【リコー】「再成長」へM&A投資 2000億円

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東京・銀座のランドマーク…リコー創業者・市村清ゆかりの「三愛ビル」

リコー<7752>が2018~19年度にM&Aに2000億円超を投資する方針を打ち出した。同社にとって大命題は「再成長」の一語に集約される。複合機や複写機、プリンターなど事務機市場が先進国を中心に頭打ちとなる中、業績は10年近く一進一退が続き、伸びを欠いたままだ。

高コスト体質の見直しなど構造改革に見通しがついてきたことから、成長領域の開拓加速に向けてM&Aにアクセルを踏み込む。リコー復権ののろしは上がるのか。

10年の停滞から脱し、成長にかじを切る

「成長にかじを切り、全社一丸となって高い目標に挑戦する」。2月6日、山下良則社長・CEOは2022年度までの5年間の成長戦略を発表する席上、こう力強く語った。最終の2022年度に売上高2兆3000億円(2016年度実績2兆288億円)、営業利益1850億円(同388億円)を目標に掲げた。このうち営業利益は2007年度(1815億円)以来の過去最高を見込む。

オフィスの必需品…複合機(リコー提供)

リコーは2007年度(2兆2199億円)まで14年連続増収を達成し、「営業力のリコー」「野武士集団」の面目躍如たるものがあった。2008年には、同社として過去最大のM&Aを実現。米国の大手事務機ディーラー、アイコンオフィスソリューションズ(現リコーUSA、ペンシルベニア州)を約1600億円で買収し、アイコン社が米欧で展開する400以上の販売・サービス拠点を手に入れた。これと時期を同じくて起きたのがリーマンショックだ。

先進国を中心にオフィスのペーパーレス化が進展するのに伴い、市場の縮小傾向が加速し、リコーの業績にも急ブレーキがかかった。以降、売上高は年によって振幅があるものの、全体として下降線をたどった。複写機を設置後はトナーや用紙の消耗品で稼ぐビジネススタイルは大きな曲がり角を迎えたのだ。

一方で、買収したアイコン社の約2万4000人の従業員が加わったことも手伝い、固定費負担が経営を圧迫し始めた。この結果、売り上げが増えないまま、本業のもうけを示す営業利益は今や最盛期の5分の1に落ち込んだ。つまり、リーマンショックを境に成長が止まったも同然なのだ。 

業績推移(単位億円) 2014/3 2015/3 2016/3 2017/3 2018/3予想
売上高 2兆1084 2兆1514 2兆2090 2兆0289 2兆0400
営業利益 1203 1157 1022 338 200
当期利益 728 685 629 34 0
現金・現金同等物 1400 1377 1675 1264
従業員数(人) 10万8195 10万9951 10万9361 10万5613 10万以下へ

「構造改革に一定のメドがついた」 銀座から本社移転も 

2017年4月にバトンを託された山下社長は、「リコー再起動」を掲げ、構造改革に集中してきた。北米を中心とする販売体制の見直し、国内外の生産拠点の統廃合、開発機種の絞り込みなどを進めた。従業員数は2017年度第3四半期までにすでに5400人削減し、年度末までに10万人を下回る見込みだ。

首都圏事業所の再編の目玉として、本社は東京のど真ん中の銀座を引き払い、この1月に大田区中馬込に移転した。

事業選別も強力に進めた。スマホ向けの電源ICなどを手がける半導体子会社、リコー電子デバイス(大阪府池田市)の株式80%を日清紡ホールディングス<6751>に譲渡することを決めた。ホテルやドライブインを経営する三愛観光(熊本県小国町)については熊本未来創生投資事業有限責任組合(くまもと未来創生ファンド)に株式の70%を譲渡した。

また、かねて経営不振に陥っていたインドの連結子会社「リコーインド」(リコー46%出資。ボンベイ証券取引所上場)は財政支援の打ち切りを決め、2018年1月に会社更生手続きを申し立てた(負債総額約360億円)。

一連の構造改革について「2017年度で一定のメドがついた」(山下社長)とする。2017年度の最終損益は当初の赤字予想から浮上し、トントンまで持ち直す見通しだ。こうした構造改革の成果を踏まえ、成長戦略に軸足を移す。その目的はM&A投資によって事業構造を大きく変えることにある。

「成長戦略1」「成長戦略2」に各1000億円のM&A資金

成長戦略では、布や建材など紙以外の素材に印刷分野を広げる「成長戦略1」、オフィスのデジタル化に対応した新たなサービス提供を目指す「成長戦略2」と位置づける。M&A投資は今後2年間で、「成長戦略1」と「成長戦略2」にそれぞれ1000億円を振り向ける。

現在の売上構成は事務機を中心とするオフィスプリンティング事業が53%と半分以上を占め、「成長戦略1」の事業が12%、「成長戦略2」の事業が24%、デジカメ事業や金融事業などその他が11%。これを5年後の2022年度には順に39%、20%、31%、10%と、成長戦略1+2の比率を5割超に引き上げる計画だ。

「成長戦略 1」が当面のターゲットとするのは商用印刷と産業印刷。具体的には、布、建材、食品、フィルム、装飾品など紙以外に印刷用途を拡大するほか、トナーの生産で培ってきた粒子化技術を応用して二次電池用部材、バイオプリンティング(細胞積層)、3次元立体をつくる3D造形、吸入薬などへの展開を推し進める。

