「ロケットマン」|ミュージカル・ファンタジーとして描いた​エルトン・ジョンの半生

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(C)2018 Paramount Pictures. All rights reserved.

フランスの著名な映画批評家、アンドレ・バザンは言っています。
「映画の美学は現実を明らかにするリアリズムであるべきだ」と。

映画とは、各時代を映し出す、鏡の一つと言えるかもしれません。そしてその鏡は、私たちが生きる現代を俯かんして見るための手助けともなるのではないでしょうか。

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ロケットマン公式サイト
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エルトン・ジョンの半生を自伝ではなくミュージカル・ファンタジーとして描く

歴代最も売れたソロ・アーティストでありグラミー賞を5度受賞、数多くの名曲と功績を生み出し続けてきた生ける伝説エルトン・ジョン。『ロケットマン』はその半生をバイオピック(自伝映画)ではなくミュージカル・ファンタジーとして描く。

本作は、絶頂期はもちろん絶望期をも決して美化することなく、ありのままの“エルトン・ジョン”の姿をスクリーンに浮かび上がらせる。神童と呼ばれた子供期(1950年代)から作詞家バーニー・トーピンとの運命的な出会い、黄金期を経てアルコール、過食、セックス、ドラッグ、買い物等の依存に苦しみリハビリ施設に入所する時期(1989年頃)までに焦点を絞り語られる。

監督は2018年に爆発的ヒットを飛ばした『ボヘミアン・ラプソディ』で最終監督をつとめたデクスター・フレッチャー。『キングスマン』シリーズをきっかけに日本でも注目が高まるタロン・エガートンが、まるでエルトン本人と見間違うかのような熱演で観客を極上の音楽体験へと誘う。タロンが5ヶ月間、ピアノと歌のレッスンに明け暮れた成果をもとに、全編自らの声で歌った劇中の楽曲とパフォーマンスは、エルトン本人も絶賛した腕前であり必聴だ。

【映画『ロケットマン』のあらすじ】

往年の名曲に乗せ語られるエルトンの苦しみ

全身オレンジ色、キラキラとスパンコールに輝き、角のついた悪魔のようなド派手な衣装を着た男が一人、扉を開け放してやってくる。彼は世界的大スター、エルトン・ジョン(タロン・エガートン)。数々の依存症に苦しむエルトンは「身体を直したい。」とリハビリ施設にやってきた。円になって座り、耳を傾ける人々の前で自分自身について語りだす。

冷えきった関係の両親から愛情を十分に得られなかったこと、音楽の才能に突出し王立音楽院に入学するもロックに目覚め自分で曲を作るようになったこと、エルトンの唯一無二の親友であるバーニー・トーピン(ジェイミー・ベル)との友情、輝かしい成功、恋人との蜜月と絶望、相手を傷つけ終わってしまった結婚生活・・・。まるで冒険ファンタジーのように輝かしく、悲劇小説のように苦しいその人生が、往年の名曲に乗せ語られる。本当の自分から目をそむけることなく生きることの尊さを教えてくれる。

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次のページ【映画『ロケットマン』のみどころ】

『ユア・ソング(僕の歌は君の歌)』制作時のエピソードは必見!

ここまで赤裸々な半自伝映画が作れるものだろうか。それはおそらく、本作の製作総指揮をつとめ物語の主人公でもあるエルトン・ジョンが、抱えていた多くの問題をすでに克服しているからに違いない。

20代にして億万長者となった大成功者のエンタメあふれる物語だが、それ以上に、満足な愛を得ることなく苦しみ続けてきた一人の人間の姿が、私たちの心をわしづかみにする。

本作は、かなりの自由度をもって作ることが許されたという。エルトンと、長らく恋人でもあったマネージャーのジョン・リード(リチャード・マッテン)による『ホンキー・キャット』のデュエットをはじめ、多くの曲がエルトンのオリジナルとは異なる大胆なアレンジがされている。

一方で「まさしくこんな感じだった!」とエルトン本人も語っている『ユア・ソング(僕の歌は君の歌)』の制作時のエピソードをはじめ、アメリカ初公演のライブシーンでのまさしく“地に足がつかない”ほどの興奮にざわめく様子などはリアリティにあふれ、さもその歴史的瞬間に立ち会ったかのような感覚を味わえる。

大ヒット曲のひとつである『ユア・ソング(僕の歌は君の歌)』の誕生再現はあまりに美しい。

朝の何気ない風景の中、バーニーから手渡された詩を譜面台に置き、エルトンがおもむろにピアノの前に座る。ポロン、ポロンと指先から奏でられる一音一音がやがて、あの名曲の美しいメロディーになっていく。さっきまで小言を言っていた母も、黙って眺めていた祖母も思わず動きを止め聞き入る。エルトンとバーニー、ゴールデンコンビの才能の融合の瞬間だ。そっと曲を紡いでいくエルトンを見守るバーニーの瞳には、心からの愛情が満ちていて、二人の友情を思い胸が温かくなる。

同性愛者として苦しんだ母との確執

エルトンのパーソナリティーの一つ、同性愛者として苦しんできた部分も丁寧に描かれる。母への電話で、どもり声を震わせ、自分は同性愛者であると伝えるエルトン。母は「わかっていた。」と告げる。安堵から一転、次に発せられる呪いのような母の言葉に頭がくらりとする。希望から絶望、感情のジェットコースターを観客はエルトンと共に味わうことだろう。

二人の確執は埋まることなく、終盤近くのレストランでディナーをとりながら交わされる会話で再度噴出する。「お前はラッキーだった。」癇癪気味に話す母を「心がない。」と吐き捨てるエルトン。そこで歌われる『悲しみのバラード』はひどく切ない。迷いも葛藤も十分すぎるほど経験してきた、エルトンの人生を象徴するかのように。

物語は過去から現在へ、リハビリ施設のエルトンの元に戻っていく。母、父、祖母、長らく恋人だったリード、親友のバーニー、そして、エルトン自身。自分を形作ってきたもの達と一つ一つ向き合うエルトンの姿に、冒頭でレジナルド・ドワイト(エルトンの本名)がつぶやいていた言葉ー「ハグして!」ーを思い浮かべる。

エルトンとタロンが共に歌う『(アイム・ゴナ)ラヴ・ミー・アゲイン』をエンドロールに映画は幕を閉じる。リアルとファンタジーが交錯するハートフルなメッセージに、心が幸福感で満たされる。映画が終わってからもしばらく、音楽が鳴り続け頭から離れない。

最高だ! あと2回は劇場で観たい!! そう思わずにはいられなかった。

《作品データ》

映画『ロケットマン』
原題:ROCKETMAN
8月23日(金)全国ロードショー
監督:デクスター・フレッチャー『ボヘミアン・ラプソディ』
製作総指揮、監督(ノン・クレジット)
脚本:リー・ホール『リトル・ダンサー』
製作:マシュー・ヴォーン『キングスマン』シリーズ、エルトン・ジョン
キャスト:タロン・エガ-トン『キングスマン』シリーズ、ジェイミー・ベル『リトル・ダンサー』、ブライス・ダラス・ハワード『ジュラシック・ワールド』、リチャード・マッデン『シンデレラ』「ゲーム・オブ・スローンズ」

文:宮﨑千尋(映画ライター)