【日本社宅サービス】M&Aで社内に変革を 買収先には愛情をもって

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日本社宅サービス株式会社 代表取締役社長 笹晃弘氏

M&Aの最大のメリットは、買収企業の経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を短期間で手に入れて、時間をかけずに会社規模を拡大できること、事業の多角化を図れることである。M&Aの成功事例では、「M&Aで時間を買った」という声をよく耳にする。つまりM&Aは、スピード経営を実現するための手段であるというのが通説であるが、実際はどうだろうか。

今回は、社宅管理事務代行事業及び施設総合管理事業を主要事業とする日本社宅サービス株式会社の笹晃弘社長に話を伺った。同社は、脱サラしたメンバー7名が自己資金1500万円を出資して創業し、M&Aを活用することで大手資本に頼らずに創業7年で東証マザーズに上場、18年で東証2部上場を果たした企業である。

M&Aを足掛かりに東証2部上場

−−御社を創業した理由ときっかけを教えてください。

弊社は、同じ会社を脱サラしたメンバーが集まり、平成11年に立ち上げた会社です。会社設立前、創業メンバーは不動産業を営む上場企業の子会社に所属しており、社宅管理事務代行の新規事業を立ち上げる事業計画を策定し、実現にむけて準備を進めていました。

当時、不動産不況の煽りを受けて経営が悪化し、親会社が会社更生法の適用となりました。その中で、メンバーは「子会社が上場して親会社を支えよう」という意気込みで新規事業に取り組んでいました。ところが、親会社が会社更生法による手続きを進める中、管財人や新たなスポンサーとの間で軋轢が生じ、子会社にいた創業メンバー全員が解雇されました。「子会社は、親会社の言うことを黙って聞いていればいい」という理由からです。この出来事をきっかけに、創業メンバーは、新規事業計画を継続するため、自己資金を持ち寄り、日本社宅サービス株式会社を立ち上げました。 

−−御社にとって最大規模のM&Aとなった、ダイワードの買収目的は何だったのでしょうか。

買収目的は、大きく分けてふたつあります。ひとつは、事業の補完です。弊社は社宅に関するソフト事業(=社宅管理事務代行)事業に携わっていましたが、ハード事業(=施設総合管理)については、ノータッチでした。そこで、ライバルである不動産会社系列の同業社に対抗して総合力での強みを発揮するために、事業補完を狙いました。

もうひとつは、会社の成長力です。弊社が上場した東証マザーズは、成長力があることを前提としています。会社を成長させていくためには、本業以外の分野でも成長していく必要があると考えました。しかし、社内で次々と新規事業を生み出すことは難しいため、M&Aを活用し、新たな分野での成長を狙うことにしました。

未知のジャンルに挑んでいる歴史の浅い弊社とは異なり、社歴の長い会社は基盤があるので、経営手法を変えるなど、新しいものを取り入れることによって経営に磨きをかけることができます。イノベーションを起こすことは大変ですが、競争の中で会社が生き残っていくために、やらなければいけないことだと考えています。

−−買収時、御社に対するダイワードの思いとは、どのようなものでしたか。

ダイワードは、創業40年のオーナー企業でした。オーナーが引退を決意した時に、会社の行く末を任せられる企業を探していました。弊社が仲介する金融機関を通じて、企業買収した時の経営方針、引き継ぎ手順、考え方を説明したところ、最終的には、ダイワードのオーナーから「うちの会社の面倒を見てくれないか」というお話をいただきました。 

−−ダイワードの買収で成功したことは何だったのでしょうか。

成功したことは、ふたつあります。ひとつは、戦略的な事業補完です。弊社とお付き合いがある何割かの社宅を保有するお客様は、ダイワードに自社所有社宅の管理を任せるようになりました。それまで他の会社が行っていた業務を弊社に預けてもらうことで、総合施設管理事業の新たなニーズ発掘というシナジー効果を得ることができました。

もうひとつは、文化が異なる会社とのコミュニケーションです。短期間で会社が大きくなると、社外のことが見えなることがあります。それはまさに、当時の日本社宅サービスが置かれた状況でした。弊社と社歴40年の会社とでは、会議の進め方や考え方が異なります。例えば、「合意をする」という言葉の意味が両社で全く異なっていました。一方の会社では「みんなが何となく納得する」という理解であるのに対して、もう一方の会社では「当事者全員が合意して文書として成立させる」という理解だったのです。

経営において答えはひとつではありません。どちらかの会社の考え方に絞るだけでなく両社の考え方を採用したり、両社の意見を足して2で割った意見を採用するなど、試行錯誤しながらマネジメントすることで、ふたつの異なる文化がそれぞれ刺激を受け、合併した会社を強くする大きな力となりました。M&Aを経験したことで、言葉の解釈も含めて考え方が異なる人間同士が議論で刺激し合い、その結果、会社をマネジメントする幅が広がったと思っています。 

−−買収後、想定と異なったことはありましたか?

