とある銀行の小さな支店で発生した、とある現金紛失事件をキッカケに、とんでもない事実にたどり着く…。映画『シャイロックの子供たち』は、累計発行部数60万部を突破した池井戸潤による同名小説が原作。著者本人が「ぼくの小説の書き方を決定づけた記念碑的な一冊」と明言しており、池井戸作品の原点とも言える小説です。
映画版は池井戸潤が脚本協力として参加し、独自のキャラクターが登場する完全オリジナルストーリー。小説とは違った展開が繰り広げられます。2018年に大ヒットを記録した『空飛ぶタイヤ』に続き、本木克英監督がメガホンを取りました。
公開を前に本木克英監督にスペシャルインタビューを敢行。M&A Onlineの読者に向けて、作品への思いを語っていただきました。
──映画版は小説とは展開が異なり、独自のキャラクターが登場する完全オリジナルストーリーですね。最後まで先が見えないコンゲームでありながら、人間ドラマとしてお金を巡る人間の本性を炙り出していました。しかも時々笑ってしまうところもあり、2時間たっぷり楽しめました。
この作品にコメディ色はないだろうと思いながら撮っていたので、(試写で)笑いが起きたと聞いて、僕としては意外でした。阿部(サダヲ)さんの軽やかな演技も作用しているのでしょうし、僕自身がコメディを長く撮ってきましたから、それも影響したのかもしれません。
実は笑っていただくのは難しい。喜びや悲しみに共感してもらうことはそこを掘り込んでいけば割とスムーズにできますが、コメディがいちばん難しい、コメディができれば何でもできると諸先輩から言われてきたくらいです。
──不動産取引のシーンでは実際にもよくあることが起きていたので、すごくリアリティがありました。視聴者のみなさんが”あるある”と頷く場面だったと思います。
不動産取引や抵当権抹消について、脚本に書かれている状態で読んだとき、正直、(このシーンが)面白くなるとは全く思いませんでした。むしろ、飽きさせずに映像として持たせるにはどうしたらいいのかを考えたくらいです。
当事者が銀行に対してどういう態度を取るのか。そこは嘘をつくわけにはいきません。助監督が調べてくれて、銀行業務に詳しい方々に“どういう段取りで進むのか”を事前に見せてもらいました。
阿部さんや柳葉(敏郎)さん、柄本(明)さん、橋爪(功)さんもご覧になり、みなさんが自分なりに考えて演じていらっしゃいましたから、書類のやり取りやそこで起きるちょっとしたミスという、映画では取り上げにくい内容もうまくいったのだと思います。プロの方からそういう反応をいただいて、ほっとしました。
──専門用語がたくさん出てきますが、解説シーンがなくても自然にわかるようになっていました。その辺りのわかりやすさは意識されましたか。
「わかりやすい」と言っていただけてよかった。そこがいちばん気になったところでしたから。普通は耳にしない専門的な用語ややり取りが出てくるので、助監督たちには「書類の映画だから書類に手を抜いてはいけない。それが何を意味するのか考えて用意してほしい」と伝えました。
テロップが必要な用語はできる限り排除しようと思っていました。例えば資金決済抵当権抹消など、本来はテロップを入れないとわかりづらいと思います。映画はできるだけナレーションもテロップも音楽もない方がいいというのが僕の持論です。前知識がない状態でも楽しめなくてはいけないと思いながら作っています。
──美術部はかなり細やかな準備をされたのですね。
『空飛ぶタイヤ』は、本物の自動車会社のオフィスを入念に見学して再現しました。今回は銀行の金庫をどれだけ本物に近づけられるかが肝だと思っていたところ、移転したばかりで空いている銀行の社屋があったので、それをお借りできたことが大きかったと思います。
2階は法人向けの融資関係のフロアで、行員は営業に出ているのでがらんとしている。1階は店舗営業で日常業務に追われている。同じ銀行でもフロアによって全く違うのです。映画は細部がきちんとしていないと破綻します。大画面だからこそ、セリフのない役者の動きひとつ、美術の小道具1つもいい加減にできない。「これは嘘だ」と思った途端、楽しめなくなるので、細部を徹底して再現することにこだわりました。
ただ、今は昔と違って1階の営業フロアに現金が置かれていません。とはいえ現金を見せないと銀行であるかどうか、わかりにくい。そこで、ちょっと現金のやり取りも入れました。リアリティと映画的な楽しみの兼ね合いをどうつけていくかが僕の仕事でしたね。
──リアリティを維持するために演出で意識したことはありましたか。
銀行業務に関する取材は演出部とプロデューサー部も含めて何度も行いました。銀行員は朝、何時ころ出勤してどう過ごすのか。お金を扱っていますから、1日の業務が終わるまで店舗営業の行員は外に出ることがはばかられる。だから銀行の社屋内に休憩室も社食もある。そういうことを取材で初めて知り、俳優さんにもわかってもらうようにしました。
銀行内のエキストラに関しても、1人1人が「自分は今、何を目的にして、そこに座って、何をしているのか」をちゃんと言えるようにすることを演出部にお願いしました。
──映画の制作にはプリプロダクション、プロダクション、ポストプロダクションの3段階ありますが、撮影後に行うポストプロダクションの費用を意識しながら撮るものなのでしょうか。
