ジャン=ジャック・アノー監督が語る『ノートルダム 炎の大聖堂』の制作秘話

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Photo credit:Mickael Lefevre

ジャン=ジャック・アノー監督が「ノートルダム大聖堂」で起きた火災の消火活動を再現 知られざる秘密も…

2019年4月15日午後7時少し前、ノートルダム大聖堂で火災が発生した。懸命な消火活動にも関わらず、大聖堂内の狭く複雑な通路が消火活動の行く手を阻む。しかも、キリストの聖遺物の救出は厳重な管理があだとなり、困難を極めた。

映画『ノートルダム 炎の大聖堂』は「ノートル(我々の)・ダム(聖母)」という名が示す通り、その存在は宗教や国境さえ超え、人々に愛され、人々を見守ってきたノートルダム大聖堂で起きた火災の消火活動に携わった消防士たちの奮闘を描く。

メガホンを取ったジャン=ジャック・アノー監督は極力CGを使わず、大規模なセットを本当に燃やして、あの日の大聖堂の光景を完璧に再現。驚愕の迫真性と映像美で魅せる。さらに、Dolby Atmos(ドルビーアトモス)の技術を用い、弾ける火、流れる水、そして消防士の息遣いまでを精緻にとらえ、まるで自分も消防隊の一員になったかのような没入感で観る者を包み込み、本作を単なるドキュメンタリーではなく白熱のエンターテイメントに昇華させた。

公開を前に、ジャン=ジャック・アノー監督にインタビューを敢行。作品に対する思いを聞いた。

消火活動を再現しようと思ったきっかけ

──本作は決死の突入を試みた勇敢な消防士たちのバックグラウンドについては一切触れず、消火活動に焦点をあてています。この構想はすぐに思いつかれたのでしょうか。

火災が起きたとき、フランス西部のヴァンデに滞在中で、テレビが故障していた家に泊まっていました。マクロン大統領の演説を聞こうと思ってラジオをつけて初めて、ノートルダム大聖堂が大変なことになっていることを知ったのです。

世界で一番訪問者が多いと言われている聖なる場所が崩落してしまうかもしれない。それはフランスで一番有名なスターが死ぬかもしれないというのと同じくらいすごい緊張感がありました。

そのせいでしょうか、火災の原因には意識が向かず、ノートルダム大聖堂の中は今、どんな状態なのか、消火活動はどのように行われていたのかといったことが気になり、それをみんなと共有したいと思ったのです。

──消防士の方から話を聞いて、いかがでしたか

ある消防士が「塔の中に入って消火活動をすればいいとわかっていた」と言っていましたが、それはとても危険なこと。「君たちにとって自分の命を危険に晒しても救助を求めている人を救うのが使命。しかし大聖堂という石の命を救うためにも自分の命を差し出すのですか」と聞いたところ、「ノートルダム大聖堂のことを考えたら、私の命なんて何でもありません」とさらりと言ったのです。それを聞いて本当に驚き、「ヒーローのようですね」と伝えたら、「僕はヒーローなんかではなく、ただの消防士です。自分の仕事を全うしただけです」と答えたのです。

しかし、彼が特別というわけではありません。私は消火活動に関わった100人くらいの消防士にインタビューしましたが、みなさんとても控えめで謙虚でした。「他の命を救うために自らの命を危険に晒す」というパリ消防旅団の教義を教えてくれた人もいました。彼らの話を聞いて、その心の広さに非常に感動したと同時にとても驚きました。

──ノートルダム大聖堂は特別な場所なのですね。

ノートルダム大聖堂はカトリック信者だけでなく、プロテスタントの人やイスラム教徒、アジアやアフリカなど様々な国の人が訪れ、パリの観光地としてすごく有名で世界中の人が知っています。ヨーロッパのシンボルであると同時に西洋文明のシンボルであるといえるでしょう。

私の友人にはユダヤ系の人が多いのですが、火災のことを聞いてロサンジェルスのユダヤ系の人が自分たちの宗教とは違うのに泣いていたと聞きました。そこが大きなスーパーマーケットが火事になったのと違うところ。神聖なところが燃えたので、消防士だけでなく、世界中の人の心を動かしたのだと思います。

──ノートルダム大聖堂のことを心配して集まってきた人たちが聖母マリアを讃える聖歌やアメイジンググレイスを歌っていました。多くの人が心配しているのが伝わってきます。

パリのいろいろな地域の人が自然発生的に集まってきて、クワイアの聖歌を歌っているところがあれば、アメイジンググレイスを歌っているところもありました。場所によって歌われた歌は違います。

多くの人はカトリック信者ではなく、歌の意味や言葉自体を知らない人もいたのではないかと思いますが、パリじゅうの教会が鐘を鳴らし、ノートルダム大聖堂の近くに行けない人はテレビの前で歌っていたと聞いています。まるでパリ市全体がハミングをしていたかのようでした。歌うことが祈りであり、心からの歌だったと思います。

──ノートルダム大聖堂の屋根や尖塔を覆っていた鉛が溶けて溶岩のように流れるシーンや雹のように飛び散っているシーンにも驚きました。鉛の被害が甚大だったようですね。

火事の後、私の家のバルコニーに埃みたいなものが付着していました。初めはそれが何なのか、わからなかったのですが、粒子になった鉛が煙としてエッフェル塔の方に飛んで行ったものだったのです。

