⾃叙伝を映像化『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』

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⾃叙伝「サリンジャーと過ごした日々」を映像化

作家志望の20代の女性がニューヨークの老舗出版エージェンシーに職を得て、文豪J・D・サリンジャーの担当アシスタントとして悪戦苦闘しながら仕事を覚えていく中で、自分を見つめ直し、やがて自分の求めているものに真摯に向きあうようになる―。

5月6日から劇場公開される『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』はアメリカの小説家、ジョアンナ・ラコフの⾃叙伝「サリンジャーと過ごした日々」(柏書房、原題「My Salinger Year」)を原作にした、一人の若者の仕事を通じた成長の物語である。主人公のジョアンナを演じるのは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の“プッシーキャット”役で存在感を放ったマーガレット・クアリー。ジョアンナの上司のマーガレット役には、『エイリアン』の主役リプリー役で大ブレイクし、『愛は霧のかなたに』、『ワーキング・ガール』などで印象を残したシガニー・ウィーバーを配した。

メガホンを取ったフィリップ・ファラルドー監督は、アカデミー賞Ⓡ外国語映画賞にノミネートされた『ぼくたちのムッシュ・ラザール』や『グッド・ライ〜いちばん優しい嘘〜』を⼿掛けている。

本作は第70回ベルリン国際映画祭(2020年)でオープニング作品としてプレミア上映された。

<あらすじ>

舞台は1990年代のニューヨーク。作家を夢見るジョアンナは⽼舗出版エージェンシーでJ・D・サリンジャー担当の上司マーガレットの編集アシスタントとして働き始める。⽇々の仕事は、世界中から毎⽇⼤量に届くサリンジャーへの熱烈なファンレターを処理すること。⼩説の主⼈公に⾃分を重ねる10 代の若者、戦争体験をサリンジャーに打ち明ける退役軍⼈、作家志望の娘を亡くした⺟親――。⼼を揺さぶられる⼿紙を読むうちにジョアンナは、通り一遍の定型⽂を送り返すことに気が進まなくなり、個⼈的に⼿紙を返し始めてしまう。そんなある日、マーガレットにかかってきた電話をジョアンナが受けると、相手はあのサリンジャーだった……。

舞台のモデルは実在する老舗出版エージェンシー

「ハロルド・オーバー・アソシエイツ」

出版エージェンシー」は本を出したい人に適切な出版社を紹介し、出版への道を開く役割を果たす。劇中でモデルとなった「ハロルド・オーバー・アソシエイツ」は1929 年にニューヨークで設⽴され、サリンジャーのほかにアガサ・クリスティ、D・トマス、F・スコット・フィッツジェラルドなど、数々の⽂豪作品の契約・著作権の管理などを手掛けてきた。

エージェントの業務は幅広く、読者の手紙をチェックするのもその一つだ。サリンジャーは1963年にファンレターへの返信を止めたので、エージェントが「著者の意向で、読者の手紙を届けることはできません」とタイプした手紙を送る。ファンレターは必ず読んでからシュレッダーで処分する。定型文の返事にもかかわらず、なぜすべての手紙に目を通すのか。マーガレットの説明に合点がいった。作家をめぐる危機管理もエージェントの重要な仕事なのである。

劇中ではファンレターを送ってきた読者たちが次々に現われて、サリンジャーを読んだ思いを語りかけるシーンがある。ジョアンナの頭の中で繰り広げられるファンタジーではあるが、内省的になり、感情的になっていく彼女がふと漏らすひと言が印象に残る。

「(私が本当に嫌いなのは)何も書かない私」だと。

ジョアンナが仕事の力量を付け始めたころ、こんな出来事があった。米国の著名な児童文学作家ジュディ・ブルームが数年ぶりに新作を書き上げ、出版エージェンシーにやってきたのである。ブルームはマーガレットの前任者が担当していた作家だった。しかし二人の打ち合わせは不調に終わった。しばらく経ってマーガレットは、ブルームの作品を好きだというジョアンナに意見を求める。ジョアンナの答えはとてもシンプルで説得力があり、マーガレットは自らの至らないところを素直に認めた。年若い部下の成長を実感する上司のうれしい気持ちが伝わってきて、観ている側もまたうれしくなるシーンだ。

「何も書かない私」へ「毎日、書くこと」を勧めるサリンジャー

ジョアンナはサリンジャーからの電話をマーガレットに取り次ぐこともする。その際、ひとことふたこと会話を交わす。あるとき作家志望を気付かれ、「毎日、書くこと」を勧められた。しかし、仕事をしながらではなかなかできない。いや仕事を言い訳に、書くことから逃げていたのだ。

作家として書くことに打ち込むために、自分の求めるものに向き合うジョアンナ。その表情には、作家になることを夢見て単身、ニューヨークに乗り込んできたころに彼女が語っていた言葉が重なった。「作家を目指すなら、安アパートに住み、カフェで執筆する」

見終わった後に清々しさが残る作品である。

文:堀木三紀(映画ライター/日本映画ペンクラブ会員)

『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』
監督・脚本:フィリップ・ファラルドー(『グッド・ライ~いちばん優しい嘘~』)
原作:「サリンジャーと過ごした⽇々」(ジョアンナ・ラコフ 著/井上里 訳/柏書房)
出演:マーガレット・クアリー、シガニー・ウィーバー、ダグラス・ブース、サーナ・カーズレイク、ブライアン・F・オバーン、コルム・フィオールほか
提供:カルチュア・パブリッシャーズ、ビターズ・エンド
配給:ビターズ・エンド
2020年/アイルランド・カナダ合作/101分/ビスタ/原題: My Salinger Year
5月6日(金)新宿ピカデリー、Bunkamura ル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
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