間近に迫る「東証再編」とTPMの今後|フィリップ証券・脇本源一常務執行役員に聞く

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東証一般市場再編に向けて、TPMの流動性も重要な視点と語る…フィリップ証券・脇本源一常務執行役員

2022年春をメドに東京証券取引所の一般市場が再編される。その再編は東証のプロ投資家向け市場である東京プロマーケット(TPM)にどのような影響をもたらすか。J-Adviserであるフィリップ証券常務執行役員の脇本源一氏に聞いた。

上場基準と上場廃止基準が同じハードルに

ーまず、TPMにおけるJ-Adviserの役割について教えてください。

J-Adviserとは、TPMという市場の上場適格性を判断する上場審査機関で、主幹事業務を行える資格のことです。東証のマザーズやジャスダック、1部・2部の一般市場で主幹業務を行うには、実はオフィシャルな資格はありません。ただし、上場審査・主幹事業務は厳格なものですから、実質的に大手・準大手の証券会社を中心にその役割を担っています。

ところがTPMはプロ投資家向けの市場であるため、J-Adviserという正式な資格を持った会社が主幹事業務を行う仕組みになっています。

ーそのJ-Adviserとしては、2022年春に向けた東証一般市場の市場再編(下図)をどのように受けとめていますか?

TPMにも、いろいろな影響がありますね。TPMはプロ投資家向け市場で、個人投資家も株式を売買できる一般市場とは分かれています。したがって、TPMを含め、東証のどの市場に上場しても東証上場企業ですが、区分としては別の市場です。

ところで、2022年4月1日から市場再編によって一般市場が「プライム市場、スタンダード市場、グロース市場」の3つに区分されます。そして、その上場基準が大きく変わります。その基準の変更をひと言でいうと、これまで流通株時価総額などの基準は上場基準より上場廃止基準のほうが低かったのですが、再編によって上場基準と廃止基準が同じ基準になります。これまで、ぎりぎりの上場基準で上場しても、廃止基準が低いため、その後会社の価値(時価総額)が下がっても、なかなか市場変更(下位市場に落ちる)や上場廃止にはならなかったのですが、今後は、仮に時価総額(流通株時価総額を含む)において上場基準ギリギリで上場した会社が、上場後株価低下により時価総額が下がってしまうと、いきなり市場変更・廃止基準に抵触することになります。そのため、今後は十分に余裕を持った時価総額でないと、上場できなくなるわけです。

ージャスダック市場を例にすると、市場再編はどのようなことがいえますか?

ジャスダック・スタンダード市場は、これまで流通株時価総額5億円以上が上場基準で、廃止基準は2.5億円でした。ところが、新スタンダード市場になると、上場基準が流通株時価総額で10億円になり、廃止基準も同じ10億円になります。これまで流通株時価総額5億円で上場をめざしていた企業は上場できなくなり、既上場企業のなかで流通株時価総額が下がっても2.5億円までなら大丈夫と考えていた企業は、上場廃止の恐れが出てきます。

もちろん経過措置はありますが、これまでジャスダック上場をめざしていた企業の多くは簡単にはジャスダックに上場できなくなるでしょう。1年の上場延期が2年、3年と伸びるケースも増えるはずです。マザーズも上場のハードルが上がることは同じですね。

上場先をTPMに転向する例も増える

ーその影響がTPMにも波及してくるということですか。

そうですね。企業としては、未上場の状態で流通株時価総額10億円の上場基準を満たすためにがんばるか、いったんプロマーケットに上場して東証上場企業という信用を得たうえで上の市場をめざすか。後者を選択する企業は増えてくると思いますし、すでに、大手・準大手証券を主幹事にして長年上場準備をしてきた会社がTPM市場に流れてくるケースが急増しています。

ーところで、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場という区分けも、市場の“鞍替え”の仕方などを考えると、一般の人にはわかりにくいように感じます。

そうかもしれませんね。たとえば、これまでの1部市場からプライム市場に移ることを想定すると、プライム市場での維持基準を満たせなくても、スタンダード市場を選ぶことができます。

