中小企業のPMIには強い信念が必要「クレストHD」の望田竜太取締役が助言

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クレストホールディングスの望田竜太取締役

PMI(M&A後の統合プロセス)というと、Day1プラン、100日プラン、ガバナンス体制の構築など、大企業向けのテクニカルな話題が多い。経営者が初めてM&Aを行い、PMIの書籍を探しても、このようなワードが並ぶ本が多いであろう。 

これらの内容は非常に重要であり、私もコンサルティングファームのPMIチームに所属し、大企業のPMIを行っていたころには、実際にこのような手法を多用していた。 

大企業向けには体系的な手法を活用したPMIは有効であると思うが、中小企業の事業承継PMIにおいては少々様相が異なる。ただし、この領域におけるPMIのプロセスや要点が語られているものは非常に少ないように思える。 

日本では企業数の大部分が既存産業の中小企業であり、昨今、後継者不足や経営者高齢化などの問題から、中小企業の事業承継に対する対応が多く叫ばれている。 

だからこそ、Legacy Market Innovation®(LMI)を企業スローガンとして標ぼうし、中小企業を活性化することで日本の経済力向上とイノベーション創出に寄与することを目標としている、クレストホールディングス(HD、 東京都港区)で経験した、既存産業における中小企業(特に事業承継)M&A特有のPMIのポイントを示していきたいと思う。 

当たり前のことをやれば業績は伸びる

中小企業では当たり前のことが当たり前にできていないという場合が多い。しかし、当たり前のことを当たり前にやれば業績は必ず伸びることを覚えておいてほしい。 

だからと言って、投資ファンドやコンサルタントが使う難解な経営理論やフレームワークを多用する必要は全くなく、必要なことは経営状況を事実で正しく捉えることである。「事実で正しく」とはすなわち、数字で捉えるということである。 

デジタルを活用して生産性を向上

クレストHDグループでも各事業会社でLMIを実施する際に最初に必ず徹底することが財務諸表の正しい理解とKPI(Key Performance Indicator=重要業績評価指標)経営である。 

財務3表は企業のオーバービューを整合した数値として定量化したものである。もしこれを毎月しっかりと経営者が見ていればその会社の動きや課題の全体感は容易に捉えることができ、施策を打つべき場所が自ずと見えてくる。 

財務3表(特にCF=キャッシュフロー計算書)の簡易的な作り方は様々な書籍で紹介されているのでそちらを参考にしてほしい。 

そうして、財務3表で課題が見え、施策を打つべき場所がわかったら、次に行うべきは打ち手の検討である。絨毯爆撃のように闇雲に施策を打つと、社員が疲弊し、そして辟易としてしまう。

仮説を持って効果のありそうな打ち手を検討し、そして実施と併せて効果測定できなければならない。その時に非常に役に立つのがKPIなのである。

利益を上げるための重要指標を定め、施策の効果を定量的に確認することでPDCAサイクルを回していくのである。

【財務3表とKPIの関係】

ただし、中小企業ではKPI知識やデータ集計スキルを持つ人材が不足していることに加えて、日々の業務に忙殺され当たり前のPDCAを回すことが容易ではないのが実状である。 

そこで、KPIの基礎データを蓄積して、効率的に可視化するにはデジタルツールの活用が最適なのである。まさに、クレストHDグループでは、デジタルを活用した生産性向上を「Lの成長」と呼んで、各事業運営に組み込んでいる。 

変わらなければ終わってしまう

実際にクレストHDグループでは効率化による様々な成長を実現している。例えば、クレストはCRMツール(カスタマーリレーションシップマネージメントツール=顧客と良好な関係を築くための顧客関係管理ツール)や、MAツール(マーケティングオートメーションツール=マーケティングに関するさまざまな業務を一元管理し、自動化するツール)を導入して営業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を強化し、一人当たりの生産性を向上させた。その結果、約5年で売上高を3倍に成長させた。 

さらに昨年9月に事業承継による買収をした東集(東京都江東区)においては、それまで社員はデジタルデバイスの活用はほぼなかった中、グループ参画後すぐにノートPCとスマホが配られ、社内コミュニケーションは全て社内SNSに切り替えることで、タイムリーな発信と情報共有が徹底された。グループ内で蓄積されたDX知識を活用して、MA・ SFA(Sales Force Automation=営業の自動化)・CRM・ERP(Enterprise Resources Planning=基幹系情報システム)が買収後半年で本番稼働し、限界利益は約6%程度向上している。

こうした生産性向上によって生まれた資金や余力によって、市場の成長性を高めるようなイノベーションを創出していくのである。業務を徹底的に効率化して、社内の余裕を生む事から、レガシー企業・中小企業の改革は始まるのである。 

ここまで、テクニカルな話を中心にしてきたが、最も重要なことは、経営トップのコミットメントと変革に対する根気、というマインド的なものであることを忘れてはならないということを最後にお伝えする。 

オーナー系企業は良くも悪くもオーナーの空気や文化が沁みついている。従って前オーナーの企業文化を変えるのは生半可な意思では実行不可能なのである。 

具体的には「変わらなければ終わってしまう」ということを明確に示し、誰かに任せるのではなく経営者自らが最前線に立って変革を実行し、抵抗勢力に対してマインドチェンジするまで説得し続けるのである。 

中小企業を変革するにはこの泥臭さを持った経営者でなくては実現できないということである。中小企業の事業承継PMIでは、強い信念も持って、経営手法やデジタルツールを使いこなす知識と経験を多く持つことが必要なのである。

【略歴】
望田竜太(もちだ りゅうた、クレストホールディングス取締役COO&CSO)
1986年 東京都羽村市生まれ
2009年 早稲田大学商学部卒業後、リサ・パートナーズで、PEファンド部門に所属
2014年  PwCコンサルティング入社、戦略チームに所属
2020年  クレストホールディングス入社

文:望田竜太