世界で最も売れたソロアーティスト(ギネス認定)、1日に売り上げたレコード枚数2000万枚、レコード総売り上げ30億枚、出演TV番組最高視聴率82%――。音楽界でさまざまな金字塔を打ち立ててきたスーパースター、エルヴィス・プレスリー。その人生と音楽が映画化された。7月1日公開の『エルヴィス』である。
メガホンを取ったのは『ムーラン・ルージュ』『華麗なるギャツビー』のバズ・ラーマン監督。綿密なリサーチを行い、脚本と製作も務めた。エルヴィス役に大抜擢されたのはオースティン・バトラー。ほぼ全編にわたり、吹き替えなしでエルヴィスになりきるという難役を見事に演じきった。悪名高い強欲マネージャー、トム・パーカー役を二度のアカデミー賞受賞の輝くトム・ハンクスが演じる。
本作はカンヌ国際映画祭アウトオブコンペ部門で上映され、12分という史上最長のスタンディングオベーションを受けた。
腰を小刻みに揺らし、つま先立ちする独特でセクシーすぎるダンスを踊りながら、禁断の音楽“ロック”を熱唱するエルヴィスに、女性客は大興奮。小さなライブハウスから始まったその熱狂は瞬く間に全米に広がり、エルヴィスはスーパースターになっていった。しかし、若者に熱狂的に受け入れられた一方、まだ保守的な価値観しか受け入れられなかった時代にエルヴィスのパフォーマンスは世間の非難を一身に浴びてしまう…。
長い髪をオールバックにして、顔にはメイクを施し、ピンクのスーツを身にまとってステージに立つエルヴィス。まだ新人で、緊張のためか声が掠れ、男性の観客からヤジを飛ばされる。ところが腰を突き出し、小刻みに揺らして「Baby Let’s play house」を歌い出すと、1人の女性が叫び声を上げた。その途端、会場の空気が一変。歓声が次々と伝播し、会場は熱狂の渦に包み込まれる。エルヴィスがスーパースターに変貌した瞬間である。
予告編にも出てくるのだが、本編ではトム・パーカーのナレーションが入り、観客心理を客観的に深層まで読み解く。ブームが生まれる瞬間というものをまざまざと見せつけられる。
ラーマン監督の巧みな演出手腕はここだけでない。エルヴィスは貧しい黒人労働者階級が多く住むメンフィスで育った。そこで音楽に触れたことをラーマン監督はトム・パーカーに語らせるのだが、エルヴィスが音楽に目覚める瞬間も観客に目撃させる。まるで神が降臨し、音楽の才能を授けたかのよう。スーパースターは生まれるべくして生まれたのだと思えてくる。
ゴスペルとR&Bにカントリーミュージックを融合させたエルヴィスの音楽はアメリカの若者たちに支持されていく。しかし、当時はまだ保守的な価値観が主流で、ブラックカルチャーをいち早く取り入れたエルヴィスのパフォーマンスは世間の非難を浴びた。
故郷メンフィスのラスウッド・パークスタジアムでのライブは事前に警察の勧告が入る。エルヴィスの音楽性よりもライブを無事終わらせたいマネージャーのトム・パーカーは「指一本でも動かせば逮捕だ」と牽制したが、エルヴィスは圧力に屈さず自分の信念を貫き、「Trouble」を歌う。
その反骨精神に観客が熱狂したライブシーンでラーマン監督はフラッシュを炊いて撮ったモノラル写真や映像を何度も挟み込み、語り継がれる伝説のライブであることを表現した。まさにエポックメイキングを目撃する映画だ。
世界を熱狂させたエルヴィスだが、意外にも海外公演はカナダのみ。ドイツや日本から公演依頼があり、1回100万ドルと言われてエルヴィスが乗り気になるシーンが出てくるが、トム・パーカーの反対にあって実現しなかった。エルヴィスに殺人予告が届き、シャロン・テート殺害事件などが起こっていたこともあり、危険だというのが表向きの理由だ。
しかし、本作では裏にある理由も描く。トム・パーカーがインターナショナル・ホテルの支配人と交わした契約は1年100万ドルで、5年契約。それにはある密約がつけられていたのだ。観客はここでも目撃することになる。
吹き替えなしで歌唱とダンスをこなしたオースティン・バトラーは「エルヴィスのレコーディングか、僕のレコーディングかわからないようにまったく同じ歌声をやってみせることを目標にした」と語る。専門家による猛特訓を1年以上にわたって週 6日以上受けたというから驚きだ。
エルヴィスの1950年代の曲はモノラル録音されているため、歌声をバンド演奏から切り離すことができず、初期のパートはオースティンが歌い、時折オースティンとエルヴィスの声を融合させ、晩年はエルヴィス本人の声が使われているが、違和感は全くない。オースティンは目標を完全にクリアしたといえよう。
オースティンは17歳のティーンエイジャーから42歳で亡くなる直前までを演じた。年代に合わせた容貌や体型の変化を特殊メイクで緻密に表現した点も見逃せない。ブレイクした頃は体つきが華奢で、腰を小刻みに揺らすたびにピンクのスーツのパンツが波打っていた。それが30代半ばに行ったラスベガスのインターナショナル・ホテルでの豪華なライブでは脂が乗り切り、貫禄にあふれている。そして最後の見た目は5時間かけて作ったという。もうすぐ亡くなるだろうことが顔立ちからも伝わってくる。
エルヴィスはようやくトム・パーカーの悪行に気づき、マネージャーを解雇するが、トム・パーカーはそれまでエルヴィスのために立て替えてきたお金を返せと言い出す。その金額はなんと854万9761.09ドル! インターナショナル・ホテルとの5年契約の額を上回る。営業で飛ばしたバルーン代25ドルなどの些細な費用まで計上しているのだ。悪名高いマネージャーらしい。
エルヴィスというスーパースターがいかにして生まれ、どれほど愛され、どんな最期を迎えたのか。本作で目撃してほしい。
文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)
『エルヴィス』
監督:バズ・ラーマン
出演:オースティン・バトラー、トム・ハンクス、オリヴィア・デヨング、コディ・スミット=マクフィー
配給:ワーナー・ブラザース映画
2022年/アメリカ/159分/原題:Elvis
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2022年7月1日(金)ROADSHOW