現在、日本では約280万人の外国人が暮らしている。映画『ファミリア』はその中でも在日ブラジル人に光を当て、実際に起きた事件などをヒントにし、陶器職人の主人公と海外で活躍する彼の息子、主人公が知り合った在日ブラジル人青年の関係を軸に、家族内の喪失と再生を描いている。
主人公・神谷誠治を演じるのは役所広司。焼き物を本格的に練習して撮影に臨んだ。親の愛を知らずに育ち、不器用だが家族を深く愛する男の複雑な心情を体現している。息子の学には、NHK大河ドラマ「青天を衝け」に渋沢栄一役で主演した吉沢亮。在日ブラジル人青年のマルコス役には実際に日本で暮らすブラジル人の若者サガエルカスがオーディションで選ばれ、“演技”の域を超えた本物の煌めきを放つ。
作品の公開を前に、成島出監督にインタビューを敢行。M&A Onlineの読者に向けて、演出のポイントや作品に対する思いを語ってもらった。
◆ ◆ ◆
──本作はいながき きよたかさんのオリジナル脚本の映画化ですが、プロットを読まれていかがでしたか。
エピソードだけを並べると、「本当のことなのだろうか」という気がするかもしれません。普通、こういうネタはGoogleで検索して、ちょこちょこっと見て、「移民団地って怖いんだ」「テロがあったんだ、ちょっとシナリオに使ってみよう」と上っ面だけで創作することも多いのですが、いながきさんが書いたものは不思議なことに全然違う。
お話をうかがってみると、いながきさんは愛知県瀬戸市で生まれ育ち、お父さまが焼き物をされている。隣の豊田市にある保見団地はブラジルからの移民が多く住んでいて、地元の人から危険な“移民団地”と見なされていた。
2013年に起きたアルジェリア人質事件では、(プラント建設大手の)日揮の人がテロに遭いますが、いながきさんには日揮に勤めている友人がいる。彼のオリジナルストーリーですが、絵空事ではなく、全部、彼にとっては身近なこと。いくつものエピソードが入っていることを最初はちょっと心配したのですが、それでもやれるのではないかという気がしたのは全部実話だからでした。
大切なのは主人公である誠治と息子の学という家族の在りよう。そこに関わってくるブラジル人青年と彼の恋人の立ち位置。在日ブラジル人問題やテロなど様々な問題が起こるけれども、最後はどこに行き着くのか。あくまでも幹になるのは家族内の喪失と再生です。プロデューサーの伊藤さんやいながきさんと検討し、ただ悲しいだけで終わるのではなく、若いブラジル人たちと触れ合ったことによって、誠治も変わる孤独ではないエンディングを考えました。
──主人公の神谷誠治役を役所広司さんが演じていらっしゃいます。役所さんとは『聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-』(2011)以来かと思いますが、久しぶりに役所さんにお会いしていかがでしたか。
伊藤さんが声を掛けてくださったのですが、この役は役所さんしか考えられませんでした。プロットを読んで気に入ってくれました。それで企画が正式に動き始め、シナリオを作っていくことになったのです。10年も経ったのかと驚いたくらい、久しぶりな気がしませんでした。あっという間に戻ったというか、全然変わらない。しかも、俳優として進化している。すごいなと思いました。
──誠治役へのアプローチについて、役所さんから相談があったとのことですが、どのような会話を交わされたのでしょうか。
陶器職人で、家族の幸せを知らず、無口でぶすっとしている。その匙加減ですね、それをどの程度にするのか、その着地点を話し合いました。何といっても陶器職人の役ですから、そこのところは嘘っぽくしたくない。手元だけプロの方がやっているのを撮ることはしたくないと伝えたら、陶芸の練習してくれて、それが役作りに繋がって誠治というキャラクターを見つけてくださいました。
沖縄在住の陶芸家、ポールロリマーさんがロケ用の焼き窯を作ってくださり、そのまま指導してくださったのですが、ポールさんのいで立ちや服装、汚れ方なども参考にしていました。
──焼き窯はどこかの窯を借りるのではなく、撮影用に作ったのですね。
いい窯と住居がセットになっているところが必要で、いろいろ探したのですが、関東では見つけられませんでした。
