北アルプスを大きく望む信州の山荘に居を構え、自ら土を耕し、四季折々の自然の恵みに感謝しながら旬を味わって生活する。映画『土を喰らう十二ヵ月』は『飢餓海峡』などのベストセラーで知られる水上勉が1978年に雑誌ミセスに連載した料理エッセイを原案にし、『ナビィの恋』の中江裕司監督が物語を紡いで映像化した作品である。
主人公のツトムを演じるのは沢田研二。ツトムの山荘を時折訪ねてくる担当編集者で、年の離れた恋人でもある真知子に松たか子。ツトムの義母に奈良岡朋子、山歩きの師匠の大工に火野正平、恩人の住職の娘に檀ふみとベテランが脇を固める。
高校時代から水上勉の作品を読んできた中江裕司監督に、映像化のきっかけや主演の沢田研二について語ってもらった。
――本作は水上勉のエッセイ「土を喰う日々-わが精進十二ヵ月-」を原案としたフィクション作品です。監督が本作に関わることになったきっかけからお聞かせください。
僕の企画です。前作『盆唄』の編集中に書店に行ったら、この本が平積みになっていたのです。水上勉さんの作品は好きで、高校生の頃からよく読んでいましたが、小説というイメージが強く、エッセイは初めて。料理に関する本でしたが、読んでみたら面白かった。食べることは生きること。生きることは死ぬことと密接に関係している。人間の本質が描かれており、水上勉という人間の匂いや恋愛模様も感じ取ったのです。
自分が感じた通りに架空の人物を作って物語を起こし、シノプシスを書いて、プロデューサーに持っていったところ、企画がトントン拍子で進んでいきました。
──料理について書かれたエッセイから物語を紡ぐのは難しかったのではありませんでしたか。
水上さんの他の著作をたくさん読んでいたので、苦労はしませんでした。「あの本にこんなシーンがあったから、ここで使おう」と20冊くらいからコラージュして、ツトム像を肉付けしていきました。ただ、ツトムは水上さんをお借りしつつも、水上さんご自身ではありません。そこでまず、「なぜ、ツトムがあそこに来たのか」を考えました。
エッセイで水上さんが軽井沢に行かれた理由は水上さんなりにあったと思います。映画はそれと違う設定にした方がいい。じゃあどうするか。生きていく上で喰うことは大事ですが、恋愛も大事。水上さんはモテモテの文士だったので、いろんな人といろんな浮名を流されていました。
編集者との恋愛があったかどうかはわかりませんが、エッセイの最後に雑誌ミセスの編集女子に頼まれて書くことになったとあったので、「女性の編集者との恋愛も同時に描いたら面白いだろう」と思いつき、真知子が生まれました。
恋愛映画は三角関係があった方が面白い。誰との三角関係にするかを考えたら、亡くなった奥さんが出てきたわけです。実は以前から、死んだ人とのどうにもならない三角関係をやりたかった。そこから連鎖的に発想が広がり、妻の八重子がツトムを信州に連れてきた。八重子は自分の親がいるから信州に移り住んだ。このように八重子の母親であるチエに繋がっていき、ツトムが移り住んだ理由もできあがっていったのです。
では、チエをどういう人にするか。ツトムが今、やっている生活を先にやっていた人という設定にしたところ、「息子もいるが、できのいいお姉さんがいたので頼りなく、嫁は都会育ちでチエとは仲が悪い。チエはツトムとだけ話をする」といった人物関係がパッパッパと出来ました。人物設定がしっかりできれば、物語は自ずと展開していきます。
――義理の親族との付き合い、自らの健康問題などは50代から70代にとって、他人事には思えない問題ですね。
僕は沖縄に住んでいますが、沖縄は血族の繋がりがすごく強い。自分の都合がありつつ、やらなきゃいけないことや身内のことがある。自分の業みたいなこともある。それを抱えているからこそ人間。沖縄で学んだことは信州にも置き換えられます。
東京の人は自分の都合でしか動かないから、人間関係を描いても面白くない。
――主人公のツトムを演じたのは沢田研二さんです。
ツトムは一人暮らしをしている60歳代の男。基本的に殆どの場面に出ています。役者として色気のある人でないとダメだと思ったときに、沢田研二さんの他に思いつきませんでした。
事務所を通じて、沢田さんにオファーしたところ、「会いに来てくれ」と言われました。オーディションみたいなものということでしたが、実際にオーディションされるのは僕らの方じゃないかと思いましたね(笑)。
お目にかかると「今の自分はこうだ。これで本当にいいのか」とおっしゃるのです。「そのままがいいんです」とお伝えしたところ、「今の自分を晒すつもりはある」と。すごく覚悟を持たれていることがわかり、誠実な方だと感じました。出演はその場で決まりました。
──役作りについて、沢田さんとどのような言葉を交わされたのでしょうか。
僕からお話ししたのは「髭は剃ってください」ということだけです。沢田さんは髭を貯えていらっしゃいましたが、水上勉さんに髭はなかったので、ない方がいいと思ったのです。すると剃ってくださいました。
