東京オリンピック・パラリンピックから10年が経過した2030年の日本。AI(人工知能)はスマート家電や自動車とも連動し、電気、ガス、水道に続き、超少子高齢化社会を支える第4のライフラインと呼ばれるまでになった。医療用AIが多くの医療機関に導入され、人々はAI搭載のウェアラブル端末を身につけ健康管理に余念がない。しかし生活が快適になる一方、社会の格差はますます広がっていった…。
映画『22年目の告白―私が殺人犯です―』で知られる入江悠監督が完全オリジナル脚本で挑んだサスペンス映画『AI崩壊』が、1月31日から全国で公開される。
天才科学者の桐生浩介(大沢たかお)が亡き妻・望(松嶋菜々子)の治療のために開発した医療AI<のぞみ>は、医療の枠を越えて、年齢、年収、家族構成、病歴、犯罪歴など全国民の個人情報を管理する役割を果たすまでになった。日本社会に欠かせない存在となった<のぞみ>が、ある日突然、暴走を始めた。
日本中がパニックに陥いるなか、<のぞみ>を暴走させたテロリストと断定されたのは開発者・桐生浩介だった。誰が<のぞみ>を暴走させたのか。日本中に張り巡らされたAI捜査網をかいくぐりながら、真犯人を探す桐生の決死の逃亡劇が始まった。
近未来を舞台にしたオリジナルのサスペンス作品は入江悠監督にとって念願の企画だった。綿密なリサーチを経て徹底的にリアリティを追求することで知られる入江監督は、本作の脚本作りのために人工知能学会に入会し、AIの専門家に1年かけて取材したという。脚本は撮影直前まで細かな修正を重ね、最終的には15稿になった。
そこで描かれる10年後の日本ではAIがさまざまな分野で利用されている。例えば自動車の自動運転がそれである。本作では、誰かが運転席に座る必要はなく、それが不安ならホログラムで運転者を映し出すこともできるといった近未来が描かれる。
監督はAIによる負の側面を描くことも忘れていない。作品内ではAIに仕事を奪われた人たちが<のぞみ>を管理するHOPE社のデータセンターに押し寄せ、デモ隊と化していた。18世紀後半のイギリス産業革命期に「機械に仕事を奪われる」と蜂起したラッダイド運動を想起させるシーンである。作品全体を通してエキストラに老人やホームレスを多く配置するなどして、監督が予感する近未来の姿が示唆される。
リアリティにこだわったのは脚本だけではない。できるだけセットやCGに頼らず、日本各地で大規模な撮影が行われた。全面封鎖した名古屋のささしまライブアンダーパスでは、車両をクレーンで吊るして、暴走した車が下を走る道路に落下する場面を撮影した。桐生が逃げ込む巨大な地下道は実際に大阪に存在する。そのほかにも都内で巨大な貨物船を貸し切り、岡山の公道で壮絶なカーチェイスを繰り広げ、真冬の南房総で深夜に海上の撮影を敢行した。
監督のこだわりに主演の大沢たかおが応えた。街中の監視カメラがトラッキングする中、息を切らせて逃げまどう桐生。追われる者の動揺と切迫感がスクリーンからひしひしと伝わってくる。しかし、AIを熟知する科学者らしく、警察がなぜ桐生の所在地を把握できるのかに気づくと、その裏をかく方法で身を隠す。AIと生身の人間が繰り広げる攻防戦はサスペンスフルな展開を見せ、観客を惹きつける。
さらに三浦友和が演じる所轄のベテラン刑事がいい。桐生を追いながら真相に近づいていくのだが、長年培った刑事の勘でAIと競い合っているともいえるだろう。
本作では記者が桐生に対して「AIは人間を幸せにするのか」と問う場面が2回ある。
最初の問いで観客は、AI社会が進んだ未来について考えるきっかけを与えられる。そして桐生の逃亡劇を通じて、AIの功罪を具体的に知る。2回目の問いで、桐生を通じて入江監督は自らの考えを提示した。正解のない問いだが、人間がこの問いを考えることを忘れなければ間違った方向に進むことは避けられるのではないか。エンタテインメント性に富む本作にはこんな深遠なテーマが秘められている。
文:堀木 三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)
<作品データ>
『AI崩壊』
出演:大沢たかお 賀来賢人 岩田剛典 広瀬アリス 髙嶋政宏 芦名星 玉城ティナ 余 貴美子 松嶋菜々子 三浦友和
監督・脚本:入江悠(『22年目の告白-私が殺人犯です-』)
企画・プロデューサー:北島直明
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2019映画「AI崩壊」製作委員会
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/ai-houkai/
2020年1月31日(金)全国ロードショー