【ソフトバンク】(1)M&Aの名手はどのように変革を遂げたのか

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【ソフトバンク】大型M&Aの新たな幕開け 3.3兆円でARM買収、次は10兆円ファンド

M&Aを最も活用して成長してきた日本企業

 ソフトバンク<9984>は、M&Aを最も活用して成長してきた日本企業と言える。

 特に、2006年の英・ボーダフォンの日本事業の買収(買収価額約1兆7,500億円)、13年の米・スプリントの買収(買収価額約1兆8,000億円)は、日本企業におけるM&Aの買収価額ランキングでもトップクラスである。それ以外にも日本テレコムや福岡ダイエーホークス、イー・アクセス、ガンホー、スーパーセル、ブライトスターなど、大型もしくは話題性の高いM&Aを実施してきた。

 1995年3月期。今から20年前の株式公開時には、売上が1,000億円に届いていなかったソフトバンク。それが15年3月期には売上高8兆6,700億円、営業利益は約1兆円に達する日本を代表する巨大企業に成長した。20年間で86倍の成長である。

  株式公開時のソフトバンクの事業はソフトウエア流通事業である。今ではその面影は薄れ、巨大通信会社に変貌している。ADSL事業への新規参入に始まり、日本テレコムの買収、ボーダフォンの買収により通信事業のウエイトを急激に高めていく。ボーダフォンの買収では、買収後の07年3月期の売上高が、前期と比較し1兆4,000億円増加(130%増)、また記憶に新しいスプリントの買収により、14年3月期の売上高は、前期比で3兆3,000億円増加(99%増)した。さらにその翌期の2015年3月期には、売上高が8兆6,700億円に達している。おそらく、日本企業では史上最速での成長だろう。しかし、その成長には停滞期と急成長期があり、非連続であることがグラフから読み取れる。そして多くの人の想像通り、ソフトバンクの現在の主力事業は、M&Aによって買収した事業である。同社のM&Aの変遷から、M&Aで会社がどのように変革を遂げていくのかを見ていきたい。

■ソフトバンクが行った主なM&A

年月 内容
1994.3 米コンピュータソフト会社、フェニックステクノロジーズを3000万米ドルで買収
1994.11 ジフ・デービス・コミュニケーションズから展示会部門を200億円で買収
1995.2 世界最大のコンピュータ見本市「コムデックス」を運営するインターフェイス・グループから同展示会部門を800億円で買収
1995.11 コンピュータ関連出版最大手の米国・ジフ・デービス・パブリッシングを2100億円で買収
1995.11 米国・ヤフーに200万ドルを出資
1996.1 日ヤフーを米国・ヤフーと共同で設立
1996.3 米国・ヤフーに6,375万ドルを追加出資
1996.4 米国・ヤフーに4250万ドルを追加出資、出資比率が30.61%に
1996.6 豪・ニューズと合弁会社を設立し、旺文社メディア(100%)を417億円で買収。全国朝日放送筆頭株主(21.4%)に
1996.8 米国・パソコン用メモリーボード大手のキングストンテクノロジーを15億800万ドルで買収
1996.12 トレンドマイクロに35億円を出資(35%)
1997.3 テレビ朝日株式を間接保有するソフトバンクと豪ニューズの折半出資会社ソフトバンク・ニューズ・コープ・メディアの全株式を朝日新聞社に売却。見返りにテレビ朝日が「JスカイB」の事業に協力
1998.7 米国・ヤフーに345億円を追加出資
1998.7 米国・Eトレードに565億円を出資(27.2%)
1999.7 96年に買収した米キングストン・テクノロジー株式を創業者に売り戻す(4億5000万ドル=547億円)
1999.9 ソフトバンク・ファイナンスを通じて、米投信評価大手のモーニングスターに資本参加(9100万ドル=111億円)
2000.1 アリババ・ドット・コムにおよそ2000万ドルを出資すると報じられる
2000.6 米国・Nasdaq、大阪証券取引所とナスダックジャパンを設立
2000.9 オリックス、東京海上などと組み、日本債券信用銀行を買収、48.88%を出資
2001.7 東京めたりっく通信を45億円で買収
2003.9 あおぞら銀行(旧日本債券信用銀行)の持ち分(48.88%)を1011億円で米サーベラスに売却
2004.7 日本テレコム(売上高3472億円)を1433億円で買収
2004.11 福岡ソフトバンクホークスを200億円で買収すると基本合意
2005.2 ケーブルアンドワイヤレスIDC(売上高713億円)を123億円で買収
2005.2 ソフトバンクインベストメントが増資、連結子会社から外れる(出資比率が46.9%から38.9%に低下)
2005.10 Tao Bao Holding limited 株式を417億円で売却
2006.3 ボーダフォン日本法人(売上高1兆4700億円)をヤフーと業務提携して1兆7,820億円で買収
2006.11 ソフトバンク、ニューズ・コーポレーショングループ、合弁会社マイスペースの設立合意
2008.4 日本テレコムインボイス(売上高148億円)を255億円で買収(出資比率14.9%→100%)
2010.8 ウィルコムとスポンサー契約を締結
2012.10 イー・アクセス(売上高2047億円)を1800億円で株式交換により完全子会社化。ソフトバンクモバイルとイー・アクセスが業務提携
2013.4 ガンホー・オンライン・エンターテインメント(売上高258億円)を249億円で子会社化
2013.7 米国携帯電話3位のスプリント(売上高3兆4000億円)の株式の78%を1兆8000億円で買収
2013.11 フィンランドのモバイル端末向けのゲーム事業(売上高105億円)を展開するスーパーセルの株式51%を1514億円で買収
2014.1 携帯端末の卸売事業を展開する米国・ブライトスター(売上高625億円)の全株式を1100億円で買収
2014.11 インド通販大手のスナップディールに680億円を出資

  同社にはいくつかの象徴的な投資案件がある。古くは米ヤフーへの出資と日本での合弁設立である。まだ名もなきヤフーを見いだし、そこに1億ドルを超える資金を投じ、結果としてそれが莫大な含み益を生み出すことにつながった。実はソフトバンクは99年3月期から05年3月期まで、累計で3,000億円を超える経常赤字を出している。ADSL事業への積極的な投資や活発なM&Aによるのれん償却などがもたらしたものだったが、日米両ヤフーへの出資がなければ、このような赤字を続けることは困難だっただろう。ひとつの投資の大きな成功が、次の事業展開への礎となった。同じような事例は中国最大のEC事業者Alibaba Group Holding(アリババ・グループ・ホールディング。以下、アリババ)への出資でも見て取れる。ソフトバンクはアリババの普通株式の31.9%を保有する筆頭株主で、持分法適用会社となっている。そしてその保有株式の時価は8兆円に達する。インド通販最大手スナップディールへの出資でも同様の成功が期待されている。

  ソフトバンクが今の通信会社としての歩みを始めた最初のM&Aが、ADSL事業者の東京めたりっく通信の買収である。ほぼ同時期にヤフーを通じて個人向けADSL事業に参入している。この決断が、後の巨額赤字の一因となるが、これはヤフーをはじめとするインターネット関連企業の株式含み益に支えられ、通信会社としての地歩を固めていく。また今となっては米スプリント買収で影が薄いが、このあと固定電話の日本テレコムを買収しており、今や日本を代表する携帯電話キャリアとなったソフトバンクは、固定電話会社の買収から通信事業をスタートさせているのである。

  スプリントの買収により、ソフトバンクは世界最大級の「モバイル・インターネット・カンパニー」としての事業基盤を確立している。ソフトバンクとスプリントを合計した顧客基盤は、日米市場で最大規模である。ソフトバンクのスマートフォンおよび次世代モバイルネットワークに関する知見、また既存の大手が存在する成熟した市場において競合してきた経験は、米国市場におけるスプリントの競争力強化に活用することが可能であり、シナジー効果も大きい。さらにスプリントとしてもソフトバンクの傘下に入ることは、モバイルネットワークの強化、戦略的投資の実行、バランスシートの改善など、今後の成長を見越した経営基盤強化のための資金調達が可能となる。

