世界各国の映画賞を席巻 少年の葛藤と苦悩を描いた『CLOSE/クロース』

alt
© Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022

思春期の少年の葛藤と苦悩を描き各国の映画賞で激賞された感動作『CLOSE/クロース』

幼馴染みで兄弟のように仲がいい2人の少年の関係が、クラスメイトに揶揄されたことをきっかけに崩れていく。ルーカス・ドン監督の最新作『CLOSE/クロース』は、監督自身の経験を基に脚本を練り上げ、明暗のコントラストが際立つ映像表現で、不確かで危うい思春期の少年の心の移ろいを丹念に描いた。

ルーカス・ドン監督は長編映画デビュー作『GIRL/ガール』(2018)で第71回 カンヌ国際映画祭(2018)でカメラドールとLGBTをテーマにした作品に贈られるクィア・パルムを受賞。本作も第75回カンヌ国際映画祭(2022)コンペティション部門グランプリ受賞をはじめ、第80回ゴールデングローブ賞(2023)で外国語映画賞、第95回アカデミー賞(2023)国際長編映画賞ベルギー代表としてノミネートされるなど、世界各国の映画賞を席巻した。米インディーズ系映画スタジオのA24(エー・トゥエンティーフォー)が本作の北米配給権を獲得したことでも話題になっている。

<あらすじ>

幼いころから家族ぐるみで付き合ってきたレオとレミは13歳になり、同じ中学校に入学する。レミとの親密すぎる振る舞いをクラスメイトにからかわれたレオは、レミへの接し方に戸惑い、次第にそっけない態度を取るようになっていく。気まずい雰囲気のなか、二人は些細なことで大喧嘩をしてしまう。レミと仲直りができないままでいたレオに、思いも寄らない事態が降りかかる。移ろいゆく季節のなか、自責の念にかられるレオは、誰にも打ち明けられない苦しい想いを抱えていた。

喪失感を抱え、罪の意識に苛まれるレオ

冒頭から、楽しい時間を満喫する2人が色鮮やかに映し出される。活発なレオは花卉農家の両親が世話をする花畑や近所の田園をレミと走り回る。夜になるとレミの家で夕食を食べ、そのまま泊まって一緒のベッドで眠る。自宅前の草原で横たわるレミの体にレオとレミの母親が頭を載せて、3人で談笑しながら寝転がっているシーンは、その象徴ともいえるだろう。

秋になると、2人は同じ中学に入学する。幸運にも同じクラスになり、緊張している2人は隣同士に座って自然と体を寄せ合う。それを見たクラスメイトから「付き合っているの?」と尋ねられた。レオは「僕らはカップルではない。並んで座るときにぴったりくっついているのは親友だから当然」と反論するが、意味ありげな笑いを返される。

この出来事をきっかけに、レオはレミに対し距離を置くようになっていく。休み時間に校庭で寝そべるレオにレミが頭を乗せてくると、さりげなく体を転がして離れようとする。楽しい時間の象徴とは対照的なシーンだ。

やがてレオはクラスメイトの影響でアイスホッケーを始めた。氷上で激しくぶつかり合う姿からは荒々しさが伝わってくる。公開を記念して来日したルーカス・ドン監督はトークイベントで、「アイスホッケーの防具は甲冑として自分を守ると同時に、他の人に触れることを許さないものでもある」と語っていた。レオの心情そのものと言える。

一方、音楽の才に恵まれたレミはオーボエ奏者になる夢を持っていた。クラスメイトの揶揄がなくても、遅かれ早かれ2人は自分の世界を見つけて、自立していったに違いない。しかし、レオが性急に離れていったことで2人の関係に亀裂が走り、思いもよらない事態を迎えてしまう。

映画の後半は喪失感を抱え、罪の意識に苛まれるレオの葛藤が描かれる。誰にも相談できずに苦しむレオの心情が、色味の乏しい冬の景色と相まって伝わってくる。

役割やルール、振舞いなどに紐づけられがちなジェンダーやセクシャリティー

ルーカス・ドン監督は前述のトークイベントで「この作品はレオとレミのミクロのアイデンティティがどんなものかについての映画ではない。社会が彼らの関係を勝手に理解してラベルを貼ってしまうことで、2人の関係がおかしくなっていくことを描きたかった」、「役割やルール、そして振舞いなどに対して、ジェンダー、セクシャリティーを勝手に紐づけてしまう映画は、全てクィア映画だと思っている」などと語っている。

レオのクラスでホームルームが開かれ、レミについて思いを吐露するシーンが出てくる。みなレミを肯定的に語り、存在の欠如を悲しむが、あくまでも他人事だ。自分たちの勝手な紐づけが発端だったと受け止める者はいない。

是枝裕和監督も『怪物』で世間の期待に適合できない2人の少年を描く

本作以外にも生きにくさを感じている少年たちの姿を描き、最近話題になっている作品がある。是枝裕和監督と脚本家・坂元裕二によるオリジナル作『怪物』(2023)だ。この作品は世間の期待に適合できない2人の少年を親、教師、本人の3つの視点から描き、第76回カンヌ国際映画祭(2023)でクィア・パルム賞を受賞した。

是枝監督は『怪物』について「LGBTQに特化した作品ではなく、少年の内的葛藤の話と捉えた。誰の心の中にでも芽生えるのではないか」と語っている。『怪物』では共鳴することで少年2人が強固に結びついていく。少年たちに距離感が生じる本作とは違いがあるものの、通底するテーマには共通するものがあるだろう。

米フロリダ州では教育でのLGBT規制が強まっており、同性愛者の少年が登場するウォルト・ディズニーの映画『ストレンジ・ワールド』を小学5年生の生徒に見せた教師が教育委員会の調査を受けている。このような動きは、本作や『怪物』は不適切な作品の扱いになるかもしれない。

しかし、映画から学べることは多いはず。本作を観る者は、自身の経験を重ねてこう思わずにはいられない。「あれは私だった」「あれは私かもしれない」と。そしてそれは、大人にとっても子どもにとっても、現在を生きる智恵になりうるものだろう。

文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

<作品データ>
『CLOSE/クロース』
監督:ルーカス・ドン(『Girl/ガール』)
脚本:ルーカス・ドン、アンジェロ・タイセンス
出演:エデン・ダンブリン、グスタフ・ドゥ・ワエル、エミリー・ドゥケンヌ
2022年/ベルギー・オランダ・フランス/104分/ヨーロピアンビスタ/5.1ch/原題:Close/字幕翻訳:横井和子/G
配給:クロックワークス/STAR CHANNEL MOVIES
© Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022
公式サイト:https://closemovie.jp/
7月14日(金)より全国公開

『CLOSE/クロース』ポスタービジュアル