世界39言語に翻訳されたベストセラー小説『帰れない山』が映画化

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山がすべてを教えてくれた 北イタリア、モンテ・ローザ山麓を舞台に描く友情と人生の物語

都会育ちの繊細なピエトロと、山麓の村で育った、野性味あふれるブルーノ。対照的な2人の青年が、北イタリアの雄大なモンテ・ローザ山麓を舞台に、友情を育み、人生と真摯に向き合っていく話題作『帰れない山』が映画化された。

原作は世界39言語に翻訳され、イタリア文学の最高峰・ストレーガ賞に輝いたパオロ・コニェッティ著の同名のベストセラー小説(日本では新潮クレスト・ブックスより書籍化)。

本作は第75回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞。イタリア映画界が誇る実力派イケメン俳優、ルカ・マリネッリとアレッサンドロ・ボルギが競演。『ビューティフル・ボーイ』のフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン監督がメガホンをとり、純粋で壮大なストーリーを紡ぎ出した。

人には、ときに立ち止まり、来し方行く末に思いを巡らせる時間が必要だ。「あのときはよかった」「あの時代に戻りたい」が口ぐせのあなたに、ぜひ鑑賞してほしい。

<あらすじ>

主人公は、北イタリアの都市・トリノで生まれ育った、ナイーブな少年ピエトロ。山を愛する両親とともに、夏の休暇をモンテ・ローザ山麓のグラーノ村で過ごすことになった。昔は183人の村人が住んでいたが、今ではたった14人しか住んでいない、寂びれた村だ。

この小さな村でピエトロは学校に通わず、牛飼いの仕事を手伝っている同い年のブルーノと出会う。対照的な二人だったが、一緒に草原を駆け回ったり、川で遊んだりするうちに、たちまち親交を深めてゆく。

ピエトロの父、ジョバンニにとっても、山は自分の人生を超えた大きな存在だった。父やブルーノとともに山を登ったピエトロは、その雄大な姿に魅了され、夏をこの村で過ごすことが毎年の楽しみになっていた。

やがて思春期を迎えたピエトロは父親に反抗するようになり、家族や山とも距離を置いてしまう。大人になっても定職につかず、根無し草のように、人生の目的を見いだせないピエトロ。時は流れ、父の悲報を受け、村に戻ったピエトロは、15年ぶりにブルーノと再会して……。

ネガティブな過去とどう向き合い、意味づけをするか

本作におけるメインテーマは、「過去との向き合い方」である。

家族と疎遠になって以来、ピエトロは10年もの間、父と話をしていなかった。しかしブルーノとの再会によって、知らなかった父のさまざまな姿が浮かび上がっていく。

仕事に追われる都会生活より、グラーノ村での暮らしを理想とし、山小屋を建てたいと望んでいた父。ブルーノをもう一人の息子のようにかわいがっていた父。実家に近寄ろうとしないピエトロをいつも心配し、見守ってくれた父……。

ピエトロは、父との失われた時間を取り戻そうと、遺志を継いでブルーノとともに山小屋の建設に明け暮れる。作業をしながら、父の残したことばや思いと対話をくり返し、真剣に過去と向き合っていく。やがて、これからの人生や生きる意味についても考え始め、青白く無表情だったピエトロの印象は、明るく晴れやかで、精悍な顔つきへと変わっていく。

現実世界は、シビアでストレスフルなできごとの連続だ。私たちは、ともすればネガティブな経験に支配され、うまくいかないことの言い訳を過去のせいにしてしまう。しかし、過去をしっかり受け止め、自分なりに納得のいく意味づけをすることで、これからの人生はいかようにも変えることができるのだ。

ともに語り、笑い合う。わかりあえる相手がいるという幸せ

本作では、7か月間にわたってイタリアやヒマラヤ山脈に赴き、じっくりと撮影が行われた。映像のこだわりについて、ヒュルーニンゲン監督はこう語っている。

「映画の制作中、ロマンスやメランコリー、そして冷酷で危険なこともある、自然の現実を探求することは、とても美しいことでした」

監督の言葉が示すように、生命力あふれる山々の存在感、ハッとするほど険しい稜線、荒々しく神秘的な氷河、季節ごとに表情を変える自然風景など、めくるめく映像美に、鑑賞中だけでなく鑑賞後も、ずっと心を奪われている。

しかしながら、筆者がいちばん好きなシーンを選ぶなら、ピエトロとブルーノが何気ない会話をしながら、笑い合う場面を推したい。

さまざまな世界を彷徨い、進むべき道が定まらないピエトロと、自分の信じた道をとことん邁進するブルーノ。個性の異なる二人が、夜の山小屋で、明かりを灯したテーブルにすわり、グラッパ(イタリア特産の蒸留酒)を酌み交わす。

「ねえ、おもしろい話があるんだよ、」「ほお? ふふふ」「なあ、ちゃんと聞いてるか?」「ふふ、あぁ、なんだって?」とか言いながら、互いの顔を見つめ、肩をたたき合い、思わず笑みがこぼれる。

二人にとっては、会話の内容よりも、この時間を共有できることが嬉しくてたまらない。言葉を交わさずともわかりあえる相手がいることが、世界のどんな宝物よりも貴重で、誇らしい。

切ないほど純粋な心の交流が伝わってくる、このシーンを思い返すたび、諸事情で会うことができなかった大切な人たちと現実の世界で再会し、グラッパを酌み交わしたくなるのだ。

文:小川こころ(文筆家/文章スタジオ東京青猫ワークス代表)

『帰れない山』第75回 カンヌ国際映画祭 審査員賞受賞
監督・脚本:フェリックス・ヴァン・フルーニンゲン&シャルロッテ・ファンデルメールシュ
撮影:ルーベン・インペンス
原作:「帰れない山」(著:パオロ・コニェッティ 訳:関口英子 新潮クレスト・ブックス)
出演:ルカ・マリネッリ、アレッサンドロ・ボルギ、フィリッポ・ティーミ、エレナ・リエッティほか
2022年/イタリア・ベルギー・フランス/イタリア語/1.33:1/5.1ch/147分/原題:Le Otto Montagne/日本語字幕:関口英子/配給・宣伝:セテラ・インターナショナル/宣伝協力:ポイント・セット
5/5(金)より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋ほか全国で公開中