公認会計士が博士号を取るということー佐藤信祐公認会計士に聞く

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編集部撮影

かつては珍しかった社会人入学。一度は社会に出た人たちが、再び学校で学び直す。さまざまな事情で進学できなかった社会人が、定年後に高校や大学に入学して「楽しい余生を送る」パターンが主流だった社会人入学も、今では現役社会人が学びによって「職業人としてステップアップを実現する」方向に変わってきた。

主に組織再編やM&A、事業承継コンサルティングを手がける、「士業」の公認会計士として開業しながら畑違いの法学で博士号を取得し、ビジネスのステップアップを実現した佐藤信祐さんに、自らの「学び」を語ってもらった。

リーマン・ショックと震災で仕事が減って大学院へ

2008年9月のリーマン・ショック、2011年3月の東日本大震災が立て続けに起こり、仕事の依頼が激減したことですね。それで暇になったから、勉強をしようと思い立ちました。

-普通は仕事が激減したら、必死になって営業に回りますよね。

仕事のない時に営業に回ったところで、値切られるのオチです。自らの首を絞めるようなもの。だったらじっくりと腰をすえて、忙しい時にはなかなかできない勉強をした方がいい。むしろ勉強する時間を確保するために、値上げをして仕事を減らしました。

-仕事がないのに値上げですか?

ええ、以前は1時間当たり3万円の料金をいただいていましたが、大学院進学を機に5万円へ値上げしました。

-不況時の値上げとなると、売り上げもガタ落ちになったのでは?

はい。一気に数百万円減りました。しかし、ただ減ったわけではありません。作業を伴う「労多くして益少なし」の仕事が減り、デューデリジェンスやコンサルティングといった付加価値の高い仕事が増えました。その結果、ほぼ3年で売り上げは値上げ前のレベルに戻りましたが、仕事の付加価値が上がったため、作業量は大幅に減少。現在は料金を10万円に引き上げています。

-いきなり2倍ですか!

もちろん、適当に値上げしているわけではありませんよ。デロイト トウシュ トーマツやKPMG など四大会計事務所の料金に合わせただけです。10万円に引き上げると、対外的な信用は高まり、いわゆる「冷やかし」で依頼の打診をしてくる顧客も激減しました。

「3年で取れなくて当たり前」の博士号を1年半で取得

-「客層」が良くなったわけですね。

顧客側の対応も変わりました。昔は「これ調べといて」という依頼も多かったのですが、1時間=10万円となると、貴重な時間で単純な調査をやらせていては割に合わない。今では顧客側がしっかり下調べをした上で依頼にいらっしゃるケースがほとんどです。私たちとしては付加価値の高い業務に集中し、顧客により高度で充実した提案や解決策を提供できますから、本当にありがたかった。

-さて、そうして進んだ大学院ですが、博士課程後期では本業の商学ではなく法学を選択されましたね。

ええ、慶應義塾大学大学院法学研究科で博士号を目指しました。最近クローズアップされていますが、M&Aで非上場株式評価をする場合、税務に加えて会社法や租税法などの法務が関わってきます。本来、法律が絡む案件は弁護士のテリトリーですが、彼らは公認会計士に比べると数字に弱い。そこで公認会計士が法務を学べば良いのではないかと考えたのです。

-研究は苦労されましたか?

一番困ったのは先行研究がほとんどなかったことですね。判例も上場企業についての案件ばかりで、中小企業の非上場株式評価についてはないに等しい状況でした。そもそも国内の中小企業は、係争が外部に明らかになるのを嫌う傾向にあり、ほとんどが和解。つまり判例が残らないのです。

-会計事務所を運営されながら修士課程を修了され、博士号を取得するのに何年かかりましたか?

1年半です。

-1年半ですか? 文系では3年の博士課程中に取得できるケースが稀(まれ)で、満期の6年をかけても提出できず中退する方が多いと言われていますが…。

博士論文が書けるかどうかは、研究テーマの選択にかかっていると思います。普通は進学してから博士論文のテーマを決めるのですが、私は進学時に論文の目次を作成していました。その目次の順序に従った内容の査読論文を、ほぼ3カ月に1本のペースで提出したのです。

大学院の「学び」で、実務に最も役立ったのは…。

-通常のやり方とは違いますか?