  スプリント以降のM&Aでは、スーパーセルとブライトスターに触れておきたい。

  スーパーセルは、フィンランドに拠点を置き、モバイル端末向けのゲーム事業を展開している。ソフトバンクとガンホーの戦略的なパートナーシップの下、「The first truly global games company」という目標に向かって成長を加速させるとしている。13年より傘下に入ったガンホーは、02年よりオンラインゲーム事業を展開し、開発・継続的な運営に関する実績と豊かなノウハウを蓄積している。そこにスーパーセルが加わったことにより、世界100カ国以上に向け事業展開を行う海外マーケティング力と、「App Store」のゲームカテゴリにおけるポジショニングを生かし、世界展開を強化するとしている。

  一方の米ブライトスターは、移動体通信分野に特化した世界最大規模の卸売会社である。携帯端末メーカーやキャリア、小売業者など、移動体通信分野の主要企業に対して多彩なサービスを提供している。その主な提供サービスは、携帯端末やアクセサリー類の卸売り、携帯端末の物流・在庫管理、携帯端末に関わる保険、買戻し、下取り、マルチチャンネル販売およびエンドユーザー向けファイナンスなどである。現在、世界50カ国以上に拠点を構え、125カ国でサービスを提供している。スプリントの買収により、事業基盤を日本からアメリカへと拡大させたソフトバンクは、ブライトスターの買収により、携帯端末の調達規模を拡大し、日米において競争力をさらに高めていくとしている。

マネジメントの強力なリーダーシップを発揮する孫正義氏

  こういった積極的なM&Aで、ソフトバンクの14年3月期の自己資本比率は11.6%、15年3月期で13.5%となっている。96年3月期で約6,000億円であった総資産が14年3月期には16兆円(うち、のれん1兆5,396億円、無形資産6兆1,777億円)、15年3月期には21兆円(うち、のれん1兆6,633億円、無形資産6兆9,035億円)に膨れ上がっている。これに対して純資産は、96年3月期が1,200億円だったものが14年3月期には2兆8,300円、15年3月期には3兆8,530億円となっている。これは、M&Aのための金融機関などからの借入を積極的に行っていることが要因として挙げられる(有利子負債残高は、14年3月期で9兆1,700億円、15年3月期で11兆6,000億円)。ここから、大きなリスクを取ってM&A戦略を実行している姿が浮かび上がってくる。言わば、会社全体に巨大なレバレッジ効果を効かせた経営ともいえる。

  しかし、歴史をひも解くと、ソフトバンクの財務は大きく攻める時期と、凪の時期が交互に訪れている。下図はソフトバンクの自己資本比率の推移である。過去20年の間に40%にも達していた安定期もあった一方、攻めに転じている時期では自己資本比率は10%にまで低下している。現在はまた10%代前半に落ちており、攻めの時期であるともいえる。もっとも、現在はヤフーやアリババと言った巨大な含み益があるため、時価ベースに引き直した自己資本比率は、もっと高い水準にあると考えるのが妥当である。

 M&Aにより大幅な成長を果たした企業の特徴の一つとして、マネジメントの強力な「リーダーシップ」がある。ソフトバンクには言うまでもなく孫正義氏がいるが、氏のリーダーシップは日本有数のものだ。また、同社は買い一辺倒ではなく、撤退も上手に行っている。特にテレビ朝日の件では、周囲の抵抗が大きいと知るや、1年もたたないうちに朝日新聞社に売却している。M&Aでは攻めるだけでなく、撤退の巧みさもまた必要である。

 また、同社のM&Aというと個々の大型案件に目を奪われがちだが、一つ一つの案件を見ているだけでは本質を見誤る。ヤフーへの出資が通信事業者としての地歩を固めることにつながり、それがボーダフォン買収を呼び込み、アリババへの出資が膨大な含み益を生み、それが米Sprint買収につながっている。こうしてそれぞれは関連し合い、先々の事業へとつながっているのである。

この記事は、有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

まとめ:M&A Online編集部

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