事件を真正面から描く|『Winny』松本優作監督インタビュー

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(C)2023映画「Winny」製作委員会

M&A Online独占インタビュー『Winny』松本優作監督に聞く

「Winny(ウィニー)」は金子勇(47氏)が開発したファイル共有ソフト。当時はあまり利用されていなかったピアツーピア(P2P)技術を応用した。データをバケツリレー方式で転送するため匿名性が非常に高く、BitcoinやNFTなどで使用されているブロックチェーン技術の先駆けと言われる。

2002年に金子氏が電子掲示板サイトの「2ちゃんねる」上で「Winny」を公開すると瞬く間にユーザーは増え、ピーク時は200万以上の人が使用していた。その匿名性の高さから映画やゲーム、音楽などの著作物データが許可なく流通し、著作権侵害の温床と指摘され問題となった。一方で、その特性を悪用したウイルスも流行。感染すると意図しないデータが流出してしまい、警察や自衛隊の内部資料、企業の顧客情報や個人所有のファイルなどが漏えいした。

漏洩したファイルは多数のパソコンにコピーが残ってしまうので回収不能となり、当時の安倍官房長官は会見を開き「情報漏洩を防ぐ最も確実な対策はパソコンでWinnyを使わないことです」と呼びかけるなど社会問題となった。

映画『Winny』は金子氏が著作権法違反ほう助の容疑で逮捕された経緯と彼の弁護団が逮捕に対する不当性を訴えて、警察・検察側と全面対決した裁判の行方を描いた実話に基づく作品である。メガホンを取った松本優作監督に作品に対する思いを聞いた。

「Winny」事件を真正面から描いた作品に

──本作は古橋智史さんがCAMPFIRE映画祭でグランプリを獲ったことがきっかけではじまった企画とのことですが、監督が関わることになったきっかけからお聞かせください。

プロデューサーの伊藤さんから声を掛けていただきました。伊藤さんとは以前から「ご一緒したいですね」と話をしていたのです。僕が撮ってきた自主映画は社会的な題材をテーマにしていたので、そういうところを期待してくださったのかなと思いました。

Winny事件が起きた頃はまだ小学生でしたが、海外の似たようなソフトは使っていました。「Winny」については詳しくは知らなかったのですが、今回、自分なりに調べてみて、興味をかきたてられました。

──「Winny」を題材にした別の脚本があったけれど「ゼロから自分で書きたい」と伊藤さんと古橋さんにお伝えして、自ら脚本を書かれたそうですね。

これまでも自分で脚本を書いてきました。もともとあった脚本はWinny事件を真正面から描いているものではなくて、現在の時間軸でちょっと違った視点から描いたものだったのです。自分が撮るなら真正面から描きたいと思いました。

──本作品も岸建太朗さんとの共同脚本だそうですね。岸さんとはこれまでにもご一緒に脚本を書いていらっしゃいますが、どのような関係性なのですか。

岸さんには『Noise ノイズ』で自主映画の作り方を教えてもらい、それ以来、もう7年くらい一緒に映画を作ってきました。僕が上京をして、映画を作りたいけれど知り合いが誰もいないというときに、ビジュアルアーツ専門学校大阪の先輩だった藤元明緒監督が紹介してくれたのです。岸さんは藤元監督の『海辺の彼女たち』(2021)で撮影監督をされていました。

岸さんは撮影もされますから、画のことをイメージしながら一緒にプロットを作り、役割分担といえるかわかりませんが、リレー方式で脚本を書いていきました。まず僕が書き、岸さんが読んで赤を入れたり、直したりして、それをまた僕が直す。それを何度も繰り返した感じです。取材も一緒に行きました。撮影監督と監督、脚本家と監督という関係性ではなく、お互いにいい映画を作ろうという信頼できる仲間だと思っています。

──主人公の金子勇さんをどう描くかはプロットの段階で決めていたのでしょうか。

まずは事件や起こった出来事が本当か、嘘かといったことを調べていきました。金子さんについてはみなさんからいろいろとお話をうかがってはいましたが、人物像が自分たちの中ではなかなか見えなかったのです。ですから、ずっと僕らの想像で書いていました。

撮影の直前にお姉さんとお会いでき、溝が埋められた気がします。そこから東出さんも含めて、みんなで金子さん像を作っていきました。金子さん1人のシーンは誰も知らないわけですから、想像するしかないのです。

裁判資料は7年分すべて手に入れて、読み込みました。相当な量になるのでけっこう大変で、4年間くらい時間が掛かりましたが、時間を費やした分、いい脚本になったと思います。

