【解説】東洋建設のTOB攻防戦 買収提案と防衛策の動向

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任天堂創業家の資産運用会社が海洋土木大手の東洋建設に対し、全株取得を目的とするTOB(株式公開買付け)を予告し株式市場から注目を集めている。東洋建設をめぐっては前田建設工業を中核としたインフロニア・ホールディングスによるTOBが先月不成立となったばかり。6月24日に開催される株主総会での結論が待たれるところだ。TOB実務に詳しい柴田堅太郎弁護士に事案を整理してもらった。

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任天堂の創業家である山内家を背景に持つ「ファミリーオフィス」であるYamauchi No.10 Family Office(以下「YFO」という。)を実質的な支配者とするWK 1 Limited、合同会社Vpg、株式会社KITEなどの法人5社ら(以下「YFOら」という。)による東洋建設の賛同に基づかない公開買付け予告及び東洋建設によるそれに対する買収防衛策(但し、東洋建設は買収防衛策と称していない。)の導入が話題となっている。

本件は先行するTOBが存在する、当事者間で多くの書簡が繰り返されるなど比較的複雑な事案であるが、本稿では公表資料から得られる情報をもとに、本件を理解する上で特に重要と思われるポイントを紹介したい。

1.本件の経緯

    本件の経緯は大要以下のとおりである(いずれも2022年)。

    3月22日 インフロニア・ホールディングス(以下「インフロニア」という。)が東洋建設株式の公開買付け(以下「インフロニアTOB」という。)を開始し、東洋建設がインフロニアTOBに対する賛同及び応募推奨の意見表明を行う。インフロニアTOBは、発行済株式の全部を買付の対象とし、公開買付価格を770円としている。なお、インフロニアの完全子会社である前田建設は、東洋建設の約20.19%の議決権を保有し、同社を持分法適用会社としていることから、利害関係のある者による公開買付けとして特別委員会の設置等の公正性担保措置が取られた。
    3月29日 WK 1 Limitedが東洋建設の株式を市場で取得し、議決権割合10.03%に至り、同社の主要株主となる(4月5日付で大量保有報告書(変更報告書)を提出)。
    4月8日 WK 1 Limitedが東洋建設の株式を市場で追加取得し、議決権割合20.77%に至り、同社の筆頭株主となる(4月15日付で大量保有報告書(変更報告書)を提出)。
    4月28日 YFOらによるその後の市場における東洋建設株式の追加取得(合計27.19%)、YFOらによる公開買付価格を1,000円(インフロニアTOBの公開買付価格を230円上回る)とする提案等を受け、東洋建設は、インフロニアTOBに対して賛同表明は維持しつつも、応募推奨から株主の判断に委ねる旨の意見変更を行う。
    5月18日 YFOの事業会社であるVpg及びKITEが、6月下旬をめどに、公開買付価格を1,000円とし、東洋建設株式の全部を対象とする公開買付け(以下「YFOらTOB」という。)の予告を行う。
    5月20日 インフロニアTOBへの応募が買付予定数の下限を満たさず、不成立となる。
    4月18日以降現在に至るまで 東洋建設とYFOがYFOらの株式取得等をめぐり書簡のやりとり及び面談を行う。
    5月24日 東洋建設が、いわゆる特定標的型買収防衛策(以下「本買収防衛策」という。)を導入する。なお、本買収防衛策は、6月24日開催予定の東洋建設定時株主総会(以下「本定時株主総会」という。)において承認されない場合には廃止される。また、本定時株主総会では、YFOら及びその関係者(特定株主グループ)が本買収防衛策に定める大規模買付ルールに重大な違反をして大規模買付行為等を行った場合に対抗措置を講じることの承認議案についてもあわせて上程される。
    5月25日 東洋建設が、本定時株主総会に関して大阪地方裁判所に対して総会検査役の申立てを行う。
    6月8日 YFOらが、東洋建設に対して、同社取締役会が賛同・応募推奨を行わない限りYFOらTOBを実施しないこと、また、2023 年 5 月 24 日までの間、東洋建設の事前の同意なく株式の追加取得及び本買収防衛策に定める「大規模買付行為等」を行わないこと等を内容とする誓約書を提出する。
    6月9日 東洋建設が、議決権行使助言会社ISSが本定時株主総会における本買収防衛策承認・対抗措置発動議案について反対を推奨したことに対する見解を公表する。
    6月24日 本定時株主総会開催予定日

