【M&A法務】ヤフーとLINEの経営統合スキームを読む

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はじめに

去る11月18日に公表された、ヤフー株式会社(以下「ヤフー」という。)の親会社であるZホールディングス株式会社(以下「ZHD」という。)とLINE株式会社(以下「LINE」という。)の経営統合(以下「本経営統合」という。)は、巨大IT企業同士の経営統合ということで大きな話題となった。

今回は、ZHDとLINEによる同日付プレスリリース「経営統合に関する基本合意書の締結について」(以下「プレスリリース」という。)から読み取れる本経営統合のスキームで特に印象的だった箇所についてコメントを試みたい。

1. 複雑な経営統合スキーム

本経営統合は、以下のような複雑なスキームを採用している(LINE2019年11月18日付「経営統合に関する基本合意書の締結について(要約資料)」5ページの「本取引のスキーム図」より引用)。

図 本取引のスキーム

1.本共同公開買付け及び本件スクイーズアウト手続
2.本移管取引・本件JV化取引・本会社分割
3.本株式交換

その結果、ヤフーとLINEの親会社であったソフトバンク株式会社(以下「ソフトバンク」という。)とNAVER Corporation(以下「NAVER」という。)が、非上場の合弁会社及び上場を維持するZHDを経由して、ヤフーとLINE両社の支配株主となる(上記資料3頁「統合後のストラクチャ(予定)」より引用)。

図 統合後のストラクチャ(予定)

統合後のストラクチャ(予定)

なお、どのような検討過程を経て、このようなスキームが採用されたのかについてはプレスリリース上からは明らかではない。

2. 共同公開買付け

ソフトバンクとNAVERによりLINEを非公開化かつ両社の合弁会社化するにあたって(合弁会社となるLINEを以下「LINE JV」という。)、共同公開買付け(以下「本共同公開買付け」という。)を行うことが予定されている(上記「本取引のスキーム」図の1.参照)。複数人を公開買付者とする共同公開買付けは極めて少なく、EDINETで検索可能な期間ではKDDIと電源開発によるエナリスの共同公開買付けなど4件しかヒットしなかった。

3. ソフトバンクからLINE JVへのZHD株式の移動

ソフトバンクが保有していた上場株式であるZHD株式44.6%を「組織再編その他の方法」により合弁会社となるLINE JVに移管する取引が予定されている(上記「本取引のスキーム」図の2.参照)。

保有割合3分の1を超える上場株式を移動させるには基本的に公開買付けが必要となるが、ここでは公開買付けを行わず、組織再編(例えば、ZHD株式のみを動かす吸収分割などが考えられる。)による移動が検討されている。この点、組織再編を用いた上場株式の移動にも強制公開買付規制の適用があるのではないかという議論がある。

現時点ではかかる株式移動の具体的な方法は明らかにされていないが、この強制公開買付規制の適用可能性という論点についても検討がなされたものと推察される。

4. 2つの統合対価

本経営統合では、次のとおり2段階で対価が支払われることとなる。

①.ソフトバンクとNAVERによる本共同公開買付けでLINE(後のLINE JV)の一般株主に公開買付価格が支払われる(上記「本取引のスキーム」図の1.参照)。公開買付価格は、ソフトバンクとNAVERより1株あたり5,200円で提案されている。

②ZHDを完全親会社とし、吸収分割によりLINE JVから事業全部の承継を受ける(上記「本取引のスキーム」図の2.参照)新会社(以下「LINE承継会社」という。)を完全子会社とする株式交換(以下「本株式交換」という。)により、LINE承継会社の完全親会社であるLINE JVは交換対価として、ZHD株式の交付を受ける(上記「本取引のスキーム」図の3.参照)。交換比率は確定前であるがZHD:LINE承継会社で1:11.75とされている。

上記①の公開買付けではLINEの一般株主との関係で、上記②の本株式交換ではZHDの一般株主との関係で、対価が適正か否かがそれぞれ問題となる(そのための公正性担保措置として、後述6参照)。

なお、本経営統合は複数ステップによる複雑な態様をとっているため、共同株式移転による持株会社グループ化や株式交換による完全親子会社化のような上場会社同士の経営統合に一般によく用いられるシンプルなスキームと異なり、ZHDとLINEの統合比率が一見して把握しにくいことが特徴となっている。

5. 統合によるシナジー享受の態様

上記4.の統合対価支払いの方法からもわかるように、ZHDのソフトバンク以外の一般株主と、LINEのNAVER以外の一般株主とでは、本経営統合によるシナジー享受の態様が異なる。

