フランスの著名な映画批評家、アンドレ・バザンは言っています。
「映画の美学は現実を明らかにするリアリズムであるべきだ」と。
映画とは、各時代を映し出す、鏡の一つと言えるかもしれません。そしてその鏡は、私たちが生きる現代を俯かんして見るための手助けともなるのではないでしょうか。
“今”を見つめるビジネスマン/ビジネスウーマン必見!オススメの最新映画をご紹介します。
世界からビートルズがいなくなったら?
主人公のジャックを演じるヒメーシュ・パテルは現在30歳。ビートルズ世代ではない彼が奏でる名曲たちを、監督のダニー・ボイルは「ビートルズへの敬意を表しながらも、完全に自分のものにしている」と絶賛する。
新たな息吹をもたらすパテルに対し、製作・脚本のリチャード・カーティスは長年の大ビートルズファンとして知られており、ボイルもビートルズをリスペクトし、彼らの音楽は世界大戦を終えた再生の時代、人々の原動力になったと語る。
新旧多大なビートルズ愛に満ち溢れた本作は、アカデミー賞録音賞を獲得した実績を持つサイモン・ヘイズの職人技の録音技術により、音楽シーンは全てライブレコーディングで行われたというこだわりようだ。世界からビートルズがいなくなったら? その答えの一つを示す、最高峰の音楽映画が誕生した。
イギリスの小さな海辺の町サフォーク。ジャック(ヒメーシュ・パテル)は、スーパーで働くうだつが上がらないシンガーソングライターだ。幼馴染でマネージャーのエリー(リリー・ジェームズ)の励ましも空しく、歌手での成功を諦めると決意した帰り道、交通事故にあう。
同時に世界中で12秒間の大停電が起こったその夜から昏睡状態だったジャックが目覚めると、「ビートルズ」が存在しない世界に変わってしまっていた! はじめは周囲が自分をからかっていると腹を立てるジャックだったが、部屋の戸棚にあった「ビートルズ」のレコードコレクションはごっそりなくなり、ネットで検索しても偉大なバンド「ビートルズ」の存在は全くヒットしない。
慌てて記憶だけを頼りに彼らの楽曲の再現を試みる。人前でも演奏するようになると、ジャックの音楽はさらに話題を呼び、大物ミュージシャンのライブで前座を任されるほどになる。諦めていた音楽での成功、という夢を叶えつつあるように見えたが・・・?
ビートルズファンはもちろん、ビートルズをよく知らない人でも楽しめる要素が満載。彼らの楽曲と共に、人生になくてはならない夢、信念、友情、愛情・・・全てがつまっている。
歌手を諦めたはずのジャックがギターを片手に出かけようとするのを見て、両親は渋い顔をする。新曲をきかせてみろという二人に、ジャックには確信があった。これは後々、あの名曲「レット・イット・ビー」を自分たちは史上初めてきいたんだ! と両親が胸をはる瞬間になると。
だが、ピアノに座り一小節奏でたところで「ところで・・・」と話しかけてくる父親、再び弾き出すと電話のベルが鳴り中断、肩を落としながらもう一度仕切り直そうとすると「始めはもういい」と中断したところから演奏を始めるように言われ、ジャックは憤慨する。
「偉大な名曲誕生の瞬間だぞ!」ジャックの叫びは我々観客とジャックにしかわかりえないもので、苦笑し肩をすくめる両親たちとのギャップが可笑しい。随所にユーモアが散りばめられている。劇場で所々こぼれる笑い声に、気が付けばあなたも声を上げて笑っていることだろう。
「やぁ、僕だよ!エド・シーランだ」そう歌手のエド・シーランから電話がかかってくるなんて、信じられるだろうか。ジャックが取り合わなかったのも無理はない。家にやってきたエドに「君、エド・シーランに似てるね」なんて父親が言ってしまうほど、普通ならありえないことなのだから。
そんな大スターがジャックの才能を見初めてライブの前座に招こうという。ジャックと同じくサフォーク出身で、音楽の才能に突出し、一躍世界のスターとなったエドの存在は、物語にリアリティを与えている。
エドとの即興の曲作り対決で、即興で作れるなんてありえないレベル(ジャックにはビートルズの名曲が蓄積データとして備わっているので無敵だ)の曲を作って見せるジャック。しかし、エドに曲の制作裏話を尋ねられても何も答えられない自分に気が付く。
息詰まったジャックは、ビートルズの故郷であるリバプールを訪れる。ジャックがリバプールを巡りながら感じる、ビートルズにも起こったであろうドラマと映画のストーリーとのリンクは胸に迫るものがある。
ジャックに会いにきたエリーと町をめぐる様子もロマンチックだ。長年親友だったエリーとジャックが、お互いに対して設けていた“枠”の違いと、変化していく二人の関係も本作の見どころの一つだろう。
イギリスの田舎町で、4人の若者が出会ったことで生まれた世界一有名なバンド「ビートルズ」。それはとても特別で価値のあることだが、ビートルズだけに起こるとは限らない。人生に訪れたチャンスをジャックがどうするか、その答えから感じる。
本作は、人と人との出会いが持つ可能性、人間一人ひとり・・・つまりは、あなたがいるから生まれたものがきっとあるはずだと私達の人生を勇気づけてくれるようだ。ビートルズの超ファンからしたら、一般人と並べて語るなんておこがましいと怒られてしまうかもしれないが・・・本作は、ビートルズへのラブレターであると同時に、人間一人ひとりへの深い愛情に満ちた人間賛歌劇だ。
原題:YESTERDAY
公開時期:2019年10月11日(金)
監督:ダニー・ボイル
脚本:リチャード・カーティス
製作:ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー、マット・ウィルキンソン、バーニー・ベルロー、リチャード・カーティス、ダニー・ボイル
製作総指揮:ニック・エンジェル、リー・ブレイザー
出演:ヒメーシュ・パテル、リリー・ジェームズ、ケイト・マッキノン、エド・シーラン
文:宮﨑千尋(映画ライター)