ところが、これまで東証2部やジャスダック・スタンダード市場に上場していた企業が維持基準を満たせない場合、グロース市場を選べるかというと、そう簡単ではありません。市場のコンセプトが違うので。グロース市場は文字どおり成長性が高いと判断される企業の市場ですから。

ーいずれにせよ、企業としては早急に対応しなければいけませんね。

そうですね。経過措置が何年になるかはまだ発表されていませんが、従来の上場廃止の猶予期間が1年ですから、経過措置としては2~3年くらいだと思っています。たとえば、その間に企業としては流通株時価総額に影響する利益を何倍にも上げるとか、流通株式を増やすなどの対応を迫られると思います。

今後TPMを目指す会社が急増してくるなかで、TPM側としても対応は急務で、市場としてどう対応するかは、大きな課題です。

TPMも、流動性のある市場に

プロ投資家側も理解を深めていくことが大事

ーTPMの課題解決として、どのような対応が考えられますか。

規則(金商法)を改正して、流動性を高めることは考えられますね。プロ投資家向け市場であっても、株式の売買が行われる市場になるということです。TPMの流動性が高まれば、TPMの上場企業にとっては、さらに上の市場をめざすため、また、投資家にとって魅力ある企業になるための“予行演習”ができることになります。

ーそれは、TPMの市場構造や意義を変えることになりますか。

そうかもしれません。これまでのTPMには矛盾する面がありました。一般投資家、つまり個人は株式を売買できず、一方でプロ投資家としてはサイズが小さく流動性のない株式は、いわゆる塩漬け株になりかねないということで投資を控えていた面もあります。

そもそも50銘柄を超える市場で1銘柄も売買がないという状態が異常だったともいえます。この矛盾した仕組みはTPMが誕生した頃からいわれてきたことで、それが解消される期待はありますね。

具体的にはかつての店頭銘柄の売買のような仕組みにするのか、どのような基準や制約を設けるのか法改正がともない国会の審議事項でもありわかりませんが、市場再編の時期に向けて、TPMの今後のあり方も詰めていく必要はあると思います。

ーTPMの上場企業は、流動性を高めることをどう受けとめているのでしょう。

歓迎する企業やそうではない企業、さまざまですね。また、このような動向を理解されていない企業があるのも事実です。

ーこれまでジャスダックやマザーズの上場をめざしきた企業の動向は?

ジャスダックやマザーズの上場をめざしている企業の場合は、「主幹事会社から上場を引き延ばされている」「今年、上場は無理でしょう」といわれるような企業もあり、よくよく市場の事情を聞いて納得されるケースもあるようです。そうやって、いわば“ダメ出し”されて、自分で調べてTPMの門を叩くケースもありますね。もっとも、これまでジャスダックやマザーズの上場をめざしてきた企業の主幹事会社でTPMを勧めるような例は、あまりありません。

TPM株の現状はいわば“上場している未公開株”

ーそれは市場に流動性がないだけに、主幹事会社としても“儲けどころ”がないと感じていたということですか?

そうですね。その面はあります。実は大手・準大手証券会社の多くはJ-Adviserの資格を持っていますが、市場での売買がないと儲からないのでやりたがらない面があります。実際にJ-Adviserとして取り組んでいるところは、株式の売買手数料ではなく、上場のためのコンサルティング報酬で対応している会社が多いようです。

ー今後、プロ投資家としてはTPMに対してどのような考え方を持つべきでしょうか。

まず、TPMに対する理解を深めていただきたいですね。TPMは、今は流動性がないので株式の取引ができない、いわば株価が変動しない市場です。でも、TPMの上場企業のほとんどは上の市場をめざしています。その意味では、TPMの上場株式は、情報を開示して監査法人の監査も受けている企業の“上場している未公開株”という言い方もできます。

プロ投資家というとベンチャーキャピタルがわかりやすいと思いますが、そこに目を向けて投資・支援していけば、より効率のよい投資が実現できるはずです。プロ投資家の側からも流動性を高めるような機運を高めてほしいですね。

取材・文:M&A Online編集部