DMM.comに売却したピックアップに聞く! スタートアップのエグジット事情

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ピックアップ株式会社副社長でCTOを務める乾夏衣氏

今年に入り、DMM.comが次々とスタートアップ企業を買収している。 1月には音楽共有アプリ「nana」のnana music と写真保存アプリ「POOL」を開発・運営するピックアップの2社を子会社化したと発表。さらに2月には、オンラインサロンサービスのシナプス、4月にはアフリカ・ルワンダ共和国でソフトウェア開発・運営を行うHEHE LABS(ヘヘ・ラボ)を傘下に収めた。

そこで今回、M&A Online編集部では、DMMグループ入りしたピックアップにスポットを当て、スタートアップ企業の立ち上げからM&Aによるエグジットに至るまでの経緯やDMMを売却先に選択した理由などについて、同社副社長の乾夏衣氏に伺った。

ピックアップ創業までの経緯

乾氏は、水道業を営む親の背中を見てきた中で、サラリーマンをするという考えは最初からなく、自分で会社をやりたいと思っていたという。高専の情報工学科に通っていたが、卒業の約半年前に単身で地元の兵庫から東京へ。その時に住んでいたシェアハウスで、後に共同創業者となる宮本拓氏と出会った。既に乾氏は会計サービスを展開する事業で起業しており、宮本氏もインターネット関連企業でインターンをしていたという。

「シェアハウスには、インターネット好きで起業したい人たちが集まっていました。1年半ほど、そこにいましたが、その後、会社をたたんで休学状態だった学校に復学しました。それから半年くらいして、宮本から『アプリのアイデアを思いついたから、一緒にやらないか?』と声をかけられたんです」(乾氏)

こうして、写真保存アプリ「POOL」リリースに向けて、2014年7月にピックアップは創業した。

「POOL」リリースへ

そもそも、「POOL」のアイデアは、宮本氏が好きな女の子からスマートフォンの画像データがいっぱいになってしまうという悩みを相談されたことに端を発したとのこと。クラウドストレージサービスを紹介しても、女の子から「やり方がわからない」と言われ、その悩みを解決すべく、「POOL」の開発に乗り出した。

「アプリのアイデアが個人的な体験に基づいていて、面白いなと思いましたね。アプリの開発にかかったのは約6ヶ月。5ヶ月くらいで一旦アプリは出来上がったのですが、宮本の知人の女の子に使ってもらったら、使える、使えない以前に、何のアプリだかわからないと言われ、余計な機能をそぎ落としていきました」(乾氏)

そして、2015年春に「POOL」はリリースされる。1年ほどでアプリのダウンロード数は100万を超え、今後「POOL」に続く次のアプリをどんどん開発して事業拡大をしていくものかと思いきや、2016年5月ごろから売却先を探し始めたという。

M&Aによるエグジットを選んだ理由

実はピックアップ創業時から、M&Aによるエグジットも考えていたという。それはなぜか。

「開発やものづくりに集中したかったんです。IPOの場合は、株主総会など公の企業としてものづくり以外のことでやらなければならないことが増えてしまって、ものづくりに集中できない。だから、資金面の心配がない会社に売却するのも一つの手だと宮本とも話していました。アプリのダウンロード数が100万を超えて、投資とM&Aのオファーをいくつか受けるようになり、その中からベストな方法を模索することにしました」(乾氏)

M&Aによる売却先を探す際には、「ものづくりに集中できる環境」と「企業風土」を重視したという。特異な例だが、第三者的な仲介会社を介することなく、知人ベースで買い手を紹介してもらったり、声をかけてもらったりしたとのこと。売却先の候補として、上場企業を中心にDMMも含め5社ほどと交渉の席につくことになった。

DMMを選んだ決め手とは?

投資やM&Aの数あるオファーを比較検討し、選んだ道がDMMグループ入り。DMMはものづくりや新しいことに対して積極的で寛容的なところが良かったというが、一番の決め手は意外なところにあった。

「何だかんだで人柄です。片桐社長とはもともと面識があって、いつもプロダクトづくりを応援してもらっていたので、絶対に悪い事にはならないと思っていました。片桐社長がピクシブからDMMに来たのはまったくの偶然ではありますけど。亀山会長とは初対面で、『POOL』が10代女子のユーザーが多いアプリなだけに、他社の担当者にはコンセプトやプロダクト自体が理解されにくかったんですが、亀山会長は一発で理解してくれたんです」(乾氏)

さらに、DMMの意思決定の早さにも惹かれたという。

「他社と比べて何十倍ものスピードでDMMは物事を進めていくんです。すごい人たちだなと思いましたね。こうしたスピード感もある上に、プロダクトへの理解もある。そんな尊敬できる二人だからこそ、DMMにしようと決めました」(乾氏)

2017年1月には完全子会社化。DMMグループ傘下に入って資金面などのサポートを受けることで、狙い通り、ものづくりに集中できるようになったという。今後の展開について長期的でポジティブな青写真が描けるのもグループ入りのおかげだ。

「これからは片桐社長と亀山会長にビジネスの形で恩返しがしたいですね。DMMは、インターネットサービスでもリアルな世界の事業が強い会社。ピックアップが中心となって、インターネットだけで完結するサービスを生みたいです。また、独立企業でやっていたころは短期的な目線になってしまいがちでしたが、DMMグループに入ることで長期的目線になれたので、チームビルディングをすぐにでもしっかりやっていきたいと思います」(乾氏)

IT業界のスタートアップの多くは、M&AかIPOでのエグジットを意識しながら起業している。そこには、ピックアップのように、会社を経営したいというよりも新たなモノやサービスをつくって世に送り出したいという思いが強くあるようだ。だからこそ、特にスタートアップ企業の買収は、事業やプロダクトへの深い理解なしには成し遂げられないだろう。

取材・文:M&A Online編集部

乾 夏衣(いぬい・かい)

ピックアップ株式会社 取締役副社長/CTO

2012年に19歳で上京し、会計サービスを開発する株式会社日本税理システムを創業。2014年には、ピックアップ株式会社を宮本拓氏と共同創業し、現在はCTOとしてインフラ運用やチームビルディングを担当。

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