    2.買収者及び買付提案の特性

    近時の敵対的買収防衛事例と比較して、YFOらと、YFOらTOBの内容については以下のような特徴が見られる。

    ・YFOは、「事業会社やファンドと異なり、ファミリーオフィスという性質上多くのステークホルダーを抱えておらず、かつ一定期間で利益を確定しなければならないという制限もないことから、投資期間(Exit 期間)を限定せず、出資先経営陣とともに、事業会社やファンドが貴社の親会社となる場合では実行できないような長期的な成長・企業価値向上を目指した投資を実行することが可能」であるとしている。
    ・YFOらTOBは東洋建設取締役会の賛同及び応募推奨意見を開始の前提条件としており、YFOらは友好的買収であるとの立場を一貫して取っている。
    ・東洋建設が賛同、応募推奨(応募推奨はのちに撤回)したインフロニアTOBの公開買付価格730円を上回る1000円を提示している。
    ・YFOらTOBは、インフロニアTOBと同様、議決権割合3分の2を下限とする全部取得を条件としており、市場での取得その他の公開買付けによらない買付け、上限を設ける部分買付け、下限を設けない買付けなど、類型的に強圧性が高いとされるものではない。
    ・YFOらは、東洋建設経営方針・企業価値向上策について、約140ページにもわたる詳細なプレゼンテーション資料を提出している。

    3.東洋建設の対応

    上記2にもかかわらず、東洋建設はYFOらの提案を支持せず、YFOらを標的とした本買収防衛策の導入に至っている。その理由としては主として以下のものがあげられている。

    (1)前提条件の放棄
    東洋建設は、YFOらTOBでは東洋建設取締役会の賛同表明及び応募推奨をその前提条件としているものの、YFOらはこの前提条件を放棄可能としており、放棄さえすれば賛同・応募推奨がなくともTOBを開始できてしまうことを重大視している。これに対して、YFOらによる後の書簡では、「反対の意見を表明された場合に、前提条件①を放棄して貴社に対する敵対的買収を開始するという意図は全くございません。貴社との協議の結果、本公開買付けの実施に向けて何らか柔軟な対応が必要となった場合に備えて定めているに過ぎません。」と回答している。

    (2)スタンドスティル期間の短さ
    東洋建設からの申し入れのあった株式の追加取得を行わないことを約する期間(スタンドスティル期間)について、YFOらは6月下旬までとしており、これはYFOらTOBの検討評価を行うための期間としてあまりに短い。この短期間にYFOらTOBの受け入れを迫ることは強圧的であると受け止めざるを得ない。

    (3)不十分な説明
    YFOらの買収後の経営方針・事業計画についてなお十分な説明がなされていない。

    (4)大量保有報告書上の保有目的
    大量保有報告書(変更報告書)上、YFOらTOB提案に至るまでのWK 1 Limitedらによる当初の市場での株式取得の保有目的を「純投資」・「重要提案行為該当なし」としていたにもかかわらずYFOらTOBを開始しようとしている。

    (5)当初の市場での取得価格
    公開買付価格1,000円で買付けを行う用意があったことを開示しないまま市場でYFOら公開買付価格1,000円を下回る価格で株式を取得したことは、今後も株主共同の利益を軽視する行動に出る蓋然性が高い。

    (6)未公開情報利用の可能性
    東洋建設はアスリードに前田建設を中心とする組織再編への参画検討に関するアドバイザリー業務委託契約を締結していたところ、YFOの最高投資責任者はアスリード担当者として上記検討に参加しており、同契約に違反して東洋建設の未公開情報を利用して株式の買集めを行った可能性がある。

    4.本防衛策の内容

    本買収防衛策は特定標的型買収防衛策であり、平時導入型のように株主総会での承認を存続の条件としていることを除けばこれまでの基本的枠組みを踏襲しているように思われる。

    他方で、本買収防衛策は「合同会社 Vpg らないしダブリューケイ・ワン・リミテッド(WK 1 Limited)らによる当社株式を対象とする大規模買付行為等が行われる具体的な懸念があることに基づく当社の会社の支配に関する基本方針及び当社株式の大規模買付行為等への対応方針(Vpg らによる当社株式の公開買付け申込みに関する協議を強圧性のない状況下で真摯に行うための環境確保のための方策)」と称し、「買収防衛策」という呼称が付けられていない。

    これは、本買収防衛策の位置づけを「当社株式のTOBの実施を妨げることを第一義的な目的とする」「平時に導入される一般的な『買収防衛策』」ではなく、「企業価値最大化のための『対等な交渉力』を確保するスキーム」、すなわち「株主の皆様が適切なご判断を行うための適切な情報と時間を確保し、Vpgらによる当社株式の公開買付け申込みに関する協議を強圧性のない状況下で真摯に行うための環境確保のための方策」(本買収防衛策補足資料2頁)と位置づけているためと思われる。