家と工房、窯がそれぞれ独立していて離れていることが多く、誠治の家のように庭先に窯があるというのは珍しいのです。火を使う窯となると登り窯が主流で、映画で使ったような昔ながらの穴窯が少ないこともありました。ポールさんのところがそういう感じだったので、沖縄で撮ることも考えましたが、それはそれで大変。こっちで作るしかないと思い、ポールさんに来ていただいて、窯の製作をお願いしました。
普通は映画で美術を作るときは左官屋さんなどの職人さんに入ってもらうのですが、ポールさんと彼のお嬢さん、うちの美術部で手作りしました。
実際に火を入れることができるようにしてもらったので大変でした。映画の場合は大抵、形だけで、窯に見えるけれど実際には焼けないことが多い。今回は本当に焼けるように耐火煉瓦を使いました。
ポールさんが作ってくれた新品の窯を美術部が汚しという処置をして、何年も使い込んでいるようにしました。作品の中で窯の煙突から火が上がっているのは本物です。シーンによってはガスで上げたところもありましたが、基本的には本当に窯入れして撮りました。そのために作ったわけですからね。
──誠治の息子、学役を吉沢亮さんが演じています。2021年には『青天を衝け』で大河ドラマ初出演・初主演を務め、今、最も勢いのある若手俳優の1人ですが、本作ではごく普通の青年をさらりと演じていました。
誠治は家族を知らず、手が付けられないような荒くれ者でしたが、優しい女性と出会い、結婚して落ち着きました。学はその女性の血を受け継いで、柔らかくて優しく、素朴な普通の青年という設定です。誰がいいだろうという話になったときに、吉沢亮くんの名前が挙がりました。
「仕事でアルジェリアに行き、難民キャンプで育った女性と知り合って結婚しようと思うようなキャラクターなんだ」という話をしたところ、それを受けて彼も柔らかい感じに作ってくれました。
──学が誠治に「仕事を辞めて、焼き物をやりたい」と話しますが、誠治は仕事を続けることを勧め、翌日、操業を停止したご近所の様子を学に見せました。親の仕事を引き継ぎたいという息子の思い、それを素直に喜べない地場産業の衰退という厳しい現実について、監督はどう思われますか。
瀬戸の街は戦後、瀬戸物産業が全盛期を迎えました。東京にたくさんの瀬戸物を出荷して潤いましたが、いながきさんが子どもの頃から衰退し始めたようです。
ロケハンに行くと蔦が絡まった工房がぽつんと残っていたり、昔はけっこう大きい工場だったように見えるところに、器がそのまま転がって残っていたりする。いながきさんはお父さまが焼き物をやっていたこともあって、焼き物の栄華と衰退を子どもの頃からずっと見てきているのでしょう。
それがシナリオのベースにあるので、“こんなところには戻ってくるな”、“せっかくいいお嫁さんをもらったのに焼き物でどうやって食っていくんだ”、“食っていけるものじゃないぞ”というセリフが本当にリアルであると街を見て思いました。もし自分が焼き物をやっていて、息子が「跡を継ぎたい」と言っても、あの街を見たらやっぱり「やめておけ」と言うでしょうね。
日本の古き良き伝統みたいなものがここ100年のうちに一気になくなってきています。それに対する警鐘もこの映画の大きなテーマの1つ。誠治は一匹狼として豊かになれない焼き物をコツコツ焼いていますが、実はそれがとても大事。目先のお金のために働くよりも、火があって、土があってという生活の方が精神的には格段に豊かなのではないでしょうか。
陶芸の魅力ってそういうこと。穴窯は太古からの焼き方で、それが登り窯という量産体制になり、今ではほとんどが電気やガスです。薪で焼くので、ものすごく手間がかかって大変ですが、そういう窯で焼いたものをみんなが守っていく気持ちで使うことをしないと今後、このような素晴らしい伝統がなくなってしまう気がします。
焼き物だけでなく、そういうものは他にもたくさんあります。本物の炎で焼くという伝統を残すには森がないとダメだし、木を切ったら植えなきゃダメ。炎を使って生きていくことは地球を守ることに繋がっていくのです。
──在日ブラジル人キャストはオーディションで選び、マルコスを演じたサガエルカスさん、エリカを演じたワケドファジレさんは演技経験がなかったとのことですが、どのように演出をされたのでしょうか。
演技経験がないことはあまり気にしていませんでした。以前、『ソロモンの偽証』(2015)を撮ったときも演技経験のない子たちを起用しましたが、中途半端に経験のあるプロよりも素人の方がいいということが多々あります。