パリ市民でも理解していない人が多いと思いますが、ノートルダム大聖堂には500トンもの鉛が使われていて、それが溶け出したのです。消防士の話では、鉛には硫黄が入っているので、鉛が溶けた煙は黄色く、それはとても危険。その煙はベルサイユの方にも流れていき、広範囲の地域が汚染されました。行政サイドはそれがわかっているので、ノートルダム大聖堂の周りの学校を何カ月も閉鎖していました。

総勢368人にインタビュー 知られざる「いばらの冠」の救出劇

──イエス・キリストが処刑されるときに被っていたと言われている聖遺物の「いばらの冠」の救出にまつわる話にも驚きました。フランスの方にとっては周知の事実なのでしょうか。

私はフランス人で、ずっとパリに住んでいますが、「いばらの冠」の秘話についてはまったく知りませんでした。最初に聞いたときは、ジャーナリストの作り話ではないかと思ったくらいです。友人に話しても「そんなことあり得ない」と信じてもらえません。しかしこれは事実です。ただ詳細を尋ねると、のらりくらりと交わされてしまいましたが…。

──M&A Onlineの読者、日本の観客に向けて、メッセージをお願いします。

この作品はエモーショナルなスリラーのように見えるので、ご覧になるととても驚かれると思います。しかし、すべて真実です。私は真実を追究するために司祭をはじめ、消防士、市役所の人、大統領がいるエリゼ宮の人など368名にインタビューし、驚くことがたくさんあったものの、とても多くのことを学んでいきました。この作品を見て、心が満たされたと言ってくださる方が多いので、私はとても幸せに感じています。

私は日本に行くのが好きですが、日本の方もパリにいらっしゃるのがお好きですよね。美しいノートルダム大聖堂が幸運にも崩落せずにまだそこにあり、再建されつつあります。ただ、また鉛が使われようとしています。私はいちばんいい形で再建されるよう、毎日、再建に関わっている人とコンタクトを取り続けています。それを日本の方にも知っていただければと思っています。

取材・文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

<監督プロフィール>
ジャン=ジャック・アノー(監督)1943年10月1日、フランス、パリ生まれ。

2つのフランス映画学校を卒業後、ソルボンヌ大学で中世美術史と中世史を学び、1960年代後半から多くのコマーシャルを制作。デビュー作品『ブラック・アンド・ホワイト・イン・カラー』(1976)は第49回アカデミー賞外国語映画賞(現:国際長編映画賞)を受賞。原始人を徹底しリアリズムで描いた異色作品『人類創生』(1981)が世界的ヒット。続いてショーン・コネリー主演作品『薔薇の名前』(1986)の成功によってメジャー監督としての地位を確立する。主な監督作品に、ジェーン・マーチ主演『愛人/ラマン』(1992)、ブラッド・ピット主演『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(1997)、ジュード・ロウ主演『スターリングラード』(2001)、ウィリアム・フォン主演『神なるオオカミ』(2015)などがある。セザール賞を4度受賞した経歴も持つ。

<STORY>
2019年4月15日、ノートルダム大聖堂が炎上するという大惨事が起こった。フランス・パリの街に794年前に建造され、ゴシック建築の最高峰として名高い、世界遺産・ノートルダム大聖堂。パリ・カトリック教区の中心としてそびえるのみならず、「ノートル(我々の)・ダム(聖母)」という名が示す通り、その存在は宗教や国境さえ超えて、人々に愛され、人々を見守ってきた。

いつものようにミサが行われていた火災当日の夜、警報器が火災の検知を知らせる。しかし、誤報だと思い込み、速やかな対応を取らない大聖堂の関係者たち。その間にも火は大聖堂の中を燃え広がっていく。消防隊が到着した頃には、大聖堂は燃え上がり、灰色の噴煙がパリの空高くまで昇っていた。

人々が見守る中、大聖堂が今、火に包まれ、崩れ落ちようとしている。しかし、大聖堂内の消火活動は狭く複雑な通路が行く手を阻み、かけがえのないキリストの聖遺物の救出は厳重な管理があだとなり困難を極めていく…。

大聖堂崩落の危機が迫る中、それでも消防士たちは大聖堂も、聖遺物も、自分たちの命も、どれも諦めない。そしてついに、マクロン大統領の許可を得て、彼らは最後の望みをかけた作戦を決断する。大聖堂の外に集まった人々が祈りを込めて歌うアヴェ・マリアが鳴り響く中、決死の突入を試みる勇敢な消防士たちの運命は―。

<作品データ>
監督:ジャン=ジャック・アノー
出演:サミュエル・ラバルト、ジャン=ポール・ボーデス、ミカエル・チリ二アン ほか
2021年/フランス・イタリア/110分/カラー/ビスタ/4K/5.1ch・7.1ch/フランス語/字幕翻訳:宮坂愛/字幕監修:サニー カミヤ /原題:Notre-Dame brûle
配給:STAR CHANNEL MOVIES
©2022 PATHÉ FILMS – TF1 FILMS PRODUCTION – WILDSIDE – REPÉRAGE – VENDÔME PRODUCTION
IMAX® is a registered trademark of IMAX Corporation.
公式サイト:https://notredame-movie.com/
4月7日(金)IMAX®️他全国劇場にてロードショー

「ノートルダム 炎の大聖堂」ポスタービジュアル