「9人の翻訳家 囚われたベストセラー」-翻訳を巡るミステリー

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© (2019) TRÉSOR FILMS – FRANCE 2 CINÉMA - MARS FILMS- WILD BUNCH – LES PRODUCTIONS DU TRÉSOR - ARTÉMIS PRODUCTIONS

フランスの著名な映画批評家、アンドレ・バザンは言っています。「映画の美学は現実を明らかにするリアリズムであるべきだ」と。映画とは、各時代を映し出す、鏡の一つと言えるかもしれません。そしてその鏡は、私たちが生きる現代を俯かんして見るための手助けともなるのではないでしょうか。

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ベストセラーが「人質」に!「9人の翻訳家 囚われたベストセラー」

映画「ダ・ヴィンチ・コード」は、トム・ハンクスの主演作として記憶に残る人も多いだろう。映画と共に世界中で爆発的大ヒットとなったダン・ブラウンの同名小説シリーズ4作目「インフェルノ」の出版時、情報漏洩を防ぐために、各国の翻訳者たちが地下室に完全隔離され、秘密裏に翻訳作業が進められたことをご存知だろうか。

その衝撃のエピソードにインスピレーションを受けたレジス・ロワンヤル監督が描く本作は、105分間騙され続ける圧倒的ミステリー映画だ。

映画のあらすじ

フランスの豪邸の地下に隠された密室に、9人の翻訳者たちが集められた。大ベストセラー「デダリュス」三部作の完結編「死にたくなかった男」の出版権を手にした出版社社長のアングストローム(ランベール・ウィルソン)が全世界で小説を一斉販売すべく進める一大プロジェクトに参加するためだ。

携帯電話もパソコンも外界との通信手段は全て没収された9人は、屈強な警備員に監視された部屋で、毎日20ページだけ渡される原稿を翻訳し、仕上げと推敲に1か月ずつかけるというスケジュールを言い渡される。

一癖も二癖もある翻訳者たち…メンバーの中でも最年少で英語版を任されたアレックス(アレックス・ロウザー)は豪快に居眠りをし、ロシア語版のカテリーナ(オルガ・キュリレンコ)は小説に心酔するあまり「デダリュス」のヒロイン、レベッカのコスプレ姿でないと翻訳できない。

金のためと開き直る者もいれば、本名も素性も非公開の作者との接触で名声の恩恵にあやかりたいと画策する者もいる。週1回の休暇も隔離された空間で過ごす9人は、共にクリスマスパーティーを楽しむほど打ち解けていく。

そんな頃、アングストロームの携帯電話に一通の脅迫メールが届く。内容は小説の冒頭10ページを流出したこと、500万ユーロを24時間以内に支払わないとさらにネットで公開するというものだ。翻訳者たちを疑い、対策を打つアングストロームをあざ笑うかのように、犯人から新たなメッセージが届く。

「次の100ページが世界中にさらされた」― 一体どうやって? 犯人の目的や犯行の理由は何なのか。真実は「デュタリス」の中にある…?

映画の見どころ

ミステリー作品を前に、あなたはどんな風にそれを味わうだろう。私の場合、空中に浮かぶ目だけの存在になって、傍観して見るクセがある。本作もフライヤーや公式サイト等で見かけた“何度も騙される”、“あなたは一つでも真実を暴けるか?” そんなそそる文章に惑わされまい。

当たるかわからない犯人捜しよりも客観的にストーリーを楽しむのだと気楽に見始めたはずなのに気が付けば推理させられてしまって、案の定してやられる羽目になる。ミステリーは推理を楽しむ派のあなたも負け戦はしない派でも、本作を観終えた後に感じる「やられた!」 感はいっそ爽快だ。その理由は魅力的な登場人物と見事なストーリー展開にある。

脚本家チームは、キャラクターの魅力を深めるために5人の翻訳者に取材したという。仕事の仕方やどうやって生活しているのかを尋ねる中で気づいた、多くの翻訳者たちが感じている自分たちの仕事への非正当性や罪悪感は登場人物、ストーリーにも表れる。

例えば、家族を養うために翻訳者になったデンマーク語版のエレーヌ・トゥクセン(シセ・バベット・クヌッセン)は隔離された空間で、長い間殺してきた自分の夢と心の奥底にあったドス黒い闇の部分を気づかされ苦しむ。

翻訳者が主要登場人物だけあり、アングストロームへ異なる言語を駆使して翻訳者たちが応戦する緊迫シーンは手に汗握る。文学を愛する者たちと、富と名声に心を奪われた者との対比は見ものだ。お金に憑りつかれて敬意を払うことを忘れるとろくな目に合わないという教訓じみたものを感じる。

あの時あの人がナイフを手にしたのはなぜ? 事実が判明した次の瞬間に新たな謎が浮かび上がる。全てを見終えた後も、スッキリ疑問解消と思いきや新たな疑問が現れる。なぜ? もしや? そうか! いや待てよ…見終わった直後にも関わらず何度も反芻(はんすう)してしまう。

なんてことだ。もう一度見ないとあの気になる出来事の真相は永遠に確かめられない。一粒で何度でも美味しい仕掛けたっぷりのミステリーの醍醐味がそこにある。監督が観客に届けたいと願った最高の喜びや極上の映画体験を、あなたもきっと味わうだろう。

 「9人の翻訳家 囚われたベストセラー」
原題:Les traducteurs/英題:The Translators
2020年1月24日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイント、新宿ピカデリー他全国順次ロードショー
監督・脚本:レジス・ロワンサル「タイピスト!」
出演:ランベール・ウィルソン、オルガ・キュリレンコ、リッカルド・スカマルチョ、シセ・バベット・クヌッセン、エドゥアルド・ノリエガ、アレックス・ロウザー、アンナ・マリア・シュトルム、フレデリック・チョー、マリア・レイチ、マノリス・マヴロマタキス
公式サイト:https://gaga.ne.jp/9honyakuka/
© (2019) TRÉSOR FILMS – FRANCE 2 CINÉMA - MARS FILMS- WILD BUNCH – LES PRODUCTIONS DU TRÉSOR  - ARTÉMIS PRODUCTIONS

文:宮﨑千尋(映画ライター)