フランスの著名な映画批評家、アンドレ・バザンは言っています。
「映画の美学は現実を明らかにするリアリズムであるべきだ」と。
映画とは、各時代を映し出す、鏡の一つと言えるかもしれません。そしてその鏡は、私たちが生きる現代を俯かんして見るための手助けともなるのではないでしょうか。
“今”を見つめるビジネスマン/ビジネスウーマン必見!オススメの最新映画をご紹介します。
東京新聞・望月衣塑子記者は、官邸記者会見で不都合な真実について鋭い質問を発し続ける人物として知られる。
映画『新聞記者』は、望月記者の同名ベストセラー小説を原案に、制作当初からその続行が危惧されたほど、タブーとも言える領域へと果敢に踏み込んだ本格社会派ドラマ。
シム・ウンギョンと松坂桃李、日韓映画界を牽引する期待の若手俳優がダブル主演を務める。
東都新聞社会部に「医療系大学の新設」に関する極秘公文書が匿名のFAXで届く。
奇妙なことに、その大学の認可先は文科省ではなく内閣府、表紙には真っ黒に目を塗りつぶされた羊の絵が描かれていた。内部者のリークか?あるいは誤報を誘う罠か?社会部の若手記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)が真相を突き止めるべく取材を開始すると、外務省を失脚し現在は内閣府所属の神崎(高橋和也)が候補者として浮上する。
しかし神崎は、吉岡がコンタクトをとる前にビルから飛び降り死んでしまう。神崎の事件を独自に調査する吉岡。一方で、神崎の外務省時代の部下であり彼を慕っていた杉原拓海(松坂桃李)は、出向している内閣情報調査室(通称「内調」)が生前神崎をマークしていたと知りショックを受ける。
それぞれの立場で神崎の死の真相を追う二人。そこには官邸が進める恐るべき計画が隠されていたー・・・。
劇中起こる事件は、現在も進行中の政治事件をモデルにしているという。どの事件をモデルにしているのか明確に名前が明かされているわけではないが、あの事件のことだなと思わず頭に思い浮かべる数々の事件を通し、”現実味の強いフィクション”として我々が抱える現代の異常事態を熱く訴えかける。
「内調」は、事件の裏で時に情報操作を行い、時に事実をでっち上げ、官邸に不都合な存在であれば民間人を陥れることすらいとわない、冷酷な存在として描かれている。公務員の務めは「国民に尽くす」ことだという信念を神崎から教えられた杉原は、そんな「内調」の仕事に強い疑問を抱く。
しかし、まもなくかけがえない娘が生まれる杉原は疑問を押し殺しながらも有能に、粛々と与えられた業務をこなしていく。自分の意志と、組織の絶対との板挟み、そんな杉原の、キリキリと胃が痛むような葛藤に、多くの人が共感せずにいられないだろう。
吉岡は日本人の父と韓国人の母を持ち、育ちはアメリカと多様なバックボーンを持ちつつも、ある目的のため日本で新聞記者をしている。同じく日本でジャーナリストとして活躍し、誤報を原因に自ら命を絶った父の死の真相を知るためだ。
吉岡と杉原は共に、敬愛する父と元上司を「こんなことで死ぬはずのない」人だと言う。そんな人たちが背負いきれず、愛する家族を残し命を絶たずにいられなかった重荷とはどれほどのものなのか。物語が進み真相に近づくにつれ、ますます胸が重くなるような衝撃の事実が待ち受ける。
杉原と吉岡の二人は、父と上司の死に対する共感で繋がっているのかと思いきや(もちろんその要素もあるが)、それだけではない。ある重大な決断をする時の杉原の言葉と表情に、むしろ彼が父親としての自分を吉岡の父に投影していたことがわかる。同様に、吉岡は神崎の通夜で見かけた彼の娘に、かつての自分を見る。
登場人物それぞれが、お互いの中に自分を見出しているように思う。観客も同様に、この作品の誰かの中に、きっと自分の姿を見つける。
本格社会派ドラマであると同時に、個々に強くスポットを当てた作品だからこその人間ドラマに胸を深く打たれる。怒涛のラストに向かうスクリーンにくぎ付けになりながら、かたくこぶしを握り締めずにいられなかった。限界まで描き切った勇気に、拍手を贈りたい。
《作品データ》
映画『新聞記者』
6月28日(金) 新宿ピカデリー、イオンシネマほか全国ロードショー
出演:シム・ウンギョン 松坂桃李
本田翼 岡山天音 /西田尚美 高橋和也/北村有起哉 田中哲司
監督:藤井道人 脚本:詩森ろば 高石明彦 藤井道人 音楽:岩代太郎
原案:望月衣塑子「新聞記者」(角川新書刊)河村光庸
文:宮﨑千尋(映画ライター)