『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(以下、『鬼滅の刃』)は10月16日公開からわずか24日で興行収入は204億円に達し、国内歴代トップ5にランクインしました。
これは緊急事態宣言の中で映画館の営業すら許されない時期もあった日本映画界にとって、完全ではないにしろ大きな勢いを取り戻させるインパクトをもたらしました。
ちなみに日本国内で最大のヒットを記録したのは2001年の宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』で、興行収入は308億円です。14年と16年にそれぞれ社会現象化した『アナと雪の女王』と『君の名は。』がそれぞれ250億円超ですので、『鬼滅の刃』はこのラインを狙っています。
●歴代の興行収入ランキング ※2020年11月8日現在
順位 | タイトル(公開年) | 興行収入 |
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1位 | 『千と千尋の神隠し』(2001年) | 308億円 |
2位 | 『タイタニック』(1997年) | 262億円 |
3位 | 『アナと雪の女王』(14年) | 255億円 |
4位 | 『君の名は。』(16年) | 250億円 |
5位 | 『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(20年)※上映中 | 204億円※ |
6位は 「ハリー・ポッターと賢者の石」(01年)203億円
興行通信社「歴代興収ベスト100」より筆者作成
今回の『鬼滅の刃』の大ヒットは、これまでのヒット作とは少し違うと言えます。というのも、今までのヒット作は、話題化に合わせて劇場公開の規模を拡大・維持してきました。
『アナと雪の女王』、『君の名は。』の興行収入推移を見ていくと分かるのですが、公開1週目より、2週目、3週目の数字が増加しています。これは公開各週で“取りこぼし”が発生していたことになり、映画業界ー特に興行サイドの見立てが世間の需要を読み誤っていた結果です。
対する『鬼滅の刃』は、シネマコンプレックス(シネコン)をはじめとする劇場がネット上で“時刻表”と揶揄されるほどの公開回数を確保し、器を最大限に構え、チャンスロス(機会損失)を防ぐ体制を整えました。
その結果、公開からわずか3日で興行収入46億円を記録、10日足らずで100億円を突破しました。これは今年のアカデミー賞受賞作『パラサイト 半地下の家族』の初日3日の興行収入とほぼ同じ数字です(パラサイトの興行収入は47億円)。
作品の纏う熱量を興行サイドが120%の体制で受け止めたことで、これまではどうしても受け身になりがちだった映画業界において、今までにない攻めの姿勢を感じ取ることができました。
都内の大手シネコンでは公開1週目から1日に40回以上も『鬼滅の刃』に割きました。ここまで上映回数を増やして、もし客足が鈍かったら…と考えると、下手なホラー映画より恐怖を感じます。
国内の映画業界は2000年代以降シネコンが中心となり、後に説明するとおり“安全策”を選ばざる得ない仕組みとなっていました。が、そんな中でここまでの冒険に打って出たことは大きく評価されていいと思います。
このように書くと、「なぜ、過去のヒット作ではそのような上映体制を整えられなかったのか?」という意見が聞こえてきそうです。
実は、国内では毎年1200本前後の映画が“新作”として劇場で公開されています。都内のミニシアターのレイトショー作品から、全国数百スクリーンでの公開のものまで含まれるので、すべてを横一線に並べることはいささか無理のある話ですが、それでも1ヶ月に100本、各週末に25本の映画が“新作”として何らかの形で公開されています。
そのためには大ヒットが予想されても、新作の公開が控えているために上映体制を確保し続けなくてはいけませんでした。しかし今年は、新型コロナウイルスの影響で多くのエンターテイメントが停止。映画の中心地であるハリウッドの大作群も全米の映画館の営業停止を受けて、軒並み公開が延期されました。
クリストファー・ノーラン監督の『TENET テネット』は劇場第一主義を重視して、劇場公開できる国から順次公開していくという選択を取りましたが、他の主だった作品は軒並み公開延期となりました。
アメリカ本国で公開できなければ、当然海外での公開も出来ません。結果として世界各国の映画館では当初予定していた”枠”が宙に浮いた状態にありました。
一方で国内では10月に入り、劇場の入場者制限の緩和が決まると、需要の落ち込みを相殺していた部分を開放しなくてはいけなくなりました。そこに現れたのが『鬼滅の刃』でした。これがピタリとはまり、コロナ禍による特殊な環境が『鬼滅の刃』の記録的な大ヒットを生んだともいえます。
競合する大作が軒並み延期になったことで、今後も『鬼滅の刃』の勢いと公開体制はしばらくキープし続けると思われます。
前作で興行収入83億円を記録した『STAND BY MEドラえもん2』が11月20日に公開されます。これがおそらく直近での最大のライバルとなるかと思います。 配給の東宝はIMAX社と『鬼滅の刃』などを含む5作品と契約合意を発表しており、『STAND BY MEドラえもん2』も含まれています。ただ、現在の『鬼滅の刃』の勢いに水を差す、というところまではいかないでしょう。
その次の競合作品は、年末・クリスマス(12月25日)にハリウッドの大作『ワンダーウーマン1984』が公開される予定ですが、こちらは本国アメリカの公開状況次第ですので、現時点ではわかりません。そうなると、お正月映画の中心も『鬼滅の刃』になる可能性が高く、延期されていた『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の公開(2021年1月23日)まではその勢いを止める存在はいないと言ってよいでしょう。
コロナ渦という今までに経験したことのない状況を逆手に取り、冒険とも言える公開体制を築いたうえで、記録された『鬼滅の刃』の大ヒット。なかなか攻めの姿勢に転じにくい現在ですが、そんな中で気概を見せた日本の映画業界は後々、さらに評価されるのではないでしょうか。
文:村松健太郎(映画文筆家)