結論から言うと、成果が出るまでに時間がかかりました。時間がかかった理由は、ふたつあります。ひとつは、会社規模の問題です。M&Aを実施した当時、日本社宅サービスの売上が30億円未満であったのに対し、ダイワードの売上は30億円を超える売上規模でした。買収する側の規模が、買収される側の規模より小さいことから、経営をうまくコントロールできるようになるまでに時間がかかりました。

もうひとつは、買収価格に無形固定資産の価値であるのれん代が上乗せされていて、その償却負担が重かったことです。のれん代を全て償却するには時間がかかりましたが、全てを償却し同額を純資産として内部留保し、完全な無借金会社になり、連結収益でも事業シナジーでも効果が出ているので、結果的に、M&Aは成功だったと思います。 

中堅・中小企業のM&Aはスピードよりも堅実性を求めることが重要

--外部環境の変化が激しい中、スピード経営をするうえで、M&Aの意義をどのように考えていますか。

M&Aを武器にしたスピード経営を行うことは理想ですが、現実は違うと思います。業界No.1同士の企業が合併して1+1で3を生み出すような成果があれば、スピード経営といえるでしょう。自ら変化できる企業同士のM&Aであれば、高い次元でハイスピード経営が成立します。しかし実際には、M&Aによって変化するスピードを上げることは難しく、ハイスピード経営を目的としたM&Aは少ないと思います。

国内で実現しているM&Aの半数以上は、スピード経営よりも、企業の救済や変革を目的としたものが多いと思われます。「この先の経営が見えない」「自社だけでは今後の経営が不安だ」という会社は、自前の経営だけではなかなか変革が起こせず、変革を起こすための手段として、M&Aを活用しようとします。日本が直面している問題として、世代交代などの変革スピードに乗り遅れた会社が会社組織を存続するために、生き残りをかけたM&Aを行うことが多いように思います。理想を追い求めてゲームのように行うM&Aはスピードを重視する傾向がありますが、現実的に考えると着実に行うM&Aでは、スピード重視だけでは難しいように思います。

弊社のような中堅企業はM&Aに失敗した時には倒産の危機にさらされることもあり得ますので、話題性と効果性だけを追求した、いわばギャンブルのようなM&Aはできないのです。個人的には、M&Aはスピードよりも堅実性を求めることが重要だと思います。弊社が今まで行ってきたM&Aは、堅実性を高めるという意味で成功であったと思っています。 

−−多様性を大切にした戦略でM&Aを行い拡大してきたグループ会社の中では、それぞれの個性をどのように生かしているのでしょうか。

まず仕事は、一人ではできません。個性の強い人がいるとその色が反映され、更に個性の強い人がいるとその色が反映されます。いろいろな個性が集まると多様性が出てきます。それをひとつの色に染めることには無理があります。

かつて、日本の経営にはカリスマオーナーがいて、カリスマ性を出す仕組みとして、会社を一色に染める運営をやってきました。弊社では、多様な個性を受け入れながら、新たな色を作ることを目指しています。そのためには、経営者は従業員の多様性を尊重し、明るく楽しく働ける場を提供することが重要だと考えています。

−−これまで様々なM&Aを手掛けてこられましたが、どのようなものがありましたか。

資本の関係までを含めた資本提携、資本までの関係性にはならないがOEM提携までを含めた業務提携など広義のM&Aを6件手掛けてきました。手掛けたM&Aは、大きく分けると3パターンあります。

一つ目は、完全子会社化です。先方の会社オーナーが経営から手を引きたい場合、経営効率面から先方が望む場合などは、完全子会社の形態をとります。

二つ目は、資本提携です。資本提携の場合は、相手企業の株と弊社の株を交換し、それぞれの企業体の株主としてもメリットが出せるように互いに意見をしあいながら、独立した企業体として相手を尊重し、お互いに対等の立場で事業を進めます。特に互いの商品やサービス、販路等が優れていて排他的な関係で進めていきたい場合には、資本提携で進めます。それぞれの企業体ごとに経営体質が異なっていても、お客様の声を取り入れることで、常にサービスの質を上げていくことができます。

三つ目は、OEM提携を含めた業務提携です。互いに排他的な関係は求めづらい場合でも商品やサービスを限定して扱う場合には業務提携で進めます。

−−M&Aを手掛ける中でうまくいくケース、いかないケースがあると思いますが、成功するための基準はありますか。

例えば、完全子会社化や資本系列化の場合は、自社と買収した企業が同じ道を歩めるかどうかが重要です。例えば、行き先が違う者同士が同じバスに乗ってしまったら、どちらかが途中下車するしかありません。M&Aで一緒に事業を始めても、やりたいこと、つくりたいものが違う場合はうまくいきません。どんなお客様にどのように応えるかという考えが買収企業と異なる場合は、徹底的に議論をします。最終的に意見が合わなければ、M&Aから手を引くこともあります。

−−最後に、これからM&Aを考えている会社にメッセージをお願いします。

「買収した企業に愛情を注ぎ、M&Aを引き受けようとしている会社の従業員を愛して自分で育てる気があるか」ということに尽きます。買収企業の従業員を他人の家の子だと思ってしまったらダメです。自社の従業員よりも愛情を注いで育てるぐらいの覚悟がなければ、M&Aはやめた方がいいです。

誰かに頼る経営では、うまくいきません。買収企業の事業に人員配置する役員や従業員がいない場合、経営者はその事業を自身で行うぐらいの覚悟が必要だと思います。

−−ありがとうございました。

取材・文:寺田 孝雄/編集:M&A Online編集部