【これからM&Aをする人に】とっておき情報  社労士・中小企業診断士の資格を持つ税理士が見てきたものとは(中)

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    M&Aにおいて買い手側の経営者は売り手企業の決算書を必ず検討するはずだ。中小企業においてその会社の歴史や文化といったものは、経営者の人生そのものである。人生の総決算という言葉があるが、決算書は経営者の通信簿である。

決算書は経営者の通信簿。美しい貸借対照表を作ることが大切

    この際、経営分析用語は無視させていただくが、資産は表の顔、資産を調達する側の負債や資本の部は裏の顔とも言える。中小企業にはそれぞれその会社特有の風土とか文化というものがあり、これは100社の企業があれば100社とも違うものだ。

    M&Aの場面に限らず、美しい財務諸表、とりわけ美しい貸借対照表を作ることは大切である。流動資産の項目では、受取手形や売掛金が約定期限内にきちんと回収できるものか常に与信管理を行わなくてはならない。また在庫についても販売できるものを持つことが重要で、販売見通しのないものは早期に処分できる収益力が必要である。仮払金や社長貸付金、 立替金、未収金といった、中身をよく見ないと理解できにくいような勘定科目は減らすようにした方が良い。

    こうしたことを経て、流動負債項目での支払手形の圧縮や全廃に動くことができれば、筋肉質のバランスシートを作り上げる準備ができることになる。貸借対照表には、中小企業経営者の力量、社員の力、応援する取引先、そして金融機関の支援態度などが凝縮されている。自己資本から資本金相当額を控除して、当該企業の活動年数で割ってみれば、どのくらい毎期平均で税引き後利益を稼いできたかが分かる。

売り手企業はサビを落とし、財務力を磨け

    設備投資、在庫投資、人材採用(育成)投資。中小企業経営の資金繰り悪化や破たんの原因は突き詰めれば、この三つのいずれかの投資の失敗に起因する。設備投資は所期の投資効果が得られなければ、あっというまに不良設備となり、減価償却ができなくなって借入金の返済が難しくなる。

    在庫は陳腐化すれば「罪庫」となり、倉庫のスペースを独占し経費の塊となる。採用も難しい。人手不足になって急に採用しようとしても優秀な人材は簡単には集まらないし、下手をすれば労務問題のトラブルに発展するケースが最近は多い。人材育成も経営者が本気になって長期的に取り組まないと成果に繋がらないことが多い。

    中小企業経営において資金繰り悪化の端緒は、売上減少によることが多いが、得意先の減少、倒産などで販売代金が回収不能となってしまうようになると、そのような状況にある会社を買いたいとは言ってくれる企業は少ないだろう。

    会社を売る側においても、魅力ある貸借対照表の形や姿をしていないといけない。後継者がいなくとも財務力を磨く(サビを落とす)習慣を持ち続けると、M&Aに繋がる可能性が出てくる。

    私がお付き合いしてきた資材問屋の経営者は、借金が嫌いで、赤字が出てもなんとか自分の給料で穴埋めしながら頑張っており、小さいながらも販売先に信頼されていた。同業者からM&Aを打診された際には、借入債務が少ない点と特色ある販売基盤が評価されてM&A契約に至った。

M&Aにはお金がいる。金融機関との信頼関係を構築することが重要

    資金があることは中小企業経営でとても大切なことである。M&Aにおける買い手企業ではなおさらである。資金があるということは、毎期しっかり業績を維持していること、その結果として貸借対照表で内部留保を確保できていること、そしてさらに金融機関から評価をされて希望額の融資が可能な状態であることを言う。

    逆に言うと赤字は悪である。赤字は従業員やその家族の生活を破壊することにつながる。会計上の利益が出ても資金繰りがいつも繁忙であれば赤字であるのと一緒であり、そのような状況にある会社はM&Aなど考えないほうが良い。

    M&Aにはお金がいる。意味のあるお金を借りることも中小企業経営では大切である。M&Aに必要な融資はメインバンクや日本政策金融公庫の特別融資を受けることができるが、普段からこうした特殊な事案でも短期間で対応してくれるように金融機関との信頼関係を構築することはM&A遂行上重要な要素である。

    M&A案件に真剣に向かい合って、売り手企業の生の数字に真剣に向き合って、そこから現場の真実の姿を見ることができるか。財務デューディリジェンス(DD=事前調査)などは専門家に任せることになるが、M&Aを実施する意味や、何を最優先にして早期着手・迅速課題解決に向けるのか。その決断は経営者しか出来ない仕事である。(次回は3月16日掲載)

文:大野 健司