「この裁判に勝者はいない。どちらも敗者だ」

──ファイル共有ソフト「Winny」を2002年に開発したことで著作権法違反ほう助の容疑で逮捕された金子勇さんと弁護団の闘いが軸になった作品ですが、第一審を中心に描かれています。なぜ最高裁まで描かなかったのでしょうか。

まず、7年間の裁判を2時間の映画で描くのは難しいということもあります。それ以上に「勝ってよかった」というカタルシスに落とすような作品だけにはしたくなかったのです。

裁判モノには、「みんなの協力で無罪を勝ち取ったというカタルシスを感じたい」というお客さんがたくさんいらっしゃると思います。しかし、そのカタルシスを感じさせてしまうとこの作品は映画として作る意味がありません。

第一審で有罪判決を受けたときに罰金150万円を払っていれば社会的には解決して、金子さんはプラグラムの世界に戻れたはずです。しかし、金子さんは大好きなプログラミングを諦めてまで裁判で闘った。そこには未来の技術者や若い人たちに向けたメッセージがあるのではないか。金子さんを調べていく過程でそう感じたのです。

弁護士の壇先生を含め、いろんな方々に取材をする中で、「この裁判に勝者はいない。どちらも敗者だ」という話を聞きました。第一審での有罪判決を受けたときに全ては決まってしまった。最高裁で無罪を勝ち取っても、7年の時間を奪われた金子さんは本当の意味で勝者とはいえない。それを訴えるべきだと思いました。

──「Winny」事件だけを描くのでなく、愛媛県警の裏金作りを告発した仙波敏郎さんを登場させて、警察の不誠実さを多重に絡めています。

最初は仙波さんのことを何も知りませんでしたが、「Winny」事件の頃、他に何が起きていたのかを調べていて知りました。「Winny」事件だけを描くとなるともう少し広い視点で描かないとあの時代を映し出せない。何か他にも視点がないかを探していたときだったので、これなら「Winny」事件を多角的に描けると思いました。

そこからは仙波さんにも取材し、現場に来ていただいたりしながら、深掘りをしていきました。

──監督は余白を残すことが多いように思います。

描き切って完結してしまうと、そのときは満足できるかもしれませんが、すぐに消化されて終わってしまう気がする。この作品も、前作の『ぜんぶ、ボクのせい』も描いていたテーマが少し地続きの問題だと捉えられるように表現したい。カタルシスというか満足度みたいなものがあやふやで終わってしまうけれど、むしろ簡単に答えを出してはいけないのではないか。もちろん自分の中に答えはありますが、それをどこまで見せるかをすごく意識しています。

何が正しいのかという思考を停止してしまうのがいちばん怖い

──本作では匿名性の是非も語られています。それについてはどう思われますか。

金子さんが匿名性の是非について語るところは実際にご本人が言われていたことなのです。当時は「Winny」が著作権侵害の蔓延目的で開発されたとメディアで報道されていましたが、それは実は真逆な話。裁判資料を読んで、彼は著作権をいかに守るかを考えていたのが改めてわかりました。金子さんがどういう思いで語っていたのかを想像しながら、脚本を書きました。

ただ、メディアの記事で出せることは限られている。多角的に見ないと物事の本質はわからないということは「Winny」事件にかかわらず、あると思います。その記事が真実だとしても、他の角度からも見ないと全体像はつかめない。それを一方から見ただけで「こうなのではないか」と思考を停止してしまうのがいちばん怖い。受け取る側のメディアに対するリテラシーを高めることが大事。疑いながら読むことが大切なのではないかと思います。映画もある意味、メディアですから、生み出す側としてもそこはいちばん意識しないといけないところだと思っています。

──その点も含めて、金子さんの弁護に取り組まれた壇俊光弁護士から映画化に際して何か要望はありましたか。

「自由にやってください」と言われましたが、「金子さんの映画にしてほしい」という金子さんに対する強い思いを壇さんだけでなく、お話をうかがったみなさんから感じました。

ただ、そこは慎重に描きました。「Winny」は素晴らしい技術である反面、問題点もあったので、中立の立場で描きたいという思いがあったのです。例えば、映画で戦争について描くとき、戦争はダメだという前提で作られた映画は見る側の思考を止めてしまう。それよりも「なぜダメなのか」という問いを投げかける映画を撮れば、見た人自身が考えてくれる。「Winny」に関してもできるだけ俯瞰して、中立に見てもらえるようにということは意識をしました。

──この作品が作られたことの意義をどのように考えますか。

IT技術は日々変化する。数年前はブロックチェーンなどについて、今ほど話題になっていませんでした。この作品で描いた「Winny」事件を取っ掛かりにして今を見つめてほしい。過去を描いた映画を見ると、今の時代の捉え方が変わるのではないでしょうか。今の時代にこの映画が公開されるというのは大きな意味があると思います。

