心温まるSFヒューマン映画『アフター・ヤン』

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ヒト型AIロボットやクローンが一般家庭に普及した未来

数十年先の未来を想像しよう。人間が人間だけのコミュニティーで生活する時代は終わった。日常にはヒト型のAIロボットがいて、家事やベビーシッターを担当している。ヒト型ロボットといっても、『スター・ウォーズ』に登場する「C-3PO」のようなルックスではない。外見も表情も何ら人間と変わりない、精巧で知的なアンドロイドだ。

また、ロボットだけでなく、クローン技術も進化し、「隣の娘さんは、クローンなのね」「あら、うちの子もそうよ」なんて会話がフツーに交わされる――。そんな近未来が舞台でありながら、ド派手な視覚効果やスペクタクルは一切出てこないSFヒューマン映画『アフター・ヤン』。観終わって「愛おしい」と感じたSF映画は、本作が初めてだ。

<あらすじ>

今から数十年先の近未来。茶葉の専門店を細々と営むジェイク(コリン・ファレル)、妻のカイラ(ジョディ・ターナー=スミス)、中国系の幼い養女ミカ(マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ)の一家には、もう一人、大切な“家族”がいた。“テクノ”と呼ばれる精巧な家庭用ロボットのヤン(ジャスティン・H・ミン)である。

幼いミカにつねに寄り添い、アジアの文化や歴史などの多様な知識を教えるヤンは、彼女の悩みごとにも耳を傾ける兄のような存在だ。互いを「グァグァ(哥哥)」「メイメイ(妹妹)」という愛称で呼び合うふたりは、穏やかで仲睦まじい日々を過ごしていた。しかし、突然の故障でヤンが動かなくなり、ヤンを本当の兄のように慕っていたミカはふさぎ込んでしまう。修理の手段を模索するジェイクは、ヤンの体内に、一日ごとに数秒間の動画を撮影できる特殊なパーツが組み込まれていることを発見する。

ヤンのメモリバンクに保存された膨大な数の映像を、おそるおそる再生するジェイク。そこには、ミカやジェイク、カイラたち家族と過ごした穏やかな日々、自然の風景や美しいものへの温かな眼差し、そして正体不明の若い女性の姿が記録されていた……。

坂本龍一や小林武史の楽曲が、切なく美しい物語を描き出す

本作を手がけたのは、小津安二郎監督を心から愛している、韓国系アメリカ人のコゴナダ監督。デビュー作『コロンバス』が米インディペンデント・スピリット賞3部門にノミネートされた気鋭のクリエイターが、今回、映画会社A24とタッグを組んだ。コゴナダ監督のつくる世界は、なぜこんなにも人の心を惹きつけるのか。そこには、さまざまな仕掛けがあった。

ジェイクたち一家が暮らす、シンプルで洗練された佇まいの家、ボーダレスな風情が漂う衣装や小道具、やわらかな自然光が差しこむ窓、暮らしに溶けこむ木々、生き物、中国茶……。
それぞれのモチーフを生かした粋な映像世界は、日本的な侘び寂びの美意識やノスタルジーを感じさせる。

ビジュアルの世界観に、えも言われぬ彩りや潤いを湛えているのは、音楽へのこだわりだ。オリジナル・テーマ曲「Memory Bank」を手がけたのは、コゴナダ監督が敬愛する、世界の坂本龍一。また、フィーチャリング・ソングとして、岩井俊二監督作品『リリイ・シュシュのすべて』で多くの映画ファンの胸に刻まれた小林武武史の名曲「グライド」を、新バージョンでよみがえらせた。

観る者の度肝を抜く、謎のダンス・バトルシーン

また、独創的な作品づくりで話題のA24とコゴナダ監督の遊び心が生み出した、ジェイク、カイラ、ミカ、ヤンのダンスシーンは必見だ。おそろいのメタリックな衣装に身を包んだ4人が、世界中の家族がリモート参加できるらしい(?)、「ダンス・バトル:4人家族部門」にチャレンジするという、謎すぎる設定。しかも、なんとなく参加するのでなく、かなり真剣に。