すなわち、ZHDの一般株主は本経営統合完了後も引き続きZHDの株式を保有し続けることとなり、株式の継続保有によってZHDの完全子会社であるヤフーとLINE承継会社のシナジーによる成長を享受できることとなる。

これに対して、LINEの一般株主は、ZHDの一般株主と異なり、最終的にはスクイーズアウトされるため、株式を保有し続けることにより本経営統合後のグループの企業価値を継続的に享受できない。LINEの一般株主は、本経営統合によるシナジーが反映された公開買付価格又はスクイーズアウトの対価の支払いを受けることにより、かかるシナジーを享受することとなる。

6. 「在り方指針」に配慮した公正性担保措置

本経営統合ではZHDにとって東証ルール上の支配株主との取引に該当することなどから、以下のとおり厳格な公正性担保措置が採用されている。

(1) フェアネスオピニオン

ZHDは、本株式交換の交換比率に関して、そのフィナンシャル・アドバイザー兼第三者算定機関である三菱UFJモルガン・スタンレー証券から、価格算定書にとどまらずフェアネスオピニオンを取得している。

また、LINEは、本株式交換についてはそのフィナンシャル・アドバイザー兼第三者算定機関であるJPモルガン証券から価格算定書を取得するにとどまり、フェアネスオピニオンまでは取得していないものの、本共同公開買付けにおいてはLINEの株式価値に関するフェアネスオピニオンの取得が予定されている。

(2) 特別委員会独自のアドバイザーと権限付与

本経営統合では、ZHD、LINEともに社外取締役で構成された特別委員会が設置されているところ、さらにいずれの特別委員会も、ZHD、LINEにおいて選定されたアドバイザーとは別の独自のアドバイザーが選定されている。

また、ZHD特別委員会では「必要に応じて…関係当事者との間の交渉過程に関与する権限」が付与され、また、LINE特別委員会では、同委員会が本共同公開買付け及びその後のスクイーズアウト手続の取引条件を妥当でないと判断した場合には、LINEは本経営統合には賛同しないことが決議されているなど、他の多くの特別委員会よりも踏み込んだ権限が付与されているといえる。

(3) 「在り方指針」に配慮

以上のようなフェアネスオピニオンや特別委員会アドバイザーの選定などの公正性担保措置は、これまで多くの対象となる取引において採用されなかったものの、6月に経済産業省により公表された「公正なM&Aの在り方に関する指針」(以下「在り方指針」という。)において求められたものである。

しかし、とりわけ特別委員会のアドバイザー選定については在り方指針の公表早々、本経営統合を含む一部の大規模な取引では急速にスタンダード化しつつあるといえ、当事者である企業及び実務家における在り方指針の尊重とより公正なM&A取引を目指す姿勢が伺える。

7. 対等な経営統合

本経営統合後のガバナンスは、ZHDの親会社となるLINE JVにおけるソフトバンクとNAVERの持株割合が50%:50%、また、ZHDの社外取締役を除く取締役会構成がLINE、ZHDからそれぞれ3名ずつ、かつ、LINE、ZHDそれぞれからCo-CEOが選定される予定であるなど、対等統合を前提としている点が大きな特徴といえる。

かつての日本では「対等合併」が一般的であったが、少なくとも現在の経営統合の一般的なセオリーとしては、経営統合の当事者の企業価値・規模が異なることや、経営上の権限と所在を明確にするなどの観点から、対等な統合はあまり望ましくないと言われてきた。それだけに、本経営統合では当事者間でどのような議論を重ねた上で対等統合という枠組みに至ったのかは興味深いところである。

最後に

まだ法的拘束力のない基本合意の段階であることもあり、プレスリリース上から本経営統合について得られる情報は限定的であり、外部からは内情は伺い知れない。

ただ、本経営統合の当事者4社に登用されたアドバイザーがいずれも一流のファームであることや、採用された公正性担保措置からしても、本年を代表するわが国最大規模のビッグディールとして、最大限のベストプラクティスが目指されたであろうことは間違いのないところだろう。

本経営統合の結果、ヤフーとLINEの持株会社となるZHDの株主構成は、親会社となるLINE JVとそれ以外の一般株主となり、親子上場に類似した利益相反のリスクがある株主構造となる。経済産業省により在り方指針と同時期に公表された「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」でも大きく取り上げられているように、上場子会社の利益相反回避の取り組みは今後ますます厳しく求められることが予想される。

プレスリリース上でも本経営統合後のガバナンス及び運営が開示されているが、ZHDの一般株主の利益保護のためのガバナンス体制の充実が期待される。

文:柴田 堅太郎(弁護士)

参考資料
経営統合に関する基本合意書の締結について(LINE)
公正なM&Aの在り方に関する指針(経済産業省)
グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(経済産業省)