    もっとも、平時導入型か有事導入型かを問わず、ほとんどの買収防衛策は情報と大規模買付者との協議のための時間を確保することを主たる目的として表明しているのであり、対抗措置の発動はその実効性を担保する手段に過ぎないから、買収防衛策という呼称を避けたのは導入・対抗措置発動議案について支持を得なければならない機関投資家を含む株主への配慮に基づくものではないか。

    なお、「TOBの実施を妨げる」という目的ではなく「情報と時間の確保」という目的「だけ」に徹するというのであれば、(i)大規模買付ルール違反時の場合のみ対抗措置の発動ができるものとし、大規模買付ルール遵守の場合には対抗措置を発動しないこととするか、又は(ii)大規模買付ルールを遵守した場合でも一定の発動事由があれば発動できるとしても、いわゆるニッポン放送事件判決4類型のような強圧性の極めて強い大規模買付行為のみに限定する、という設計をとることもありえたところであろう。

    しかし、本買収防衛策の発動事由は、「大規模買付者を含む特定株主グループの当社の経営方針及び事業計画等が、当社グループのサービスの安定供給に支障を来たし、当社グループの顧客の利益に重大かつ深刻な影響が及ぶことが想定され、その結果として、当社が・・・当社の経営理念を果たせなくなると判断される場合」を含むなど、広範かつ網羅的な内容となっており、経営陣が望ましくないと判断した大規模買付者への対抗措置の発動も予定した、「情報と時間の確保」という目的に留まらないものとなっている。

    5.本定時株主総会の議決権

      ISSは本買収防衛策関連議案に反対の議決権行使を推奨している。また、YFOらはのちに6月8日付誓約書において、上記3(1)の前提条件の放棄という導入意図については、前提条件を放棄しない旨を誓約し、3(2)のスタンドスティル期間の短さについては2023年5月24日までと約1年弱延長する旨を誓約している(その上で本買収防衛策関連議案の取り下げを求めている)ことから、もはや本買収防衛策を継続する必要性は失われたともいえる。しかし、このような状況の中でも、東洋建設はなお本買収防衛策関連議案を本定時株主総会に上程する意図を有している。

      その背景としては、推測に過ぎないが、YFOらの議決権割合がまだ小さい本定時株主総会において本買収防衛策導入の承認を得ておきたいという狙いがあったのではないか。すなわち、YFOらが大きな議決権割合を獲得したのは本定時株主総会の議決権行使の基準日である3月31日より後のことであり、本定時株主総会では本買収防衛策関連議案を否決しうるだけの大きな影響力をまだ有していない。

      これに対し、もし4月以降で買収防衛策の導入又は発動議案を上程した場合、YFOらは約27%の議決権を持つ筆頭株主であるため、否決される可能性が高まる(東京機械製作所の事案のように対抗措置発動議案についてYFOらの議決権を排除したいわゆるマジョリティオブマイノリティによる決議を採用することも考えられるが、常にその有効性が認められるとは限らないし、約20%、第2位の前田建設の議決権も排除しなければならなくなるため、実効的とはいえないのではないか。)。

      特定標的型・有事導入型の買収防衛策も、株主総会の承認を得て導入しておけば、将来、大規模買付者が大規模買付ルールに違反した際に、取締役会限りで、つまり株主総会の意思確認を得ずに対抗措置を発動できる可能性が高まる(より法的安定性を高め、差止めのリスクを軽減することができる)ことは、日邦産業の判決でも認められ、期待できるところであるから、できるだけ承認を得ておきたいと考えることも合理的だったのではないかと推察される。

      YFOらという約27%もの大きな議決権を保有する、現経営陣にとって必ずしも望ましいとは言えないであろう筆頭株主が現れたため、東洋建設経営陣としては本件に関してなんらかの出口を模索しなければならないはずであるから、本定時株主総会までの間も、YFOらのみならず、ホワイトナイトとなりうる者らとの間で水面下での交渉を継続していることが予想される。

      交渉力を維持継続させるためにも、本定時株主総会というまだYFOらの議決権が小さい絶好の機会を活かして、本買収防衛策の承認を得て、対抗措置発動を背景にした「対等な交渉力」を確保しておくことは極めて重要であったものと思われる。本定時株主総会の結果を含む本件の続報が待たれる(6月12日脱稿)。

      文:柴田堅太郎(柴田・鈴木・中田法律事務所 弁護士)