意識しますね。今回はCGを駆使するようなところは脚本上にあまりないとは思っていましたが、ロケする銀行の社屋によっては背景を変える必要がありますし、書類に不備が出てきたら変えないといけません。その部分の予算は残しておかないといけない。今回は修正のためのCGくらいでしたが、かつての日本映画ほど予算が潤沢ではありませんから、予算感覚がないと監督として仕事を続けるのは難しいと感じています。
──今回、とくに予算を投入したのは、どの部分でしょうか。
銀行の再現ですね。合間にロケーションも入れたりするものの、基本的には外に出ないので、画として息苦しくなってしまうことが心配でした。そして、この作品には大勢出てきますから、キャストに魅力的な人を集めるといったところに予算を割り当てました。
──この作品に込められたメッセージについてお聞かせください。
世の中はお金の話で進んでいくことが多い。そもそも経済はそういうもの。それでも一瞬立ち止まって考えられるような哲学的な示唆があるといいなと思いながら、池井戸さんの原作と脚本を読んでいきました。
ヴェニスの商人におけるシャイロックは本当に悪なのか。脚本の冒頭でこの問いが投げかけられて始まりますが、物語の展開はとてもわかりやすい表現になっていました。僕自身も“お金とは何か”、“お金の貸し借りによって、帳尻合わせをしていけば人間的な関係は破綻しないのか”と自分に問いかけながら演出をしていきました。
──作品を撮り終えて、ご自身の中で何か答えが見えてきましたか。
答えはまだ見えていませんが、楽しめる作品になったと思っています。人間ドラマですが、ジャンル分けの難しい映画ですけれどね。勧善懲悪モノは見ていて気持ちいいですが、人間って正悪だけでは分けられないところもある。巨額な小切手を目にしたら、誰だってどう行動するかわかりませんから。そういう意味では不思議で新しい感覚が得られる作品でもあると思っています。
──M&A Onlineの読者に向けてひとことお願いいたします。
池井戸作品は経済的な弱者が権力の横暴に立ち向かうことが多いですが、この作品は登場人物それぞれが抱える弱さを炙り出す群像劇が1つの犯罪の解明に繋がっていくという構造になっています。池井戸さんご自身に大手銀行での勤務経験があるので、銀行の内情やそこで繰り広げられる人間関係について、よくわかっていらっしゃる。社会的信用第一に組織で仕事をしている人たちの、建前ではないところがよく表れていた原作だったのではないかと思います。
僕らが就職活動したバブル期の後半、銀行は社会と経済を動かしている中心として人気があり、優秀な友人の多くが銀行を目指しました。実は僕も外資系の銀行でしたが、内定をもらっていたのです。
僕は結局映画の世界に入りましたが、銀行に就職した友人たちのなかで今も同じ銀行にいる人はほとんどいません。みなさん、転職したり、違う業界で働いています。そもそも銀行が経営統合や買収されて違う名前になっている。合併した組織の内部では様々な葛藤があるのでしょう。
バンカーになっていた自分を想像できませんが、その道を選ばなくてよかったとも思いません。時代とともに業界は激変していくもの。そのときに好調な業界を選ぶことが後々まで正解とは限りませんし、人生も何が起こるか誰にもわからないから面白いのだと思います。
取材・文:堀木三紀、M&A Online編集部
本木克英(もとき・かつひで)監督
早稲田大学政治経済学部卒業後、1987年松竹に助監督として入社。森崎東、木下恵介、勅使河原宏などの監督に師事する。1994年文化庁在外芸術家派遣研修制度にて一年間米国留学。帰国後2年間のプロデューサー業を経て、『てなもんや商社』にて監督デビュー。
主な作品は『釣りバカ日誌』シリーズ11~13』(2000~2002年)、『ドラッグストア・ガール』(2004年)、『ゲゲゲの鬼太郎』(2007年)、『犬と私の10の約束』(2008年)、『鴨川ホルモー』(2009年)、『おかえり、はやぶさ』(2012年)、『超高速!参勤交代』(2014年)、『超高速!参勤交代リターンズ』(2016年)、『空飛ぶタイヤ』(2018年)、『少年たち』(2019年)、『居眠り磐音』(2019年)、『大コメ騒動』(2021年)など。
『シャイロックの子供たち』
<STORY>
東京第一銀行の小さな支店で起きた、現金紛失事件。お客様係の西木(阿部サダヲ)は、同じ支店の愛理(上戸彩)と田端(玉森裕太)とともに、事件の真相を探る。
一見平和に見える支店だが、そこには曲者揃いの銀行員が勢ぞろい。出世コースから外れた支店長・九条(柳葉敏郎)、超パワハラ上司の副支店長・古川(杉本哲太)、エースだが過去の客にたかられている滝野(佐藤隆太)、調査に訪れる嫌われ者の本部検査部・黒田(佐々木蔵之介)。そして一つの真相にたどり着く西木。それはメガバンクにはびこる、とてつもない不祥事の始まりに過ぎなかった。
<作品データ>
監督: 本木克英
脚本: ツバキミチオ
出演: 阿部サダヲ、上戸彩、玉森裕太、柳葉敏郎、杉本哲太、佐藤隆太、柄本明、橋爪功、佐々木蔵之介 ほか
音楽:安川午朗
主題歌:エレファントカシマシ「yes. I. do」(ユニバーサルシグマ)
2023年/122分/G/日本
配給:松竹
© 2023映画「シャイロックの子供たち」製作委員会
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/shylock-movie/
2023年2月17日(金)全国公開