フォードに学んだ伝説のレーベル『メイキング・オブ・モータウン』

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モータウンの創設者ベリー・ゴーディJr  © 2019 Motown Film Limited. All Rights Reserved.

かのビートルズやローリング・ストーンズが憧れ、日本を含む世界中の音楽に影響を与え続けているモータウン・レコード・コーポレーション。180曲を超えるナンバーワン・ヒットを生み出し、世界最高のアーティストたちが名を連ねる業界史上最も有名な音楽レーベルだ。

創設者が語った伝説のレーベル「モータウン」 

この草分けとなったレーベルがアフリカ系アメリカ人の手によって、どのようにして設立され、公民権運動のさなかに、いかにして人種格差を越えた素晴らしい音楽を送り出してきたのか。ドキュメンタリー映画『メイキング・オブ・モータウン』は、その衝撃の史実をひもとく。

2019年に引退をしたモータウンの創設者ベリー・ゴーディJr.に密着取材した本作は、ゴーディ自身が初めて承認した最初で最後の長編ドキュメンタリーである。

<M&A Online 独占公開映像>
© 2019 Motown Film Limited. All Rights Reserved. 

映画『メイキング・オブ・モータウン』のあらすじ

幼少期から上昇志向が強く、金儲けを願っていたゴーディは、幼少期に始めた黒人向け新聞の販売を手始めに数々の仕事に就く。ジャズを扱うレコード店経営では、売れる音楽のコツをつかみ、レコード店の倒産後は地元フォード・モーターの自動車工場に職を求めた。

ここで目の当たりにしたフォード生産方式が後のモータウンの経営ノウハウに大いに生かされることになる。社名「モータウン」の由来は、自動車産業で世界に知られる米ミシガン州デトロイトの通称である「Motor town」だ。

姉のツテでジャッキー・ウィルソンに曲を提供したことで、ゴーディの音楽業界での輝かしいキャリアが幕を開ける。1959年、家族から借りた800ドルを資金に「タムラ・レコード」を創業し、モータウンの歴史が始まる。

創業当時の本社の愛称は「ヒッツヴィル USA」。デトロイトの西グランド通り2648番地にあった一軒家を拠点に、若者に向けたポップな音楽を発信し、アメリカン・ドリームを実現させた。

ゴーディがスモーキー・ロビンソンとともに立ち上げた小さな音楽レーベルは、スティーヴィー・ワンダーやマーヴィン・ゲイ、テンプテーションズ、ダイアナ・ロス&スプリームス、マーサ&ザ・ヴァンデラス、マイケル・ジャクソンをはじめとするファミリーグループのジャクソン5といったスーパースターたちを生み出していく。

「人間を自動車扱いか?バカ言うな」と笑われた

ゴーディが思いついた仕組みとは、プロデュースや編曲、ダンスなど各工程を分業化することで新たなスターを誕生させる手法だった。フレームだけだった鉄の塊がピカピカの新車として工場を出ていくように、スターを生み出すことができると考えたのだ。

しかし、当時の音楽業界はプロデューサーやミュージシャンの職人的な勘と技術で動いていた世界。ゴーディは「その構想を語ると『人間を車扱いするのか?バカなことを言うな』と、みんなに笑われた」と振り返る。

ゴーディは、ダンスやエチケットも含めて徹底した管理体制を敷き、全米No.1ヒットを連発していく。「クオリティ・コントロール」と呼ばれた音楽業界では極めて異例の品質管理会議は、ソングライターやプロデューサーたちの競争心をあおり、ブランドに磨きをかけていく。

モータウンは黒人差別や男女不平等が当たり前だった時代だったにもかかわらず、黒人と白人が対等に議論をし、取締役には女性もいるなど有能な人材が活躍できる環境が整っていた。それでも人種差別や暴動、作家の離脱など多くの困難に見舞われたが、人種や性別に分け隔てのない社風同様、モータウンの音楽には分断した社会をひとつにする力があった。

やがて反戦などの社会的メッセージを含んだ革新的な楽曲も登場。黒人市民権運動のシンボルだったキング牧師とも親交を深めたレーベルには、後にアパルトヘイト撤廃を実現したネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領やオバマ元米大統領も敬意を表すことになる。

『メイキング・オブ・モータウン』は、映画ビジネスに参入すべくロサンゼルスに本社を移すまでの歴史や名曲誕生秘話を、創設者のゴーディが親友にして戦友のスモーキー・ロビンソンと旧交を温めながら説き明かしていくドキュメンタリーだ。

関係者や著名人の回想や証言も交えた貴重なエピソードの数々。これは引退を表明したゴーディが初めて語る創業一代記であり、20世紀に最も影響力を持った独立レーベルの「正史」である。

監督のベンジャミン・ターナー、ゲイブ・ターナー兄弟は「彼らが学んだ教えとは、キャリアを構築し、彼ら自身が起業家になること。自前のレーベルを立ち上げ、彼ら自身のベンチャー事業を始めること。黒人と白人の人種間の緊張が高まっている現代に、この物語を送り出すことに心が奮い立つ思いだ」とコメントしている。

語り尽くされているモータウンに「新たな価値」を

ゴーディは「自分には作家やパフォーマーやミュージシャンのような才能があったわけではない。でも、自分に与えられた才能にとても満足している」話す。それは、ほかの人々から最高のものを引き出す才能であり、いかなる時代においても最も重要な才能なのだ。

モータウンのビジネスモデルは、まだ磨かれていない「原石」を掘り出し、彼らを一人前のスターに育て上げること。今では当たり前だが、当時は前例のない新しい試みだった。

「伝説のレーベル」だけにモータウンについての書籍や記事は多い。ポッドキャストもある。監督のターナー兄弟は「この映画は、どんな新しい価値をもたらすことができるのか?」と自問したという。

兄弟が注目したのはモータウンの設立に参加し、長く同社の副社長を務めたブラックミュージック界の大御所でもあるスモーキー・ロビンソンとの関係だった。 この旧友二人の関係を物語の中心とすることで、本作はこれまでにない新たなモータウンの物語となっている。

今、米国は警察による黒人に対する不当な暴力に抗議する「ブラック・ライヴズ・マター(Black Lives Matter)」運動と、それに反目する白人至上主義者との対立と分断に揺れている。欧州に目を転じれば、アフリカや中東からの難民・移民と国民との摩擦が日に日に深刻になっていく。

モータウンの音楽はアフリカ系アメリカ人アーティストたちによって創作され、人種、階級、国境の垣根を飛び越え、全世界を魅了した。モータウンが象徴する希望のメッセージが、分断する社会に再び共感と融和をもたらすことを祈りたい。

映画の終わりに登場するオバマ元大統領は「われわれを結び付けるものは、われわれを分かつものよりももっと強い」と語る。状況がどれほど希望のないものであろうと、かつてモータウンが実現した平等や統合は達成できるのだということを、この映画は伝えている。

文:M&A Online編集部

『メイキング・オブ・モータウン』

監督:ベンジャミン・ターナー ゲイブ・ターナー
出演:ベリー・ゴーディ スモーキー・ロビンソン
2019年/カラー/5.1ch/アメリカ、イギリス/ビスタ/112分
原題: Hitsville: The Making of Motown
字幕翻訳:石田泰子
監修:林剛
配給:ショウゲート
© 2019 Motown Film Limited. All Rights Reserved. 
公式HP  makingofmotown.com
2020年9月18日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開