三方よしの心得を描いた作品『近江商人、走る!』三野龍一監督インタビュー

alt
©️2022 KCI LLP

三方よしの心得を描いた作品『近江商人、走る!』

売り手よし、買い手よし、世間よし。商売において売り手と買い手がともに満足するのは当然のこと。社会に貢献できてこそ良い商売と言える。

大坂、伊勢と並んで「日本三大商人」と称される近江商人。その経営理念である“三方よしの心得”を描いた映画『近江商人、走る!』は、米の価格差を利用した裁定取引(アービトラージ)に着目した近江商人の姿を痛快に描いたビジネス時代劇。商いの才に長けた主人公があるときはケガをした大工、あるときは閑古鳥が鳴く茶屋を助け、そしてまたあるときは、店の大借金返済に挑む。

主人公の銀次役には、デビュー作『許された子どもたち』(2020年)で毎日映画コンクールの新人賞を受賞した上村侑。その仲間には森永悠希、前野朋哉といった若手俳優が結集。さらに筧利夫、矢柴俊博、渡辺裕之、藤岡弘、といったベテラン勢と、村田秀亮(とろサーモン)、大橋彰(アキラ100%)、たむらけんじらお笑い勢が脇を固めている。

『老人ファーム』『鬼が笑う』で高く評価され、この度初めて時代劇に取り組んだ新鋭三野龍一監督にM&A Onlineの読者に向けて、作品への思いや見どころを聞いた。

◆ ◆ ◆

「三方よし」は商売以外にも通用する

──本作は米の価格差を利用した裁定取引(アービトラージ)に着目した近江商人の姿を痛快に描いています。監督がこれまでに撮られた『老人ファーム』『鬼が笑う』とはかなり雰囲気が違いますが、監督のオファーを受けたときのお気持ちからお聞かせください。

時代劇は初めてですし、そのうえ、テーマが先物取引。僕は金融や経済からいちばん縁遠いところで生きてきたので最初は驚きました。でも、僕が知らないことはお客さんも知らないかもしれない。これを機に勉強して、老若男女問わずわかるような作品にし、ご覧になった方の興味の入り口になればと思って撮りました。

──「売り手よし、買い手よし、世間よし」という近江商人の経営理念「三方よし」はこの作品の核になっている言葉ですが、この言葉を聞いてどう思いましたか。

僕も詳しくは知らなかったので、本を読んだり、舞台となっている現在の滋賀県に足を運んで、見たり聞いたりして思ったのは、「この考え方があったからこそ日本はここまで成長した」ということでした。調べてみると、日本を代表する企業に近江商人発祥のところが多いのです。

どれだけ稼げるかということではなく、人のことを考える。きれいごとにも聞こえますが、社会においてとても大切なことですし、商売以外にも通用する姿勢だと思いました。

──脚本はこれまで弟の三野和比古さんが書かれていましたが、今回は『鬼が笑う』で脚本補をされていた望月辰さんが書かれました。

和比古さんとは一つ大きな設定を用意して、それに対してどういう設定だったら面白いのかをお二人でディスカッションして1シーンにし、それが何個も重なっていくという感じで作っていかれたと聞いていますが、今回も同じようにされたのでしょうか。

望月だけでなく、演出部を含めて撮っていくチームみんなで“どうしたら面白くなるのか”、“ベストは何なのか”を話し合って、脚本を作っていきました。脚本だけでなく、撮影もそのスタンスでした。

──脚本を作る際に大事にしたのはどういったことでしょうか。

今回のメインエピソードは、旗を振って米価情報を大阪の堂島から近江に届けたという史実。そのためのキャラクターを作って、プロットを書き、脚本に起こしました。その際、大事にしたのは“噓をついていいところとついてはいけないところがある”ということです。

時代劇はある種、SF的な側面があり、本当のことは誰も知りません。だからこそ遊べる部分はたくさんあるのですが、嘘をついてはいけないところでついてしまうと、つじつまが合わないことになる。嘘をついていない部分をちゃんと残しながら、遊んでいい部分は思いっきり遊ぶ。これを映画のトーンとして、誰にでもわかってもらえるよう、話が難くなり過ぎないための“いい嘘”のつき方を意識していました。