通常はテーマを決めて査読論文を書き、ある程度たまったところで目次を作り、論文を書いていきます。査読論文を書いているうちにテーマが変わることも珍しくありません。そうなると研究は後戻りし、時間がかかります。

-最初に目次を作ることで、研究テーマがぶれないという効果があったわけですね。

それだけではありません。目次順に査読論文を提出したので、後でつなぎ合わせればそのまま博士論文になる。だから1年半で博士号を取得できたわけです。

-大学院で学んだことで、ビジネスにも良い影響はありましたか?

徹底して一次資料となる文献にあたるという研究マナーを身に着けたことが、自分にとって最もプラスになりました。たとえば会計制度にしても、国会での審議記録などの立案当時の一次資料に当たることで制度の趣旨が正しく理解できます。

意外と実務家は自分勝手な思い込みや通説で制度を解釈していることが多く、著書でも間違ったことを書いているケースが少なくない。当然、ビジネスの現場でも制度趣旨に合った助言や指摘ができるわけですから、税務や法律上でのトラブルから顧客を守ることにも役立ちます。

-2017年に博士号を取得なされ、いよいよ本業に集中ですね。

実は2017年度に財産評価基本通達が、2018年度には事業承継税制が改正されて、その関連書籍を今年5-6冊、来年5冊ほど発行する予定です。当面は著作活動が忙しいですね。実は料金を10万円に値上げしたのは2017年で売り上げは再度減少しましたが、前回の値上げ後と同じペースで回復しつつあります。

おそらく東京オリンピックが開かれる2020年には元の売り上げに戻るでしょうから、それまでは著作に力を入れていきたいですね。事業承継税制の大改革で、今後のM&A実務は大きく変わるはず。これに関する書籍を出すことで、仕事の次のステップにも生かせると思っています。

聞き手・文:M&A Online編集部 糸永正行編集委員

佐藤信祐氏(公認会計士 税理士 佐藤信祐 事務所)略歴

出 来 事
1997 公認会計士第2次試験合格
1999 明治大学経営学部経営学科卒業 朝日監査法人(現有限責任あずさ監査法人)に入社
2001 公認会計士第3次試験合格 公認会計士登録。朝日監査法人を退職 公認会計士・税理士 勝島敏明事務所(現デロイトトーマツ税理士法人)に入所
2005 税理士法人トーマツ(現デロイトトーマツ税理士法人)を退職。税理士登録 公認会計士・税理士 佐藤信祐事務所を開業
2014 慶應義塾大学大学院商学研究科前期博士課程修了
2015 慶應義塾大学大学院法学研究科前期博士課程修了
2017 慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程を修了し、博士号(法学)を取得

【主な著作】

  • 『実務詳解 組織再編・資本等取引の税務Q&A(共著、中央経済社)』
  • 『グループ法人税制・連結納税制度における組織再編成の税務詳解(共著、清文社)』
  • 『組織再編の会計と税務の相違点と別表四、五(一)の申告調整(共著、清文社)』
  • 債務超過会社における組織再編の会計・税務(共著、中央経済社)』
  • 『中小企業のための組織再編・資本等取引の会計と税務(共著、清文社)』
  • 『税務コストをへらす組織再編のストラクチャー選択(中央経済社)』
  • クロスボーダーM&Aの税務:ストラクチャー選択の有利・不利判定(共著、中央経済社)』
  • 『組織再編による事業承継対策(共著、清文社)』
  • 『組織再編における税制適格要件の実務Q&A(中央経済社)』
  • 『組織再編における繰越欠損金の税務詳解(中央経済社)』
  • 『不動産賃貸業のためのM&A税務マニュアル(共著、綜合ユニコム)』

その他M&A、グループ内再編、事業再生及び事業承継に関する書籍多数。