大学発ベンチャーの「起源」(69) アイ・ブレインサイエンス

alt
認知症の早期発見につながる、受検者の負担が少ない検査方法を開発(写真はイメージ)

アイ・ブレインサイエンス(大阪府吹田市)は大阪大学発の医療検査ベンチャー。同大学の武田朱公准教授らによる「視線検出技術を利用した簡易認知機能スクリーニングシステムの開発による社会システムの負荷軽減」が2018年度の科学技術振興機構(JST)大学発新産業創出プログラム(START)に採択されたのを受け、その成果を社会実装するため2019年11月に起業した。

認知症の早期発見を阻む「複雑な対面検査」

同社が研究に取り組んでいるのは、認知症診断システム。わが国で65歳以上の高齢者のうち7人に1人に当たる462万人(2012年時点)が認知症とされており、軽度認知障害(MCI)の「認知症予備軍」を含めると約900万人に達するとも言われている。

現時点で認知症の治療は難しいが、発症や進行を遅らせることは可能だ。認知症を早期発見し、生活習慣の改善や運動といった早期介入を実施すれば、発症を大幅に減らせることが分かっている。しかし、約75%の認知症患者は未受診のまま見逃されているとの調査結果もあり、防げたはずの認知症で苦しんでいる高齢者や家族も少なくない。

認知症検査の未受診者が多い理由は、検査方法にあった。従来の認知症検査は医師との対面による問診法をベースにした認知機能評価で、検査に時間がかかり被検者の心理的負担も大きい。そのため敬遠する高齢者が少なくないのだ。そこで同社では、もっと簡易で被検者の精神的な負担が少ない検査方法を研究した。

「映像を眺めるだけ」で認知症検査が完了

同社は被検者の「目の動き」を解析することで、簡便でありながら正確で客観的な認知機能の評価が可能な検査方法を開発。赤外線カメラなどを用いて被検者が画面上のどこを見ているかを高精度に検出する視線検出技術(アイトラッキング)と、認知機能タスク映像を組み合わせ、独自のアルゴリズムで視点データから認知機能を測定する。

検査はモニターの前に座り、画面に表示される内容に沿って映像を2分50秒ほど眺めるだけ。正解映像の注視時間割合や視点検出率、視線の移動系列の統計量や全体画像などのデータから、認知症の診断を下す。高齢者でも負担なく実施でき、検査に伴う心理的ストレスも軽減される。従来の標準的な認知機能検査法の結果とも高い相関を示すことが確認されており 、データの信頼性も高いという。

医療機関での認知症診断だけではなく、自治体の住民健診や企業内検診、生命保険や損害保険の調査、高齢者の運転免許更新検査などでも簡易に認知機能程度をチェックできる。早期検査・早期介入による認知症の発症を減らす効果が期待できる。

同社の取り組みはJSTと新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が主催する「大学発ベンチャー表彰2022 」で「大学発ベンチャー表彰特別賞」を受賞するなど、高齢化社会の課題を解決できる企業として注目されている。

文:M&A Online編集部