M&A人材も・・・外国人留学生の最新採用トレンド

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日本政府は2020年までに外国人留学生を30万人規模にするという「留学生30万人計画」を2008年に打ち出した。法務省の発表では2018年末で33万7000人とすでに達成している。

では、その留学生はどこで、どんな業種・企業に就職しているのか。また、クロスボーダー(国際間)取引が活発化するM&A業界でも活躍の場は広がっているのか。理工系の外国人留学生の人材紹介を強みとするオリジネーター(東京都渋谷区)専務執行役員の工藤尚美氏に聞いた。

リーマンショックを境に外国人留学生の環境が一変

「全体の趨勢をとらえると、外国人留学生の約6割が日本での就職を希望していますが、日本国内で就職する割合はまだ3割強。まだまだですが、受け入れる企業側、留学生が在籍する大学・大学院・専門学校・日本語学校などの教育機関側にも大きな意識の変化が起こっています」(工藤氏、以下発言は同氏)。

その意識の変化とはどのようなものか。まず、採用する企業側の意識の変化だ。

日本政府が「留学生30万人計画」を2008年に打ち出す直前の2006年頃は、企業側は新卒の外国人留学生にコストをかけて採用する意識は少なかった。採用する場合でも日本語力の高さや日本文化・慣習に対する理解など、「日本人と同様の環境・条件で働ける人材」を望んでいた。日本人新卒者の代替としての採用である。それは外国人研修・技能実習生の受け入れが進むものの、実質的に低賃金労働者として扱われていたり、技能移転のための適正な実習指導が行われていなかったりなど、様々な課題・弊害が喧伝されはじめた頃の採用意識だ。

だが、2008年のリーマンショックで、外国人留学生はもちろん日本全体の新卒採用がいったんは頭打ちになった。その後、徐々に盛り返しはじめ、現在は多くの企業で人手不足の解消が大きな経営課題となっている。そのなかで、外国人留学生の新卒採用は、日本人新卒者の代替ということにとどまらず、優秀な人材の採用を積極的に行うようになっている。

「日本企業の場合は、日本語ができなくてもかまわないと考える企業はまだ少ないのが実情ですが、日本的な働き方を求めるのではなく、外国人としての視点を活かした働き方を求める企業が増えてきています」

外国人としての視点を生かすとは、どのようなことか。一例として、工藤氏は韓国大手家電メーカーが冷蔵庫に鍵を設けてインド市場に販売したところインドの富裕層を中心に大ヒットした例を挙げる。

「この例はインド人が冷蔵庫という製品に何を求めるかを考えたうえでの機能強化ということができます。冷蔵庫の鍵はインドの富裕層のもとで働くお手伝いさんが冷蔵庫の中身を持って帰らないようにする対策ですが、そのような発想は、日本人が働く日本企業ではこれまでほとんどなかったことかもしれません。このように日本でうまくいった事例をそのまま当地に持ち込むといった、日本人の視点で考えるだけでなく、その土地、それぞれの国を母国とする人の視点も活かしてこそ、新しい市場創出ができる。そのことに気づき始めた日本企業も増えてきているのではないか、と考えています」

 一方、大学や大学院、専門学校などの教育機関の意識はどう変化しているのだろうか。

教育機関の考え方も変わった

たとえば、かつては、外国人留学生に特別な就職支援をする教育機関は一部に限られていた。特に日本のトップレベルの大学では、「大学は学術研究の場」という意識が強く、外国人留学生の就職支援の優先度は高くはなかった。

その意識が現在は少しずつ変化している。特に、「留学生就職支援促進プログラム」(文部科学省)の選定大学においては、支援を強く推進する動きも出ている。

「そうした背景もあり、当社ではいま、『高度外国人材』とでも呼ぶべき留学生の就職支援に力を入れています」

高度外国人材とは、どのような留学生なのだろうか。

工藤尚美氏
高度外国人材の採用熱は高まってきた…工藤尚美氏

「『技術・人文知識・国際業務』『高度専門職』など、専門的・技術的分野の在留資格(ビザ)が取得できる、高等教育機関を卒業し学位を得た外国人材を指すことが多いですが、高度外国人材の明確な定義はありません」

