「法政」から初の菅首相誕生で、残るは「立教」だけに!

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立教大学(東京・西池袋)

菅義偉内閣が9月16日誕生した。菅氏は法政大学の卒業生。同校から初めての首相だ。これにより、東京6大学で首相をいまだ輩出できずにいるのは立教大学だけとなった。

法政出身の国会議員は13人

国会議員数は現在、衆院465人、参院245人の合計710人。出身大学別(大学院除く)にみると、東京大130人(うち衆院92人)、早稲田大73人(同51人)、慶応義塾大72人(同51人)、京都大33人(同22人)、日本大(同17人)がトップ5を形成する(国政情報センター刊「国会議員要覧」令和2年8月版から)。

菅首相の母校である法政大は13人(同8人)で10位。10人以上の国会議員を送り込んでいる大学は12校(一覧表)を数えるが、このうち9校を都内の大学が占め、東京一極集中が強固だ。また、東京6大学では立教大が唯一の“圏外”で、5人(同4人)にとどまる。

◎国会議員:出身大学別の上位(10人以上、大学院は除く)

合計 衆院 参院
1 東京大 130人 92人 38人
2 早稲田大 73人 51人 22人
3 慶応大 72人 51人 21人
4 京都大 33人 22人 11人
5 日本大 23人 17人 6人
6 中央大 22人 14人 8人
7 創価大 17人 11人 6人
8 上智大 15人 12人 3人
明治大 15人 11人 4人
10 法政大 13人 8人 5人
11 東北大 10人 8人 2人
立命館大 10人 5人 5人

出典:国政情報センター刊「国会議員要覧令和2年8月版」

1990年代以降、私学優位が続く

菅首相は初代の伊藤博文に始まり第99代・63人目。戦後では第43代の東久邇宮稔彦首相から数えて34人目となる。

戦後の首相の顔ぶれをみると、高度成長期を経たのち、1980年代後半のバブル期までの自民党全盛期は東大の出身者が圧倒的だったが、1990年代以降は私学優位が続いている。1993年、自民党が戦後初めて下野し、非自民の細川護熙首相が誕生したのが決定打となった。

日本新党を率いた細川氏は上智大学出身。その後、政権を奪還した自民党が2009年に再び野に下ることになった麻生太郎首相(現財務相・副総理、学習院大学出身)まで10人連続で私学出身者が首相を務めた。

東京6大学に限れば、戦後、東大が11人、これを早大が7人で追い上げるが、早大の場合は在任65日で終わった石橋湛山首相をはじめ、短命政権が多い。慶大、明治大が各2人で、今回、法政大からついに首相が生まれた。

◎戦後:東京6大学出身の首相(敬称略)

東大 幣原喜重郎、吉田茂、片山哲、芦田均、鳩山一郎、岸信介、佐藤栄作、福田赳夫、中曾根康弘、宮沢喜一、鳩山由紀夫
早大 石橋湛山、竹下登、海部俊樹、小渕恵三、森喜朗、福田康夫、野田佳彦
慶大 橋本龍太郎、小泉純一郎
明大 三木武夫、村山富市
法大 菅義偉
立大

菅氏は衆院議員秘書、横浜市議を経て、1996年の衆院選(神奈川2区)に自民党から初当選し、以来8期連続当選。2006年に総務相(第1次安倍晋三政権)として初入閣。2012年、第2次安倍政権発足と同時に「内閣の要」の官房長官に就任し、直前までその任にあったことは言うまでもない。2019年4月1日、新元号令和を発表したことから「令和おじさん」の愛称がついた。

その菅氏は1973年に法政大法学部を卒業した。秋田県の高校を卒業後、上京して就職していたが、苦学生の道を決心。法政を選んだのは授業料が安かったことが大きな理由だったそうだ。

立教、政界での存在感は希薄だが…

さて、東京6大学で首相が出ていないのは立教大のみとなったが、政界での存在感はどちらかといえば薄いのが実情。自民党内で派閥の領袖を務めるような実力者がいたわけでもない。現職国会議員も5人に過ぎない。

そのうち衆院議員4人はいずれも自民党で、江﨑鉄麿氏は沖縄・北方対策担当相を経験。残る1人、小川敏夫参院議員は民主党政権下で法務相を務め、今は参院副議長の要職にある。

スマートな校風で知られる立教大は東京6大学で唯一のミッション系大学。1874(明治7)年に米国聖公会の宣教師チャールズ・ムーア・ウィリアムズが私塾「立教学校」を開いたのが始まりだ。学生数は約2万人と、東大を除く私学5校中最も少ない。立教に首相誕生の朗報が届く日はいつ訪れるだろうか。

文:M&A Online編集部