──監督ご自身に変化はありましたか

宇宙は人類が終焉するまでに解明できるかわからない。それでも人は解明しようと追い求める。金子さんのプログラムに対する思いは自分の映画に対する思いに近い部分があるような気がしました。

今回、たくさんの方々にご協力いただき、素晴らしい役者さんとご一緒させていただいたことで自分の実力不足を改めて感じ、もっともっと精進していかないとダメだなと感じました。それを今後の課題として、良い作品を作っていけるように続けていくしかないと思っています。

──M&A Online読者に向けてひとことお願いいたします。

「Winny」事件について、ご存じの方が比較的に多いのではないかと思います。ただ、有罪になったときはメディアにたくさん取り上げられましたが、無罪を勝ち取ったときは有罪のときほど騒がれませんでしたから、今でも金子さんが有罪だと思っている方がいらっしゃるかもしれません。金子さんのご家族は無罪が確定するまでの7年間、僕たちには想像もできない苦しい時間を過ごされたと思います。

この作品を通じて、金子さんの名誉の回復もしたいと思っています。もちろん「Winny」事件について、ご存じなかった方にとっても今の日本の社会を見つめ直すきっかけになると思います。映画を見た後で今まで思っていたことに対する感じ方や捉え方が変わったといっていただけるとうれしいです。

また、映画にマイコンと呼ばれていたころのコンピューターが出てくるので、昔を懐かしく感じるという面白さもあります。時代に合っていないものもいくつか出てきますが、それは金子さんの私物。その辺りを見極める面白さを味わえるのは当時のことを知っている世代だけだと思います。

取材・文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

松本優作プロフィール

松本優作監督
松本優作監督 ©堀木三紀/M&A Online

1992年生まれ、兵庫県出身。

ビジュアルアーツ専門学校大阪に入学し映画制作を始める。19年に自主映画『Noise ノイズ』で長編映画デビューを果たし、多数の海外映画祭に正式招待される。海外メディアからも高く評価され、ニューヨーク、サンフランシスコで劇場公開される。22年『ぜんぶ、ボクのせい』で満を持して商業映画デビューを果たし、本作は多数の国内映画賞にノミネートされ、主演・白鳥晴都が、第47回報知映画賞にて新人賞を受賞、第29回キネコ国際映画祭ではCIFEJ(国際子ども映画連盟)賞を受賞する。

その他、短編映画『バグマティ リバー』(22)、『日本製造/メイド・イン・ジャパン』(18)、ドラマ『ああ、ラブホテル〜秘密〜』(23/WOWOW)、『雪女と蟹を食う』(22/TX)、『神様のえこひいき』(22/Hulu)、『湘南純愛組!』(20/Amazon prime)など多数の作品を手掛ける。

映画『Winny』

<STORY>
2002年、開発者・金子勇(東出昌大)は、簡単にファイルを共有できる革新的なソフト「Winny」を開発、試用版を「2ちゃんねる」に公開をする。彗星のごとく現れた「Winny」は、本人同士が直接データのやりとりができるシステムで、瞬く間にシェアを伸ばしていく。しかし、その裏で大量の映画やゲーム、音楽などが違法アップロードされ、ダウンロードする若者も続出、次第に社会問題へ発展していく。

次々に違法コピーした者たちが逮捕されていく中、開発者の金子も著作権法違反ほう助の容疑をかけられ、2004年に逮捕されてしまう。サイバー犯罪に詳しい弁護士・壇俊光(三浦貴大)は、「開発者が逮捕されたら弁護します」と話していた矢先、開発者金子氏逮捕の報道を受けて、急遽弁護を引き受けることになり、弁護団を結成。金子と共に裁判で警察の逮捕の不当性を主張するも、第一審では有罪判決を下されてしまう…。しかし、運命の糸が交差し、世界をも揺るがす事件へと発展する。

<作品データ>
監督・脚本:松本優作
出演:東出昌大 三浦貴大 皆川猿時 和田正人 木竜麻生 池田大 金子大地 阿部進之介 渋川清彦 田村泰二郎 渡辺いっけい / 吉田羊 吹越満 吉岡秀隆
製作:映画「Winny」製作委員会(KDDI Libertas オールドブリッジスタジオ TIME ナカチカ ライツキューブ)
配給:KDDI ナカチカ 宣伝:ナカチカ FINOR
©2023 映画「Winny」製作委員会
公式サイト:https://winny-movie.com/
2023年3月10日(金)公開