キッチン×飲食×不動産テックの新潮流がやってきた!

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Prop Tech Japanによる11回目のミートアップ。4人の経営者が集まり、新しいキッチンビジネスの動向や課題、方向性などを語る

古くからある飲食業や不動産業、さらに、そこに“キッチン業界”などが加わって、いま新しい動きを見せている。その1つが「ゴーストキッチン」であり、「クラウドキッチン」と呼ばれる事業だ。日本においてその先頭を走る4人の経営者が集まり、新しいキッチンビジネスの動向や課題、方向性などを語った。

不動産テック、建設テックのコミュニティーであるProp Tech Japanによる11回目のミートアップ。登壇者は木村優子氏(すたーとあっぷきっちん代表)、荒木賢二郎氏(よじげんCEO)、小野円氏(DelQui代表)、たかはしかよこ氏(社員食堂CEO)の4名。モデレーターには日本で初めてのProp Tech(さまざまな情報通信技術と不動産業界のビジネスが融合した新しい不動産サービス)特化型ベンチャーキャピタルとして、不動産・金融業界のイノベーションに取り組んでいるデジタルベースキャピタルの代表パートナーである桜井駿氏。

転廃業の多い飲食業界の新規事業、空室に苦慮し新しいスタイルの事業を模索する不動産業、また、食関連の事業に取り組みたいと考える起業家・スタートアップなどにとっても、新しい事業ヒントを提供してくれた。

ゴーストキッチン、クラウドキッチンとは?

ゴーストキッチンやクラウドキッチンは、関連業界以外の人にとっては馴染みが薄いかもしれず、人によって捉え方が微妙に異なるケースもある。そこでまず、一応の定義をしておこう。

ゴーストキッチンとは、オンラインのフードデリバリーサービスを活用した、実店舗を持たない飲食店のこと。レストランが店舗の空き時間を有効活用して他社にキッチンを貸与するビジネスもあり(その場合、実店舗は存在するが、その貸与された他社としては実店舗を所有しない)、ゴーストレストランとも呼ばれている。

レストランの昼間の非稼働時間を活用した 定額制ワークスペース&
コミュニティ『SelfWork渋谷』(よじげんプレスリリースより)

一方のクラウドキッチンとは、店舗としてはテーブルも椅子も接客スタッフもなく、テイクアウトも受けつけず、インターネットで注文を受け、シェフが調理し、料理をフードデリバリーサービスなどの宅配代行業者が注文した人のところに配達する業態のこと。単独でクラウドキッチンを営み、そのクラウドキッチンをレンタルやシェアするビジネスもあり、また、複数のクラウドキッチンを仲介する不動産業としてのビジネスも生まれている。

さらに最近では、たとえば昼間の非稼働時間のレストランを活用したイートインのコワーキングスペースとして提供するビジネスも生まれている。ゴーストキッチンやクラウドキッチン、またゴーストレストランやシェアキッチンなど新業態が生まれるなかで、ビジネスのあり方、そのビジネスのプレーヤーの対応・役割、キャッシュポイントも変容している。

アメリカや中国、さらにインドでは市場に浸透

ゴーストキッチンやクラウドキッチンは、アメリカや中国、さらにインドではかなり一般的になってきた業態であり、相互に共通する面もある。だが、日本ではまだ登場したばかりともいえる。

日本では、「キッチンの有効活用」に注目すると、飲食や物販を事業として行うケースに限らず、そのキッチンで料理教室を開くために時間で借りるレンタルキッチンや、用意されたキッチンを複数の事業者・個人で共有するシェアキッチンといった呼ばれ方をするケースもある。また、飲食の店舗を持たない食品加工業者・仕出し屋などが食品加工の場として利用するというケースもある。

キッチンを事業として借りたりシェアしたりする側からすると、飲食業・食品加工販売業の一形態ということができ、貸したりシェア提供する側からすると、不動産業・大家業の一形態という見方もできる。

また、「クラウドキッチンは提供・仲介事業者としては拡張性がある」という見方もできる。なお、シェアキッチンは、シェアする側にとって「キッチンを所有しない形態」はレンタルキッチンと同様だが、ビジネスとして利用する場合、実態としては会員制を採用しているケースが多いようだ。

新しい「キッチン業態」の「どこ」に着目したか?

ゴーストキッチン、クラウドキッチンのコンセプトに対しては、「どの部分に着目してビジネスを展開するか」によって、実際の事業への取り組み方が変わってくるようだ。

菓子製造・飲食店営業許可つきのシェアキッチンを名古屋でオー
プンした木村優子氏

すたーとあっぷきっちんの木村優子氏は、ハウスメーカーに勤務の後、2015年10月、菓子製造・飲食店営業許可つきのシェアキッチンを名古屋でオープンし、利用者やシェアキッチン運営希望者向けの勉強会なども開催している。最近では、日本各地の自治体の委託を受け、使われていない食品加工場の再生・再利用や公共施設などでのキッチンビジネスの展開も進めている

首都圏を中心に従来の飲食店の定休日や空き時間を
活用したクラウドキッチンを展開する荒木賢二郎氏

よじげんの荒木賢二郎氏は、大学卒業後ウェブデザイン会社を創業し、12年後にその会社を事業譲渡した後、飲食店2店舗の開廃業を経て、2018年7月によじげんを設立。首都圏を中心に従来の飲食店の定休日や空き時間を活用したクラウドキッチンを展開し、その賃貸物件の仲介業務を行っている。

DelQuiの小野円氏は学習塾を経営した後、地元地域(東京・国立市)の食材をつかったジャムやピクルスの製造施設をオープンしたのを皮切りに、2013年には同地域に会員制シェアキッチンをオープンした。現在は2拠点を展開するほか、地元のNPOに所属する大学生などとの恊働プログラムも進めている。

