2022年3月、福岡県福岡市にある活版印刷所「文林堂」がrelayを通して後継者募集をスタートしました。歴史ある活版印刷の文化を残したい、という店主の山田善之さんの想いと行動は多数のメディアに取り上げられ、SNSでも大きな反響がありました。
山田さんはあまりの反響の大きさに喜び勇み、募集を開始した当時抱えていた大量の仕事にも精が出て、あっという間に終わらせてしまったそう。
そんな文林堂を業務提携という形で技術を引き継ぐことになったのは、同じ福岡県で文具の企画・卸・小売を手掛ける「株式会社ハイタイド」。福岡以外に東京とアメリカにも直営店を持ち、数々のユニークな商品を世に送り出しています。そして山田さんは、ハイタイドの創業時から取引先として関わっていました。
活版印刷の文化を残していきたいという想いが一致し提携することとなった二社は現在、どのような取り組みをしているのでしょうか。文林堂を引き継ぐことになった経緯と共に、ハイタイドの永田悠宇さん、壱岐彩加さん、尼田真理子さん、そして文林堂の山田善之さんにお話を伺いました。
譲渡者:有限会社文林堂 山田善之様
承継者:株式会社ハイタイド 永田悠宇様・壱岐彩加様・尼田真理子様
聞き手:relay編集部
2023年夏、文林堂内に小さな文具店「HIGHTIDE STORE BUNRINDO」がオープンしました。手前のショップではハイタイドのオリジナル商品とともに文林堂限定のアイテムも置かれ、奥ではこれまで通り活版の音が響いて山田さんも現役で活動されています。活版印刷を体験するワークショップなども開催されているそうです。
──(聞き手)relay編集部(以下、略):relayでも、業務提携という形で後継者が決まるのはなかなか珍しいパターンです。承継から数ヶ月が経ち、現状はいかがでしょうか。
(承継者)「株式会社ハイタイド」尼田様(以下、敬称略):業務提携後も引き続き、文林堂への依頼は従来通り文林堂で受け、山田さんが対応されています。弊社としても、「アナログの良さについて伝えていきたい」という面で文林堂とはとてもリンクする部分が多いと感じて業務提携をさせていただいており、今後はその想いを更に商品開発などへ反映できるのではないかと感じています。
(譲渡者)「有限会社文林堂」山田様(以下、敬称略):事業継承のあり方として、お金を稼ぐためというだけでなく、人としての心も大切にしたかったんです。こういった形で事業を続けられているからこそ、今でも常連さんが訪れてくださいます。業務提携だからこそ、人と人との関係性が続いているんです。
尼田:山田さんの「活版印刷の文化を残したい」という想いの強さを尊重することが、業務提携という道を選んだことにも繋がっています。今後も、もっと良い取り組みが見つかったり、広く知ってもらえるような活動ができる可能性はどんどん広がっていきそうだなと思っています。
──業務提携については、メディアやSNSでの注目度も高かったようですね。
尼田:色々な方がSNSでシェアしてくださいました。ニュースを見て「お店に行ってみたいから福岡に旅行しよう」と計画してくださる方までいて、弊社としては非常にありがたいなと感じています。
──業務提携をしたことで新たに生まれた取り組みや商品もあるのでしょうか。
尼田:マスキングテープやメッセージカード、ポチ袋などをはじめ、オーダーノートでも文林堂オリジナルの表紙を選べる等、様々な限定商品を取り扱っています。特にこの文林堂のマスコットキャラクターである「Bunちゃん」グッズは大人気アイテムです。
また、江戸時代末期に通訳をされていて、活版印刷を日本に広めた本木昌造(もとき しょうぞう)さんという方が作ったフォントを再現したこちらのメッセージカードも、ここでしか買えない商品となっています。
最近では新商品として、活版印刷職人の技術を詰め込んだオーナメントカードも発売しました。印刷物を装飾するためにパターンや模様で構成された「飾り罫」と呼ばれる罫線と「活字の裏面」を活かして図柄にしたものです。何度も試し刷りをし微調整を重ね、美しい模様と発色が完成します。活版印刷ならではの味わいのある仕上がりとなっています。
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──業務提携に至るまでの経緯を振り返りますが、文林堂の後継者募集の記事が公開されたあと、お知り合いから「身体の具合でも悪くなったのか」と心配されたとうかがいました。実はそういった理由ではなかったんですよね。どういう経緯で後継者を募集しようと思われたんですか?
山田:これまでにも、文林堂のことを気にかけてくれる方々から声をかけていただいたことがありました。ただ、同業者へのM&Aのような形だと、どうしても「利益がどれくらい」という話になってしまうのが気になって、なかなか気乗りしなかったんです。
私がやりたいのは、あくまでも「活版の文化を残していくこと」。だから、事業承継を通じてそれが失われてしまうようではいけないと思っていました。そんな矢先に、もともと文林堂とも深い縁がある活版印刷所の知り合いから、relayのことを教えてもらったんです。譲りたい人と譲り受けたい人が対話をしながら、オープンな形での事業承継ができると聞いて、申し込むことにしたんです。
──合計50名ほどからの応募があり、relayとしては初めての応募者向け合同説明会を実施しましたよね。その後、10数名の方と面談をしていただきましたが、率直にいかがでしたか?