ただ、時代劇なので答えがない。嘘のつき方が現代劇よりも難しい。嘘をうまくついた映画は素敵だと思っていますが、嘘をつきすぎるとお客さんが冷めてしまう。そのバランス感覚は難しかったです。

また、これまでの作品も含めて大切にしているのが、自分がどう思うかということ。極端な言い方をすれば“偏見”ともいえる部分をどれだけ強く出せるかということです。それは本作でも同じ。時代劇といっても人間は人間なので、感覚は同じだと思います。時代劇のベタな部分は僕もすごく好きなので、ベタな部分は残しながらも、同じ人間として現代の人でも当時の人でも変わらないであろう部分の“偏見”は強く出したつもりです。

一休さんのとんち話にビジネスを絡ませて

──米飛脚は有名ですが、旗振り通信も江戸時代に実際に行われていたのですね。映画では大阪の堂島から大津まで5つの櫓を立てて情報を伝達させましたが、堂島と大津は60km(15里)離れていて、櫓と櫓の間は10km離れていることになるわけですが、本当に見えるものなのでしょうか。

これは史実です。今でいうところの相場操縦のようなものに当たるので、取り締まりが行われていたようです。映画では初めて思いついたときの面白さを描いています。必死になった人間が考えることって面白いですよね。頭がいい人はすごいなと思いました。

──渡辺裕之さんが演じた大工の親方はケガをした大工の体を気遣って仕事を止め、鳥居功太郎さんが演じた大工の佐助は稼がないと生きていけないので仕事をしたいという。今、「同じ人間として現代の人でも当時の人でも変わらないであろう部分の“偏見”は強く出したつもり」とおっしゃっていましたが、2人の気持ちのすれ違いは現代でもありそうな話ですね。

人間は今も昔も変わらないであろうということを意識した部分です。時代劇らしさだけではない方がお客さんに見てもらえるのではないかと思います。

──ケガをした大工のために銀次は組合保険を作りました。これも史実でしょうか。

櫓を使った旗振りによる情報伝達の話以外は全部、みんなで話し合って作っていきました。櫓を作る前提で物語を作るときに、櫓を作るまでのプロセスをどうするか。実際に櫓を作るとなると大工が必要。旗を振る人や望遠鏡もいる。そこからキャラクターを作り、それぞれの物語を考え、一休さんのとんち話にビジネスを絡ませて、最後は一件落着になるようにしました。

保険的な発想の組織があったかどうかはわかりませんが、現代に保険がある以上、それを考えた人がいるはず。隣にできた人気の茶屋に負けまいとするお仙の話も今でいえば「インフルエンサーマーケティング」に近いものがあります。でも全部が作り物ではありません。お仙が1番を狙った「番付」と呼ばれたものは実際にありました。今あることを当時行われていたことに結び付けるようにしたつもりです。

──筧利夫さんが演じた大善屋の主人伊左衛門、矢柴俊博さんが演じた柏屋の平蔵はかつて同じ店で丁稚奉公し、今はそれぞれ店を構えています。しかし経営者としての資質には大分違いがありますね。

近江商人の心得を実践して、他人のことを考えられる人間とそうではない人間を対比として描いています。

エンタメ映画である本作も、社会的にちょっと重いテーマを描いた前作もそうですが、人としてダメな生き方をしていたらダメになる。結局、人間としての在り方なのでしょうね。

映画でも費用バランスについて考えることが必要

──これまでの2作品は監督ご自身が編集もされていましたが、今回は川島章正さんが入られました。川島さんはこれまでに『おくりびと』『愛を乞うひと』などで日本アカデミー賞最優秀編集賞を4度受賞したレジェンド的存在ですが、いかがでしたか。

川島さんには自分が編集したものをチェックしながら整えていただきました。自分で編集していると客観的であろうとしても、どうしても主観的になってしまう。長年、映画の編集をしてこられたプロの目で確認していただくことで最後まで客観性が保てる。

こだわっていた部分をばつっと切られるのはショックではありましたが、お客さんにとってベストを導き出していただいたので、お願いして本当によかったと思っています。自分だけで抱え込まず、人に任せることも大事だということも学びました。次に編集するときには今回学んだ客観性を大切にしたいと思います。

──時代劇ということで、国宝の彦根城や国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている五個荘近江商人屋敷、旧石橋家住宅がロケーションとして使われています。撮影で苦労されたことはありましたか。