2017年から「食」のデザインワークショップ・
コンサルティング事業などを展開する、たかはしかよこ氏

また、たかはしかよこ氏はIT企業勤務を経て、栄養士として「働く人の日常の食事」をテーマに2017年からデザインワークショップ・コンサルティング事業などを展開している。また、各地でシェアキッチンの提案なども行っている。

共通するのは、従来の飲食業や不動産業とも異なる業種・業界からアプローチしていること。既存事業の立場から、その延長上に新しいビジネスチャンスを見出すことは意外にむずかしい。特に産業・事業として古くからある飲食業や不動産業では、なおさらのことだ。

そこに4氏は新風を吹き込んだ。各氏とも消費者として、また提供側として、どのような「食」が最適なのかを考えた末の新事業であり、しかも「食」に関してさまざまな角度からアプローチしている点が興味深い。

日本で浸透するために、まず立ちはだかる「転貸禁止」の壁

アメリカや中国、また最近ではインドでも浸透してきたゴーストキッチン、クラウドキッチンという「食」ビジネスのコンセプト。日本で浸透するための課題としては、まず転貸禁止をはじめとした賃貸不動産業界側の規制への対応がある。

荒木氏の場合は、「夜の飲食店を朝や昼に使ってもらえる人はいないか」というのが、このビジネスのそもそものきっかけだった。調べてみると、賃貸不動産業の契約に盛り込まれている転貸禁止条項、いわゆる又貸しが大きなネックであることを知る。賃貸物件の借主は、他の人に勝手に転貸してはいけないという決まりだ。

そこで、そのような問題が起こらない契約の仕組みをつくり、キッチン物件の仲介ビジネスを展開してきた。

実は、無断転貸は禁止が妥当か否かという条項の法的な根拠は、70年近く前の判例(最判昭和28年9月25日)である。荒木氏は、「そもそも70年以上も前の判例に頼ったままである賃貸借契約の仕組みでよいのか」という疑問を提示する。

食品衛生法、衛生管理は柔軟に対応しているか?

また、「食」を扱う以上は食品衛生法も大きなハードルかもしれない。たとえば、シェアキッチンの使用で誰かが食中毒になった場合、その責任は誰が負うのかという課題がある。また、シェアキッチンにおいて什器備品が壊れていることに気づかず、利用者がキッチン仕事を遂行できなかったとき、その責任を誰が負うかといった問題もあるだろう。

小野氏はこのような点に考慮する意味で、自身が飲食店営業許可・菓子製造許可を取得したキッチンで事業展開している。また、「いわゆる趣味としての食事づくりでの利用は断り、あくまでも事業としての利用に特化している」という。それも、食品衛生への対応の1つのあり方だろう。小野氏はHACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point=危害要因分析重要管理点)に沿った衛生管理を進めているが、そうした対応も「食」を扱うリスクへの対処が背景にある。

栄養士でもあるたかはし氏は、食品衛生法の課題に関して、「食についてのパブリックな場(いわゆる外食など)とプライベートな場(いわゆる家庭での食事など)の境界部分が広がり、そのニーズが多様になった。それに食品衛生法などの法律面、保健所の対応面などが追いついていない。その境界部分の多様性のなかで、主婦に代わって健康と食のマネジメントできる立場の人がいない」ことを指摘した。

 起業をめざすスタートアップへの対応は?

木村氏の勉強会では、シェアキッチンの利用者から「つくったお菓子などを、どう販売したらよいか」という声が多く寄せられるそうだ。事業として始めても、実際のハードルは高い。木村氏は小野氏と同様、自分自身が菓子製造、飲食店営業許可を取得したシェアキッチンを展開するが、そうした菓子の製造・販売などの情報を収集し、相談に乗ったり情報提供したりする機会も多い。そのような情報を、いわゆる“まとめサイト”的にウェブで紹介している。

小野氏は自分が運営するシェアキッチンについて新規会員を広く求め、また、地元市からの委託事業やNPO等との恊働も進めている。そういった形で事業の裾野が広がっていく。それは、いわゆる空き家物件への対処という不動産業界の社会課題の解決の1つにもなるだろう。

大手の参入も激化するなかで

「2015年に始めたときは、世界にないシステムだと思った」(木村氏)、「いま同業者は国内に4社ほど。それぞれに仕組みが違うが、市場規模は6,000億円ほどと見込まれる」(荒木氏)など、日本に知られ始めたばかりのゴーストキッチン、クラウドキッチン。ネットの活用も進化発展し、専門のフードデリバリー業者なども今後は増えるだろう。また、旧来の不動産業界、店舗仲介業者も新たな取り組みとしてこの分野を狙っている。

さらに、異業種大手の新規事業としての参入もある。ただし、コストパフォーマンスが大きな課題であり、その点はオープンイノベーションというスタイルで新事業のプレーヤーを取り込んで進出しているケースも見られる。

一方、まったくの個人事業での参入も増えてはいるようだ。だが、キッチンには一定の資本が必要であるため、個人がいきなり参入するのはむずかしいのが現実だ。さらに、前述のように「可視化できにくい食品衛生に、新しいビジネスがどう対応するか」という課題は、この先も続くだろう。

消費税増税後の軽減税率の適用など細かな点を挙げれば、飲食店としての進出かテイクアウトしての進出か、また、それらの複合型か。さらに、従来は想像もつかなかったことにビジネスチャンスを見出すか。今後、食関連の起業をめざすスタートアップが、この、ある種マージナルなビジネスにどう関わっていくか、注目したい。

取材・文:M&A Online編集部