放射線研究に生涯取り組んだ『キュリー夫人 天才科学者の愛と情熱』

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放射線研究に生涯取り組んだ女性の心揺さぶる物語

1903年にノーベル物理学賞、1911年に同化学賞を受賞。これは史上初の快挙で、現在に至るまで同賞を2度受賞したのはキュリー夫人だけである。『キュリー夫人 天才科学者の愛と情熱』はそんな彼女の輝かしい業績とは裏腹に、愛する夫との出会いと別れ、女性や移民であることで差別を受けてきた、知られざる波乱に満ちた激動の人生の“光と影”に焦点を当てた作品である。

キュリー夫人を熱演したのは『ゴーン・ガール』のロザムンド・パイク。公私ともに支えあった夫ピエールを『マレフィセント』シリーズのサム・ライリーが演じ、『ペルセポリス』のマルジャン・サトラピが監督を務めた。

<あらすじ>

19世紀末のパリ。ポーランド出身の若き女性研究者マリ・スクウォドフスカは、パリ大学から女性であるがゆえに不当な差別を受け、ろくに研究の機会を与えられないでいた。そんな中、同僚の科学者ピエール・キュリーと運命的な出会いを果たしたマリは、結婚してキュリー夫人となる。彼の支援で研究に没頭したマリは、ラジウムとポロニウムという新しい元素を発見し、夫婦でノーベル物理学賞を受賞する。科学界を席巻するが、ふたりの幸せは長続きせず、夫は不慮の事故で急死してしまう──。

失意の中でも科学への関心は失わず、亡き夫に代わってパリ大学の教授に就任したマリは放射能の研究を続け、1911年、ノーベル化学賞の受賞を果たす。彼女が発見したラジウムは癌細胞の治療に役立つことが発見される一方、長年にわたる過酷な実験による放射線被曝は彼女の身体を確実に蝕んでいった。

女性であり、移民であるがゆえの差別に抗う

研究設備の置き場をめぐってマリが教授たちと言い争う冒頭シーンは、彼女が抗う二つの差別の存在を示唆する。それは「ジェンダー」と「移民」である。マリは貧乏な実家の暮らしを支えながらパリ留学の資金を貯め、念願かなってパリ大学に入って学士号をとり、一心不乱に研究を続けてきた。

女性であることやポーランド出身であることに関係なく、能力と研究成果で判断すべきと息巻くマリは、大学のエスタブリッシュメントたちにとって実に煙たい存在であった。

ピエールもまた苦学をしながら研究者の道を志していた。似た者同士だが、ピエールの共同研究の申し出をマリは簡単には受けない。自分の研究成果を評価しての申し出だと得心できないので、首を縦に振らない。ピエールの粘り強い説得が功を奏して共同研究の開始に漕ぎつけるが、そこに至るまでのマリの態度や言動はどこまでも頑なで硬質である。

親密さを増した二人は結婚し、子どもにも恵まれ、共同研究はつらくとも楽しい時期であった。しかし、夫ピエールの死去でマリは抜け殻同然となる。悲しみから逃れるために、同じ研究室で働く男性と深い仲になったことが世間の知るところとなり、ポーランド移民の彼女に対する差別もあいまって激しいバッシングを受けてしまう。

好奇の目にさらされ誹謗中傷を受け、合理的で現実的な思考をすると自負していたマリが「どうかお願い。夫を蘇らせて」と繰り返し懇願する夜もあった。

四面楚歌の状況にあって、それでもマリは放射線の研究を続け、やがて2度目のノーベル賞となる化学賞受賞の報せが届いた。スキャンダルにまみれた彼女の授賞式への出席を回避したい賞関係者の思惑をよそに、マリは“研究成果と私生活は別”と毅然とした態度で授賞式に臨む。

失意の底にあってもなお、差別に抗い矜持を保とうとするマリ・キュリーの姿は、自分を取り囲む理不尽なものと闘おうとする痛々しいほどの覚悟をにじませる。

科学技術がもたらす光と影を映像表現で

キュリー夫人は元素からの放射を「放射能」と名付け、新たな元素を発見したことで知られるが、研究の実態はほとんど知られていない。

夫ピエールとともに何トンもの鉱石を砕き、放射能を持つ元素を精製して取り出す作業を4年も続け、ラジウムとポロニウムという2つの新しい放射性元素を発見した。本作で描かれるキュリー夫妻の研究は劣悪な環境での過酷な作業の連続であり、精製作業を担当したマリは放射性物質を素手で扱い、防護対策はほぼしていなかった。

マリの死後に放射能がもたらした功罪に言及するところも見逃せない。広島への原爆投下、米ネバダ州での原爆実験、チェルノブイリの原発事故、そして放射線による癌治療法の開発…。それぞれがマリの研究と地続きのものとして巧みな映像表現で挿入される。

本作のプロデューサーのポール・ウェブスターは、こう語っている。「『RADIOACTIVE(原題)』はマリとピエールが2人で生涯取り組んできた研究を描く、心揺さぶる物語。同時に彼らの研究がもたらす悲劇についても描いている。この偉大なる女性と彼女の夫の伝記映画であると同時に、この歴史的な研究が20世紀にもたらす影響も描いている」

キュリー夫人は晩年、同じ科学者へと成長した長女・イレーヌの提案で戦地に赴き、あることを成し遂げる。科学技術がもたらす影響は功罪相半ばするが、それでも科学の進歩は明るい未来への希望につながるのではないか。本作はそのことを、ポジティブに実感させてくれる。

文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

<作品データ>
『キュリー夫人 天才科学者の愛と情熱』
監督:マルジャン・サトラピ
脚本:ジャック・ソーン
出演:ロザムンド・パイク、サム・ライリー、アナイリン・バーナード、アニャ・テイラー=ジョイ
2019年|イギリス|英語|110分|カラー|ビスタ|5.1ch|原題:RADIOACTIVE|字幕翻訳:櫻田美樹|G
配給:キノフィルムズ
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公式サイト:https://movie.kinocinema.jp/works/radioactive