4人がモニターの前に並び、真顔で踊るようすや、振り付けを間違えて、「あ~あ」「パパのせいじゃないの?」とミスをなすりつけあう姿は、なんともほほえましく、ユーモアたっぷり。本作における好きなシーン、トップ3に入ることは間違いない。

迷いや葛藤に寄り添い、“真実”を見つけようとするヤン

人間と変わらない外見をもち、高度にプログラミングされたAIによって知的な会話もこなす、愛すべきロボット、ヤン。一緒に暮らすうちに、かけがえのない絆で結ばれていた家族は、突然動かなくなったヤンの姿に混乱し、悲しみや喪失感に襲われる。

ヤンが残した映像には、彼がこれまで出会ってきた人たちに向けたやさしい眼差しとともに、一人ひとりが抱える迷いや葛藤に寄り添い、何らかの“意味”を見つけようとする姿があった。たとえば、中国をルーツにもつ養女・ミカ。彼女は学校の友だちに、両親との外見の違いから、「本当の親はどこにいるの?」「今の親は家族じゃないでしょ」と問い詰められ、孤独や戸惑いの中にいた。

ミカを農園に連れ出したヤンは、別々の植物をつないで1つの植物として育てる「接ぎ木」の手法で、新たな品種が生まれている様子を見せる。「ミカ、ほら見て。すてきなことが起きているよ。この枝は、もとは違う木だったけど、今は同じ木なんだ。両方の木はどちらも大切で、お互いに支えあっている。きみも、こんなふうに家族とつながっているんだよ」。

また、決して繁盛しているとはいえない、茶葉の専門店を経営するジェイクに、ヤンは、琥珀色のお茶の中で美しくゆらめく茶葉を眺めながら、こう語りかける。「あなたのお茶の淹れ方は美しい。湯の中に入れた茶葉が浮かんで、開き、沈んでいく。私はお茶のことをもっと感覚で感じてみたい」。

なぜ、お茶が好きなのか。お茶はどんな意味をもち、何を語ろうとしているのか。ヤンは、当たり前の日常を表面的に捉えるのでなく、一つ一つの事象に内包されている“真実”を見出そうとしていたのだ。

脳内メモリバンクには、どんな記憶が蓄積されているのか

「僕たちは皆、ヤンなのです」というコゴナダ監督のことばに、衝撃を覚えた。確かに、私たち人間もデバイスのようなものだ。日々、脳内のメモリバンクに、さまざまな映像や音、香り、感覚、雰囲気などを“記憶”として蓄積している。

ロボットの記憶と、人間の記憶。一見、人間の記憶のほうがハートフルで彩りにあふれているような気がするが、はたしてそうだろうか。日々の生活に流され、漠然と過ごしているだけでは、どんなに素敵な体験や心震える場面に出合っても、脳内で次々に消去されてしまい、ヤンのように美しい記録を残すことはできないだろう。

人間のメモリバンクはロボットのように再生も早送りも圧縮もできなければ、データとしてファイリングすることもできない。だからこそ、日々のできごとや繊細な感情とていねいに向き合い、そこにどんな意味や真実が宿っているのかを問いかけ、唯一無二の記憶を蓄積していく。その一瞬一瞬がかけがえのない日常につながっているのならば、人間って、なんだかメンドウだけど、やっぱり愛おしくておもしろい。

文:小川こころ(文筆家/文章スタジオ東京青猫ワークス代表)

『アフター・ヤン作品データ
原題After Yang
監督・脚本・編集:コゴナダ
原作:アレクサンダー・ワインスタイン「Saying Goodbye to Yang」(短編小説集「Children of the New World」所収)
撮影監督:ベンジャミン・ローブ 美術デザイン:アレクサンドラ・シャラー 衣装デザイン:アージュン・バーシン
音楽:Aska Matsumiya オリジナル・テーマ:坂本龍一 フィーチャリング・ソング:「グライド」Performed by Mitski, Written by 小林武史
出演:コリン・ファレル、ジョディ・ターナー=スミス、ジャスティン・H・ミン、マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ、ヘイリー・ルー・リチャードソン
公式サイト:https://www.after-yang.jp

アフター・ヤン
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