また不正会計か。独決済サービス大手・ワイヤーカードのマークス・ブラウン前CEOが不正会計と市場操作の疑いで2020年6月23日に逮捕され、2日後に同社は経営破綻した。同様の事件といえば、2001年に経営破綻したエンロンを思い出す人も多いだろう。
映画『エンロン』は、売上高約13兆円、社員数2万人とアメリカでも有数の規模であった大企業が不正発覚から46日後に経営破綻するまでを描いたドキュメンタリー作品。粉飾決算により虚構を保っていた大企業がどのような手法で企業を維持し、またどのように崩れ去っていったかを関係者の発言を元にまとめており、リアルタイムで事件を知らない人でも前知識なく鑑賞できる。
エンロンは、将来発生する見込みの売上を現時点で計上できる「時価会計制度」を採用し、独自に時価を算出して、株価のつり上げを行っていた。インターネット事業など様々な事業失敗により生じた損失をペーパーカンパニーを利用して隠蔽。一方で米カリフォルニア州の電力送電を意図的に停止させ、電力価格つり上げにより巨額の利益を得るなど倫理的に問題のある事業戦略を展開し、やりたい放題だった。さらに同社の経営陣は巨額の配当を得て私腹を肥やしていた。
ところが2001年にインドでの電力事業が失敗するなど次々と損失が明るみになり、エンロンは業績予測を大幅に修正する。業績好調だったはずのエンロンが赤字に転落していると知った投資家は大騒ぎとなった。そして業績予測修正からわずか46日後にエンロンは倒産。負債総額は連結ベースで約400億ドル(4兆円超)ともいわれ、アメリカ史上最大(当時)の経営破綻となった。
エンロンは巨額のマネーで顧問弁護士・会計事務所・投資銀行らを巻き込み共謀し、証券アナリストたちはエンロンが公表する好業績を支持した。
これらの一連の流れは、当時のアメリカでの粉飾決算による株価操作、そしてそれを止める術がなかった当時のアメリカの問題点を如実に表している。アメリカが抱えていた法の穴は、後にアメリカ最大の倒産劇といわれる2002年のワールドコム破綻、そして世界経済を揺るがす2008年のリーマンショックに繋がっていった。
エンロンは企業スローガンに「Ask Why」(なぜかを考えろ)という言葉を掲げた。各社員に頭を使って利益を上げようと働きかけることを目的としたスローガンだったが、いつしか「(頭を使って)いかに金を儲けるか」にすり替わっていく。
破綻の危機を迎えていることを感じとった経営陣は、株高のうちに保有するエンロン株を売り抜いていた。彼らは背任行為や投資家への詐欺行為で逮捕されるのだが、破綻時には何の損失も被っていなかった。
エンロンの創業者ともいえるケネス・レイは保釈中に別荘で心臓発作のため死亡、破綻直前までCEOを務めていたジェフリー・スキリングは2019年2月に12年の刑期を終えて釈放。CFOのアンドリュー・ファストウも2011年に4年の刑期を終えて釈放されている。
歴史に残る経済犯罪により巨額の富を得た彼ら。突如職や年金を奪われた多くの従業員や、電力を止められ不正な電気代を払わされたカリフォルニアの住人からすれば、量刑からすれば納得がいくものではないだろう。
企業の不正が生じるたびに企業統治(コーポレートガバナンス)の有用性について議論が交わされ、法整備が進められるが、それでも事件は繰り返される。なぜ不正は起きるのか。
興味深い実験がある。作中で紹介された「ミルグラムの実験」とは、「閉鎖的な状況における権威者の指示に従う人間の心理状況を実験したもの*」である。*Wikipediaより引用
獄中で壁の向こうにいる回答者が間違った回答をした場合、被験者の手で徐々に強力な電流を流す罰を与えるという実験を行った。電流を流す行為をためらう者もいたが、実験の結果によると「正当な筋」からの命令なら、50%の被験者が致死水準の電流を流したという。
カリフォルニア州の電力価格を操作するため、エンロンのトレーダーは不正に電力供給を制限させる不法行為を行った。トレーダーたちは自分たちの行動に倫理的な問題があり、カリフォルニア州に大きなダメージを与える事は理解していた。
しかし上層部からの指示と、増え続ける資産の前に冷静な判断力を失い、非人道的な行動を行い、被害者であるカリフォルニアの住人を騙し続けた。
目の前の利益と、自分の行動を肯定してくれる“上”からの指示を受け、いともたやすく罪悪感を失うトレーダーの様子に人間の脆さを感じさせられる。人は非倫理的な行動をとるものだ。見終えた後の無力感がなんとも空しい。
文:M&A Online編集部
<作品データ>
原題:Enron: The Smartest Guys in the Room
邦題:エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか?
2005年・アメリカ(1時間50分)