ロケーションとしてはどちらでもみなさんから親切にしていただきました。場所や人にはとても恵まれて、楽しく撮影ができたと感謝しています。ただ、「もう少し引いて撮りたいけれど、電線が入ってしまうからダメだ」など、映ってはいけない現代のものを映さないようにしながら、自分が撮りたい画にしなくてはならない時代劇ならではの難しさはありました。電線も後から消せばいいのですが、お金が掛かってしまうのです。

──企画の段階だけでなく、現場に入ってからも費用について考えながら撮っているのでしょうか。

費用のことも常に頭の片隅に置きながら撮っています。何を優先して、何を削るか。電線を消すところにお金を掛けなければ、その分、違うところに使えますからね。要はバランスです。

企画の段階だけでなく、撮影に入ってからも考えています。映画監督は建築の現場監督と同じ。もちろん結果として無駄になってしまうこともありますが、演出と同じくらい費用バランスについて考えることが必要かもしれません。

──M&A Onlineの読者に向けて、この作品の見どころをお聞かせください。

金融のプロの方ではない人にも興味を持ってもらえるような先物取引の話を作りました。みなさんがご覧になると物足りなさを感じるかもしれませんが、お子さんやお孫さんが金融の仕組みに興味を持つ入り口として楽しんでいただけるかもしれません。お一人でご覧になるのではなく、ご家族で足をお運びいただき、みなさんで楽しんでいただけたら幸いです。

取材・文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

<プロフィール> 三野⿓⼀(みの・りゅういち)監督

1988年8月18日生まれ。香川県出身。京都芸術大学[(旧)京都造形芸術大学]映画学科を卒業後、助監督として映画・テレビドラマの現場に参加して経験を積む。その後実弟である三野和比古を映画制作の世界へと誘い、映画制作チーム「MINO Bros.」を結成。初の長編監督作品『老人ファーム』は「カナザワ映画祭 2018」にノミネートされ、観客賞を受賞し、2019年4月より渋谷・ユーロスペースほか、全国公開を果たす。最新作『鬼が笑う』(22)が国内外で高い評価を受ける。

<STORY>

ある近江商人との出会いから、大津の米問屋大善屋で丁稚奉公することとなった銀次。

それから5年…商才を発揮する銀次は、店の仕事だけではなく、職人の互助組合作りや茶屋の看板娘お仙のアイドル化計画などを手掛け、町の人々を助ける。そんな彼の元には同じ店の楓、眼鏡職人の有益や大工の佐助など仲間が集まるようになった。そんな中、悪辣な奉行の罠によって、大善屋が千両もの借金を背負う。先輩の丁稚蔵之介の父も関わるこの悪企みから店を守るため、銀次は大津と15里=60km離れた堂島の米の価格差を利用した裁定取引を思いつく。電話もネットもない時代、飛脚でも半日掛かる距離を越え、情報を迅速に入手するため、銀次たちが仕掛けた壮大な作戦とは?

<作品情報>

タイトル:『近江商人、走る!』
出演:上村 侑 森永悠希 真飛 聖 黒木ひかり 前野朋哉 田野優花 村田秀亮(とろサーモン) 鳥居功太郎 たむらけんじ 大橋彰(アキラ100%) 高梨瑞樹 徳江かな 落合亜美 コウメ太夫 矢柴俊博 堀部圭亮 渡辺裕之(特別出演) 藤岡弘、(特別出演)/筧 利夫
監督:三野龍一 脚本:望月 辰 製作:新谷ゆっちー タケモトナオヒロ
撮影:川口諒太郎 照明:西山竜弘 美術:佐々木健一 録音:古川裕志 編集:川島章正 音楽:RIO
衣裳:真柴紀子 ヘアメイク:塚原ひろの VFX:鹿角 剛 助監督:鹿川裕史
制作担当:三浦義信 ラインプロデューサー:奥田順一 宣伝プロデューサー:鷲谷 一
主題歌:「non standard」 AMAEBI 製作プロダクション:KCI 配給:ラビットハウス
劇場公開日:2022年12月30日
映画公式サイト: https://oumishounin.com/ Twitter:@OumishouninFilm
© 2022 KCI LLP

『近江商人、走る!』ポスタービジュアル