「単に、超難関大学に通う外国人留学生というのとも違いますし、日本か母国か、どの国・団体の奨学金の支援を得て、留学しているかで区分けするのもちょっと違うなと思う。ただ、いずれの人材も、将来の日本と母国において重要な役割を担うことを期待され、また本人もめざしています。そのなかで、当社は理工系の外国人留学生の支援をメインにしていますので、確かな技術を学び、それを母国や日本、また広く社会に活かしたいと考え、それが可能な留学生ということになるでしょうか」

高度外国人材はM&Aの分野で活躍できるか

これまでは、大学等の専門分野と職種の整合性がなければ、ビザ取得が難しかった外国人留学生。だが、2019年5月に「特定活動」に関する告示が改正され、高度な日本語能力等、一定の条件を満たせば、専門分野外の職種でも、特定活動の在留資格で就職できるようになった。その改正を受けて、企業側の採用機運も一挙に高まっている。

オリジネーターでは「リュウカツ(https://www.ryugakusei.com)」という外国人留学生のためのインターネット採用支援サービスを展開。全国の教育機関1200校とネットワークを構築し、外国人留学生の登録者は1万2000人になるという。

「特に新卒採用の充足率、いわば新卒採用の需給ギャップが大きいソフトウェア・通信産業では、急速に外国人留学生の新卒採用が進みそうな機運があります。その一方で、その『リュウカツ』の登録者においても、理工系の外国人留学生ながら、サービス業やコンサルティングファームなど、従来の就職先からすると異業種に就職する人も増えています」

これまでは理工系の留学生なら大手メーカーの研究職・エンジニアになる目的が容易に想像できたが、いまはITからAIやIoT、ロボティクスの時代を迎え、従来の業界の垣根があまり意味をなさなくなっていきているのかもしれない。

では、M&A人材はどうか。海外企業のM&Aが一般的になりつつあるいま、M&A業界で外国人留学生、高度外国人材が今後、求められるようになるのではないか。

「確かに、理工系でも金融工学を学んだ留学生がそのような道に進みたいと考える人はいるでしょう。投資系金融機関や商社からの採用実績もあり、実際に『ゆくゆくは海外M&Aのデューデリジェンスを担ってもらえる人材を紹介してほしい』といった企業側の声もあります」

たとえば、海外M&Aの現場では、契約書類や交渉ごとは英語で交わされることが一般的。ところが、相手国にとっても英語が母国語でない限り、交わされる英文書類などを母国語に訳して、そのニュアンスを確認する必要もあるだろう。

「英文書類としてはきちんとまとまっていますが、自国の言葉に訳してみると、その商慣習・ビジネス習慣には馴染まない……といったケースもあるようです。そうした面では外国人留学生には貢献できる場も大きいと思いますね」

それぞれの国で異なる文化や商慣習、ビジネス習慣の思わぬミゾを埋めてくれるのも、高度外国人材に求められる資質だ。

「日本人の視点では海外相手国においてまったく売れなかった商品の担当者が、その母国の外国人留学生に変わっただけで大ヒットした例もあります。そのように、企業の規模の大小にかかわらずグローバルなビジネス展開が不可欠ないま、外国人留学生、高度外国人材を生かす方法はさまざまなジャンルに広がっていますね」

携帯電話が一般に広く普及した2000年代初頭、その市場性が海外と異なり、良くも悪くも日本独自であることが強調されるため、「ガラパゴス化」が盛んにいわれはじめた。それから約20年、外国人留学生は欧米諸国や中国・韓国以外にも世界各国からの人材も増えてきた。それら海外諸国には、実はその国独自のガラパゴス化現象があるはずだ。

外国人留学生は、日本企業、またそのM&A部門に対しても「日本独自の対応が優れている・劣っている」という議論を超えて、各国独自のガラパゴス化に学び、それを生かすことの大切さを教えてくれているようだ。

取材・文:M&A Online編集部