プリンティング技術によって、衣食住や医、産業など様々なシーンでの課題解決を提案するものだ。例えば、衣料生産では染色後の大量の排水が環境汚染問題としてつきまとうが、水性顔料インクによる印刷技術を使えばウオッシュレス生産が可能になる。

「成長戦略2」ではオフィスと現場をつなぐ新たなプラットフォームとして「リコー スマート インテグレーション」を構築する。複合機や電子黒板、テレビ会議システム、360度全天球カメラ、ステレオカメラなどリコーの幅広い機器群とアプリケーションを組み合わせ、中小企業のワークフロー改革や大企業のコミュニケーション改革を支援する。

会議音声のテキスト化など会議の“見える化”はもちろん、将来はリアルタイム翻訳、自動議事録作成といった展開を予定しており、「この分野で一番手を走りたい」(山下社長)と意気込む。

リコーはキヤノン<7751>と並ぶ事務機の国内最大手。全世界に140万社の法人顧客を持ち、440万台の機器が稼働している。あらゆる事業展開において、こうした顧客基盤が何といっても強みとなる。

銀座から移転した新本社(東京都大田区)

リーマンショック前、米国で大型買収が続く

ここでリコーのM&Aの歩みを振り返ってみよう。1990年代から活発化し、米国や英国、香港、中国のOA機器販売会社を相次いで買収した。2007年には米ダンカ・ビジネス・システムズの欧州のOA機器販売網(現リコー・ヨーロッパ・ホールディングス)を約240億円で買収。

さらにリーマンショックが起きた2008年には既述の通り、米アイコンオフィスソリューションズを約1600億円の巨費を投じて傘下に収めた。好調な業績を背景に攻めの姿勢を鮮明にした大型M&Aだった。

販売関連以外では、2004年にデジタル印刷機を手がける日立プリンティングソリューション(現リコージャパン)に続いて、2007年に米IBMのデジタル印刷機事業を約830億円で買収した。日立プリンティングソリューションは日立製作所と日立工機のプリンター事業を統合して発足した会社だ。2014年にはデジタル印刷機用ソフト開発の米PTI(カリフォルニア州)を買収した。

国内では2011年、HOYA<7741>から、デジカメを主力とするPENTAXイメージング・システム事業(現リコーイメージング)を買収。同事業はHOYAが2007年に子会社したPENTAX(旧旭光学工業)が前身。

2016年には横河電機<6841>から脳磁計事業を買収し、ヘルスケア分野に参入した。脳磁計は脳の神経活動により生じる生体磁気を計測するもので、発作を繰り返す脳疾患の一つ、てんかんの診断効率化に貢献が期待できる。ヘルスケア関連ではテレビ会議システムによる遠隔医療システムの実証実験に取り組んでいるほか、インクジェットプリンター技術を活用してヒト組織を作成するバイオ3Dプリンターなど先端分野の開発を進めている。

同じ2016年には衣類用プリンターメーカーの米アナジェット(カリフォルニア州)を買収した。ヘルスケア分野をはじめ、このあたりに今後のM&A投資のヒントがあるかもしれない。

主なM&A
2004 日立プリンティングソリューションズ(現リコージャパン)を買収
2006 感光体メーカーの山梨電子工業を買収
2007 米ダンカ・ビジネス・システムズの欧州拠点(現リコーヨーロッパHD)を約240億円で買収
IBMのデジタル印刷機事業を約830億円で買収
2008 米の事務機大手、アイコンオフィスソリューションズ(現リコーUSA)を約1600億円で買収
2011 HAYAからPENTAXイメージング・システム事業(現リコーイメージング)を買収
2014 米ITサービス企業、マインドシフトを買収
デジタル印刷機用ソフト開発の米PTIを買収
2015 子会社の三愛、水着・下着事業をワコール・ホールディングスに譲渡
2016 横河電機から脳磁計事業を買収
衣類向けプリンター製造の米アナジェットを買収
2017 三愛観光の株式70%を熊本未来創生投資事業有限責任組合に譲渡
2018 インド連結子会社のリコーインド、会社更生手続きを申し立て(1月)
リコー電子デバイスの株式80%を日清紡ホールディングスに譲渡(3月)

“原点回帰”で復権なるか。

リコーは1936年、理化学研究所の傘下企業の感光紙部門を継承して「理研感光紙」として発足したのが始まり。創業者・市村清は「三愛精神(人を愛し、国を愛し、勤めを愛す)」を提唱したことで知られる。

事業や仕事を通じて、自らとその家族、顧客、関係者、社会のすべてを豊かにすることを目指すもので、リコーのバックボーンとなっている。1月に移転した新本社の隣接地にはかつて創業者・市村の自宅があり、リコー再起動を象徴する“原点回帰”といえる。

事務機業界では、1月末に富士フイルムホールディングス<4901>が米ゼロックスを買収することを発表した。事務機で米ヒューレット・パッカードと並ぶ世界トップに躍り出ることになる。また、キヤノンは2016年、東芝から医療機器事業を約6655億円で買収し、成長事業に育てる姿勢を鮮明にしている。

リコーが雌伏期を経て経営を成長軌道に再び乗せようとしている。2018~19年度の集中期間に、いかなる戦略的M&Aを実行できるのか、その一挙手一投足に注目が集まる。

文:M&A Online編集部

この記事は企業の有価証券報告書などの公開資料、また各種報道などをもとにまとめたものです。