観客は何度もランナーを応援でき、「見る側がつまらない」というマラソンの課題を解決した。このようなユニークな体験を通じて、ブランドへのエンゲージメントを深め、結果的にウェアの売上にも繋げている。

次に紹介されたのは、元サッカーフランス代表のエリック・カントナとコラボレーションを進める体験型トラベルプラットフォーム「Dharma」。カントナ自身が案内人となって試合を共に観戦し、試合後には一緒にビールを飲みながら語り合う、といった特別なパッケージを販売している。熱狂的なファンにとって、まさにプライスレスな価値を持つこの体験は、高い顧客満足度とリピート率を誇る。スポーツ選手だけでなく、著名なインフルエンサーと旅をする企画なども展開しており、「特定の人に深く刺さる」体験をプロデュースすることで、新たな市場を開拓している。

これらの事例は、単にスポーツを「観戦する」だけでなく、共通の趣味や憧れを通じて「つながる」ことの価値を示している。熱量の高いファンを巻き込み、特別な体験を提供することで、強固なコミュニティを形成し、それが新たなビジネスチャンスを生み出しているのだ。

最後に渡部氏は、「海外のスタートアップも日本市場に注目している。スポーツへの関心が高いこの国で、今日集まった皆さんが連携することで、新たなエコシステムが生まれるはずだ」と語り、日本のスポーツビジネスの大きなポテンシャルへの期待感を示してセッションを締めくくった。

ピッチイベント

第二部では、スタートアップ2社によるピッチが行われた。最初に登壇したFeverの市場戦略/パートナーシップ・シニアマネージャーである三枝 ロイ 氏は、AIを活用してユニークなリアルイベントを発掘・提供するプラットフォーム「Fever」を紹介。続く株式会社ookamiの代表取締役である尾形 太陽 氏は、スポーツの試合速報や応援コメントでファン同士が繋がるコミュニティアプリ「Player!」の事業内容と今後の展望を語り、各社は参加者との連携を模索した。