山田:びっくりしました。公開されてすぐに3000人くらいに見られていて、夕方には6000人くらいになっていて、何かの間違いじゃないかと思いましたよ。それが毎日続いたんです。
私のやってることに、皆さんこんなに興味があるのかと驚きました。本当なら、応募していただいた皆さんと会ってもいいと思うぐらいで、反響の大きさには、私自身がすごく力を頂きました。
──ここまでの反響はrelayとしてもはじめてのことで、本当に驚きました。最終的にハイタイド社に譲渡を決めた理由を教えてください。
山田:晴天の霹靂といいますかね。まさか、自分が創業に関わった会社から声をかけていただいたというのは、もう奇跡に近い出来事だと感じたんですよ。傍から見たら仕組まれていたのではないかと思われるくらいのことですが、本当にご縁があったんだなと感じます。
──面談のときにハイタイド社の現社長が来られたときは、ハイタイド社の創業経緯を、山田さんが説明してらっしゃいましたよね。まさかそのような繋がりがあったなんて、relayとしてもすごく驚きました。
──活版印刷の文化を残していくためにも、今回は業務提携という形での引き継ぎになったそうですが、経緯を教えていただけますか?
「株式会社ハイタイド」永田様(以下、敬称略):一番はじめに募集の知らせを聞いた時は、てっきり山田さんが体調でも崩されたのかと心配しました。そしたら山田さん自身はお元気で、後継者は未来のために今のうちから探しておきたいというお話でした。
山田:relayさんでの後継者募集を見た取引先からも、「うちの仕事はどうなるんだ」という心配の声を頂きましたね。
──皆さん、山田さんが会社を売却して、いなくなってしまうのではないかと心配されていたんですね。
永田:ハイタイドの創業期から山田さんにはお世話になっていて、今でも私たちの商品、たとえばメモパッドなどを作っていただいています。そういう取引が今までもずっとあったのですが、私たちはあくまでメーカー業で、自分たちが作りたいものを作ることをずっとやってきた会社です。
一方、山田さんが文林堂でされているお仕事は印刷業で、クライアントがいて成り立つ仕事ということもあり、当初はやはり業種が異なる文林堂を引き継ぐのは難しいかもしれないと感じていました。そのため、はじめに山田さんとお話したときは「ハイタイドとしては、いずれ引き継ぐ方にメーカー業という立場からバックアップさせていただきます」とお伝えしていたんです。
永田:その後も何度かお話させていただいているうちに、山田さんとしては単純に印刷業を引き継ぎたいのではなく、活版印刷の文化であったり、山田さんがこれまで築いてきた沢山の方々との関係性や、そこから生まれたコミュニティなど、本質的な部分を託したいという気持ちを感じたんです。であれば、業種に関わらず、むしろメーカーとしてなにか一緒にできることがあるのではと思い、ぜひ引き継がせていただきたい旨をお伝えしました。
現在の文林堂に、メーカーであるハイタイドが関わることで、「新しいことを生み出していきたい」と、事業承継ではなく業務提携という形で、お互いの良さを活かしていこうとなったんですよね。
尼田:加えて、今でもお付き合いのある常連の方への想いや、活版印刷の文化を残したいという山田さんの想いも踏まえ、業務提携という形が一番ベストだという結論になりました。
山田:私としては、文林堂への未練はほとんどないんですよ。だから、これから文林堂をどうしていきたいということではなくて、やはり活版の文化ですよね。ハイタイドさんをはじめ、たくさんの方々が興味を持ってくれて、サポートをしてくれていることが本当に嬉しいんですよ。
──提携後、HIGHTIDE STORE BUNRINDOスタッフとして山田さんのもとで活版印刷について修行をすることとなった壱岐さんですが、現状はいかがですか?
(承継者)壱岐様(以下、敬称略):もともとインクや紙が好きで、いずれは自分自身の活動にも活かせるようにと、機械の動かし方や仕事を覚え始めました。今は山田さんのお仕事を手伝ったりもしています。
永田:壱岐さんは、もともとハイタイドの直営店の販売スタッフだったんですが、個人でアーティストとしても活動しています。活版印刷と聞くとどうしても、職人のようなイメージがありますが、新しい活版印刷の文化を考えていくためには、違った切り口から活版を捉えて、実際に使ってくれるような方に入ってほしいなと思い、声を掛けてみたら「ぜひやりたい」と言ってくれたんです。
山田:後継者を探し始めてからずっと考えていたのは、この場所をオープンな形で使えるようにしたいということでした。ただそれは理想であって、実際に運営していくのは難しいし、自分の年齢を考えると1人ではとてもできない。でも、ハイタイドさんはそれを考えて実行に移してくれています。
最初に考えていた事業承継の形とはだいぶ違いますが、一番良い形になったんじゃないかと思いますね。
──relayとしても、オープンな事業承継の文化を育んでいくうえで文林堂さんとハイタイドさんの事例は、1つの契機になると思っています。M&Aのような形にこだわらずとも、お互いの思いを尊重しながら対話することではじめて、新たな可能性が見つかるということを教えていただきました。
今日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。お互いの想いや活動を尊重しながらも「活版印刷の文化を残していくため」に共に挑戦し続けているハイタイドと文林堂。新しい事業承継の形として、これからの活動も引き続き楽しみにしています!