M&Aの評価で出てくる「マルチプル」って何ですか?

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投資判断の場面でも、価格決定の場面でも、M&Aにおいて企業価値評価は重要です。「マルチプル(Multiple)」とは投資尺度のことです。

企業価値を算定する場合に実務でよく使われる評価方法の一つに「マルチプル法(Multiple methods)」があります。

マルチプル法とは

「マルチプル法」とは、類似する上場会社の評価倍率をもとにして、評価対象会社の価値を算定する方法です。「類似上場会社法」、「類似会社比較法」、「倍率法」、「乗数法」など様々な呼び方があります。評価のアプローチは下表のとおり3種類にわけることができますが、マルチプル法はこのうち「マーケット・アプローチ」に分類される手法です。

アプローチ名 内容
インカム・アプローチ 評価対象会社から期待される利益、ないしキャッシュ・フローに基づいて価値を評価する方法
マーケット・アプローチ 上場している同業他社や、評価対象会社で行われた類似取引事例など、類似する会社、事業、ないし取引事例と比較することによって相対的な価値を評価する方法
ネットアセット・アプローチ 主として評価対象会社の貸借対照表記載の純資産に着目して価値を評価する方法

〔出典〕公認会計士協会「企業価値評価ガイドライン」P.6

マルチプル法の計算式で代表的なものは、次の算式です。

評価対象会社のEBITDA × EBITDA倍率※ + 事業外資産 - 有利子負債

※EBITDA倍率=類似会社の事業価値/ EBITDA

EBITDA(Earnings Before Interest and Taxs Depreciation and Amortization)とは、「支払利息、税金、減価償却費、その他償却費用を控除する前の利益」のことで、簡単にいうと「営業利益+減価償却費」のことをいいます。EBITDA倍率の分子である事業価値算定の算式はここでは割愛しますが、EBITDA倍率は一般的に4~8倍が妥当だといわれています。高成長率の企業や資金需要の少ない企業では高い値となります。

マルチプルの長所と短所

マルチプル法の特長は、DCF法との比較から説明することができます。

DCF法は、評価対象会社の将来キャッシュフローに基づき算定するため絶対評価です。将来予測や諸条件の設定が仮説に基づくため、事業計画や条件設定が適正なものでないと意味がありません。それに対して、マルチプル法は基本的に上場類似会社を基準とするので相対評価になります。さらに、算式上、負債・資本構成や設備投資の影響を排除することができます。このように、マルチプル法はDCF法よりも簡便的で、客観性が担保できるとされており、とりわけM&Aの入口でよく用いられます。

マルチプル法の注意点としては、適切な類似会社の選定が困難な場合がある点です。たとえ同じ事業を営んでいても、各社差別化のために工夫をしているはずなので全く同じ会社というのはこの世に存在しません。そのため、類似会社の選定は慎重に行う必要があります。

M&Aで企業価値を評価する場合

M&Aで企業価値を評価するときは、たとえば、DCF法とマルチプル法で評価するなど、単一のアプローチによるのではなく、複数のアプローチにより評価します。各評価には一定の幅があり、それらが重複する部分を意識した評価結果を導くことが多くなっています。マルチプル法を評価方法の一つとして用いる場合は、長所と短所を理解したうえで、企業価値評価に役立てていただければと思います。

参考図書
●Jonathan Berk ;Peter DeMarzo『コーポレートファイナンス入門編第2版』丸善出版、2014
●北地達明、北爪雅彦、松下欣親編『最新M&A実務のすべて』日本実業出版社、2015

参考ウェブサイト
●公認会計士協会「企業価値評価ガイドライン」https://jicpa.or.jp

文:藤本 江里子(税理士・中小企業診断士)