この作品は理屈で考えて、ブラジル2世を演じるのではなく、本当に保見団地みたいなところに住んでいて、子どもの頃、差別されたり、いじめられたり、もしくは自分の仲間にそういう人がたくさんいて、この映画のテーマが全部本当のことだと思ってくれる子たちが感じたままを出せばいい。マルコスたちの気持ちというか、心の根っこに共感できれば、プロであろうと素人であろうと関係ないと思ったのです。
ブラジルから若くて上手な俳優を連れてくるのはどうだろうかという話もあったのですが、日本語を習得してもらうのを待つほど時間がない。一方で、オーディションで会った子たちは日本語が思っていた以上に上手でした。親は日本語が話せないから、家庭ではポルトガル語。ところが小学校に入ると、いきなり日本語。苦労しながら覚えていったそうです。
日本語が話せないことでいじめにあったり、差別をされたり、悲しい思いをしたりしたのでしょう。マルコスが「日本人にもなれない! ブラジル人でもない」とやり場のない憤りをぶつけますが、これは演じた彼ら自身の本音です。
サガエルカスもルイを演じたシマダアランもブラジルに行ったことがない。日本で生まれ育って、日本しか知らないのに、日本人ではない。オーディションに参加した人の中にはブラジルに行って、祖父母に会ったことがある人もいましたが、たまたまサガエルカスもシマダアランもブラジルに行っていなかった。それで作品に出てくるキャラクターも同じ設定にしました。
だから、マルコスがこのセリフを叫ぶとリアルなのです。「じゃあ僕は何者なんだ」と演技ではなくて、実感で言える。そういう子たちを選んだので、演出は必要ありませんでした。
──監督がこの作品を通じて、伝えたかった思いについて、お聞かせください。
今、残念なことにウクライナで戦争が行われ、この映画を撮ったときよりも世界の分断が進み、政治はだんだんきな臭いことになってきています。我々はファミリア(=家族)という最小単位の中でいろいろ繋がっていくことで、たとえ悲しい喪失があっても、奇跡の再生が起こりうることを信じたい。そういう願いを込めてこの映画を撮りました。
ぜひ、最後のハッピーエンドの幸福感、喪失の悲しさの向こうにある希望(再生のドラマ)をご覧ください。日本だけではなく、世界の情勢に共通するものではないかと思います。
取材・文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)
<プロフィール>
成島出(なるしま・いずる)
1961年生まれ、山梨県出身。
学生時代から自主映画を撮り、『みどり女』でぴあフィルムフェスティバルに入選する。
94年から脚本家として活躍した後、役所広司を主演に迎えた初監督作『油断大敵』(03)で藤本賞新人賞とヨコハマ映画祭新人監督賞を受賞。以降、『フライ,ダディ,フライ』(05)、『孤高のメス』(10)、役所広司主演『聯合艦隊司令長官 山本五十六』(11)など数々の話題作を手がける。『八日目の蟬』(11)は第35回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞など10部門を受賞する。本作の後、役所広司主演『銀河鉄道の父』が2023年公開予定。
【その他の作品】ソロモンの偽証 前篇・事件、ソロモンの偽証 後篇・裁判(15)、ちょっと今から仕事やめてくる(17)、グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~(19)、いのちの停車場(21)
<STORY>
陶器職人の神谷誠治(役所広司)は妻を早くに亡くし、山里で独り暮らし。アルジェリアに赴任中の一人息子の学(吉沢亮)が、難民出身のナディア(アリまらい果)と結婚し、彼女を連れて一時帰国した。結婚を機に会社を辞め、焼き物を継ぐと宣言した学に反対する誠治。一方、隣町の団地に住む在日ブラジル人青年のマルコス(サガエルカス)は半グレに追われたときに助けてくれた誠治に亡き父の面影を重ね、焼き物の仕事に興味を持つ。そんなある日、アルジェリアに戻った学とナディアを悲劇が襲い……。
<作品データ>
監督:成島出
出演:役所広司 吉沢亮/サガエルカス ワケドファジレ 中原丈雄 室井滋 アリまらい果 シマダアラン スミダグスタボ
松重豊/MIYAVI/佐藤浩市
配給:キノフィルムズ
©2022「ファミリア」製作委員会
公式サイト:https://familiar-movie.jp/
2023年1月6日(金)より全国公開