普通は役者さんが自分とは違う人物を作っていくのですが、沢田さんは自分にツトムを引き寄せたように見えました。沢田さんにうかがえば、自分とツトムは違うとおっしゃると思いますが、休憩しているときは素の“沢田研二”でありつつ、それがツトムにも見えるのです。「このツトムで映画として成立しているのか」という不安が絶えずありました。
ところがラッシュを見たときに驚きました。全部成立していたのです。沢田さんはカメラに向けてだけ演技をしていたのかもしれません。カメラマンは何度も「すごくよかった」と言っていましたから。僕は撮影が終わって、ラッシュを見てやっと「こういう風に芝居をしていたのか」「こういう風に自分を晒していたんだ」とわかりました。
今まで映画を何本も撮ってきましたが、こんな体験は初めてです。意識されているかどうかはわかりませんが、自分の見せ方がわかっているのでしょう。スーパースターというのはこういうことなのかと思いました。
――松たか子さんが演じた編集者は作品のヒロインでもあります。キャスティングの決め手を教えてください。
最初から松たか子さんでやりたいと思っていました。実は2000年に芸術選奨文部科学大臣新人賞をいただいたときに松さんも受賞されていて、ちょっとお話したことがあったのです。それ以来、ご一緒したいと思っていましたが、なかなか機会がなくて、今回やっとご一緒できました。
「色気があるけれど、自分では気が付いていない役」とお伝えしたところ、「私は色気がないんです」とおっしゃっていました。でも2人でタケノコを食べているシーンは色気がありましたよね。あのシーンはラブシーンのつもりで撮っていました。
タケノコを食べた後に2人で寝ているシーンはカメラを至近距離にして、松さんのアップを撮りました。まるで少女マンガのように目に星が宿っているのが撮りたかったのです。アンナ・カリーナと思って撮っていたので、後からそのことを伝えたら、ご本人は笑っていました。
ツトムと2人で通夜振る舞いを作っているシーンがあります。ツトムに何か言われると真知子は「あいよ」といいますが、そのセリフをリズミカルな感じでお願いしたところ、「あのセリフは亡くなった奥さんとこうやって料理を作っていたのかなと思いながらやっていた」とのこと。僕はそんなこと考えてもいませんでした。松たか子、恐るべしです(笑)。
――最後にひとことお願いします。
タイトルの「土を喰らう」とは、旬を喰らうことです。四季の移ろいの中で、自然が恵んでくれる食物を感謝しながら生活する。楽しくも厳しい里山の暮らしをするツトムの姿は日々の生活に追われ、旬を感じることが難しくなってしまった私たちに、人としての豊かな生き方とは何かを体感させてくれると思います。
この世の中で自分の役割は何?と思って生きているからしんどくなる。いったん死んだと思ったら役割なんてなくなるので、とりあえず今日は好きなことだけやればいい。そうやって日々生きていけば、人生が楽しくなるのではないかと思います。
取材・文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)
<中江裕司監督プロフィール>
1960年11月16日、京都府生まれ。琉球大学農学部卒業。80年に琉球大学入学と共に沖縄に移住。琉球大学映画研究会にて多くの映画を製作。92年、『パイナップル・ツアーズ』の第2話「春子とヒデヨシ」でプロデビュー。99年、『ナビィの恋』を監督。沖縄県内をはじめ全国的に大ヒット。2002年、『ホテル・ハイビスカス』が、全国公開され大ヒット。05年に那覇市に「桜坂劇場」をオープンし、運営会社のクランク代表取締役社長に就任。映画監督として活動しながら、桜坂劇場を経営している。
『土を喰らう十二ヵ月』
<あらすじ>
作家のツトム(沢田研二)は、人里離れた信州の山荘で、犬のさんしょと13年前に亡くなった妻の八重子の遺骨と共に暮らしている。9歳から13歳まで禅寺に住み、精進料理を身に着けた彼にとって、畑で育てた野菜や山で収穫する山菜などを使って作る料理は日々の楽しみのひとつだった。時折、担当編集者で恋人の真知子(松たか子)が東京から訪ねてくると一緒に料理をして食事を楽しんでいた。ところが、2人の心境に大きな変化を生じさせることが起きる。
<作品データ>
出演:沢田研二、松たか子、西田尚美、尾美としのり、瀧川鯉八、檀ふみ、火野正平、奈良岡朋子
監督・脚本:中江裕司
原案:水上勉 『土を喰う日々−わが精進十二カ月−』(新潮文庫刊)、『土を喰ふ日々 わが精進十二ヶ月』(文化出版局刊)
料理:土井善晴
音楽:大友良英
2022年/日本/カラー/ヨーロッパビスタ/5.1ch/111分
配給:日活©2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
公式サイト:https://tsuchiwokurau12.jp/
11月11日(金)より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座他にて全国公開