【マイ・ブルーオーシャン】新規事業のヒントここにあり “ネコ専用アパート”とは(1)

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ネコ専用アパートの経営およびコンサルタントを行う木津イチロウ氏

まだ誰も見ぬ“ブルーオーシャン”。未開拓の市場を見つけ、切り開いていった先人たちがどのようにしてビジネスチャンスをつかみ、事業を立ち上げていったのか。経験に基づいた話から新規事業のヒントを探っていく。
今回、話を伺ったのは、ネコ専用アパートの経営およびコンサルタントを行う木津イチロウ氏。ペット可物件はもはや当たり前のようにあるとはいえ、ネコに関していえばそこには需要と供給のミスマッチがあったのだという。

きっかけはネコが飼える部屋探しだった

今から10年ほど前、IT系の企業に勤めていた木津氏は、杉並区内の賃貸のテラスハウスで後に妻となる女性と共に暮らしていた。
テラスハウスには各部屋専用の庭があり、そこに目が開かない子猫を連れた親猫がやってきたのが始まりだという。ペット不可物件ではあったが、子猫を病院に連れていき、手術を受けさせ、親猫共々保護することに。ところが、この親猫が妊娠をしており、3匹を新たに出産。1年ほどそのままペット不可の物件で暮らしていたが、さすがに計5匹のネコをかくまうのは難しいと、ペット可物件を探し始めた。

「今でこそペット可物件は増えていますが、当時はペット可の賃貸物件でこちらの希望に沿うようなものはほとんどありませんでしたね」(木津氏)

ペット可物件にありがちなパターン

ペット可物件を探すにあたり、当時のペット可物件は以下の3パターンだったと木津氏は振り返る。

【1】ワンルームで20㎡程度の狭い部屋
【2】1階が大家宅の一軒家の2階。築古だが強気の家賃設定最寄り駅から遠いなど難あり物件
【3】ペット共生物件と謳っていても、イヌのみにターゲットを絞っている

こうして様々なペット可物件を見ているうちに、木津氏はあることに気づいたそうだ。

「ペット可物件というのは、ほぼ100%イヌのことを指していたんです。ネコ専用はないのかと探しましたが、なかったですね。『じゃあ、自分でつくっちゃえ』ということで、マイホームを建てることにしました」(木津氏)

全ては“偶然”の産物

ネコは好きではあったものの、そもそも飼うつもりもなく、マイホームも建てるつもりもなかったという木津氏。2匹のネコとの偶然の出会いが、その後の人生を一変させた。

「単にマイホームを建てても何も生み出さないので、賃貸併用にしようと考えました。何となく自分の肌感覚で、僕らみたいなネコを飼いたくても飼える物件がなくて困っている人がいるはずだと感じ、そういう人たちが救えるネコ専用アパートをつくろうと思ったんです」(木津氏)

愛玩動物飼養管理士2級の資格も取得し、ネコを飼っている人たちについてリサーチを始めた。当時、多くの人がやっていたSNS「ミクシィ」のネコ好きのコミュニティでアンケートをとったり、ネコの殺処分ゼロを目指すボランティア活動に取り組む人たちに話を聞いたりしたという。

独自のマーケティングリサーチから見えてきたこと

ペット可物件でもマーケティングリサーチが十分でないものが多いと、木津氏は指摘する。

「多くの大家さんや不動産業者は、『ペット=犬』と思い込みがち。一人暮らしのペット可物件は20㎡ほどの広さで小型犬1匹までというところが多く、ネコの場合も同じように1匹までとされるケースがほとんどです。ですが、ネコは多産なため、1匹で飼っているという人はほとんどいなく、2匹以上で飼っているという人が60%以上です」(木津氏)

色々とネコやネコを飼っている人たちについて調べていくうちに、日本でネコを飼っている人は圧倒的に40代以上女性が多いということが分かった。

「そもそもネコをペットショップで買う人は少ないんです。ネコは多産で野良猫も多いので、拾ったり、保護したり、もらい受けたりするケースが一番多い。なぜネコを飼っている人に40代以上の女性が多いのかというと、子どもが捨て猫を拾ってくるからです。そういう人たちはほぼ一軒家に住んでいます。」(木津氏)
※(一社)ペットフード協会「平成28年全国犬猫飼育実態調査」を基に編集部作成

一方で、賃貸物件を借りてくれるような20代、30代の女性でネコを飼っている人は全体の4%ほどしかいないそうだ。そのパイの少なさからネコ専用アパートには企業は手を出しにくかったのだろうと考察する。では、なぜ若い女性はネコを飼わないのか。その大きな理由は次の2つだと木津氏は分析する。

【1】現在住んでいる物件がペット不可
【2】旅行に行けない

2011年に完成したマイホーム「Gatos Apartment」は、この2つのネガティブ要素に加え、自身が一人暮らしをしていた頃に感じていた不満も解消できる物件にしたいと考えたという。

「一人暮らしをしていた時、隣人や上下のフロアの人たちがどんな人なのか知らないし、挨拶もほとんどなく、殺伐とした雰囲気でした。しかも、オーナーの顔もわからないことが多かったですね」(木津氏)

そこで、「Gatos Apartment」ではネコという共通項があることもあり、大家である木津氏の家で入居者のウェルカムパーティーやフェアウェルパーティーをしているという。パーティーで入居者同士が顔を合わせることで、防犯的にも安心感につながるとともに、お互いに対して寛容になれる。さらには信頼関係を構築し、隣人にネコの世話を頼んで旅行にも行けるという嬉しい効果もあるという。

「ネコを預ける方は、信頼できてネコの扱いがよくわかっている“ネコリテラシー”の高い人に安心して預けられる。でも実はこれ、Win-Winの関係なんです。ネコ好きは突き詰めるとどんなネコでも好きという人が多い。お世話をお願いされると、義務感というよりは自分のネコ以外のネコと遊べるチャンスとばかりに積極的にお世話しています(笑)」(木津氏)

2階が自宅、1階の2部屋が賃貸という「Gatos Apartment」は現在20人待ちだという。その99%が20~40代の一人暮らしの女性で、中には3年も待っている人も。

「ネコが飼える物件を増やしたというハードウェア的な側面と、20代、30代の女性がネコを飼えない理由を払拭したというソフトウェア的側面の2つが、ネコ専用アパートがビジネスとして成立したキーポイントだと思います」(木津氏)

「ネコを飼っている・飼いたい」という人が抱えている問題の認識と、それらを解決する策を考えることで、ビジネスが創出された。木津氏が「ネコを飼っている・飼いたい」という当事者であったという部分も大きいが、人々が抱える困りごとを知るところに何かしらのビジネスチャンスが転がっているかもしれない。(次回につづく)

取材・文:M&A Online編集部