『天使のくれた時間』(2000年公開)は、ウォール街の凄腕金融マンが主人公となり、1946年のフランク・キャプラ監督の映画『素晴らしき哉、人生!』をモチーフに”IF(もしも・・・だったら)の世界”を描いたSFファンタジー。
主演は『リービング・ラスベガス』でアカデミー賞を受賞し、演技派路線だった頃のニコラス・ケイジ。共演のケイト役にシリアスからコメディまでこなすティア・レオーニが演じるほか、カギを握るキャッシュ役には当時まだ中堅若手演技派の立ち位置だったドン・チードルが出演しています。
13年前、恋人のケイトを振り切ってロンドンに研修に出たジャックは、その後ニューヨークに渡り、ウォール街で成功をおさめ、大手金融会社の社長になっていました。
しかし、その一方でケイトとは破局し、クリスマスイブも独りで過ごすことに。
イブの深夜、黒人青年・キャッシュとの不思議な出会いを経たジャックが翌朝に目覚めると全く別の庶民的な家のベッドにいました。さらに隣には別れたはずのケイトの姿があり、二人の子供までいました。
何が起こっているのかわからないジャックは慌ててニューヨークのオフィスに向かいますが、そこにはそれまでの自分の痕跡が一切ありません。
再び現れたキャッシュはこれは“IFの世界”だと言います。次第に“IFの世界”に馴染み始めたジャックですが、元の世界に戻る時が迫っていました。
ニコラス・ケイジが演じるジャックは、クリスマス休暇も無視してイブの日に企業買収を進めるような典型的なウォール街の猛者。ジャックは他者への思いやりもなくはないのですが、利益第一主義で過剰なまでの自信家なザ・経営者。最近までどこかの国のトップを務めていた“誰かさん”を思い起こさせるキャラクターですね。
最近のニコラス・ケイジは趣味にお金を費やし過ぎて借金を抱え、その返済のためにB級アクションに出まくるキワモノ俳優的な立ち位置になりつつありますが、このころはまだアカデミー賞俳優として顔でヒューマンドラマ映画に出ていました。本作の演技で改めてフランシス・フォード・コッポラ監督の甥っ子という毛並みの良さの持ち主であることを思い出させてくれます。
そんなニコラス・ケイジが演じるジャックは、現実と全く違う世界に放り込まれるのですが、彼を“IFの世界”に導くのが“キャッシュ・マネー”という役名のドン・チードル。マーベル作品や『オーシャンズ11』シリーズなどに出演する前で、当時はまだ知る人ぞ知るという存在でしたが、本作でも短い出番の中で存在感を発揮しています。
ヒロインのケイト役を務めたティア・レオーニは、シリアスからコメディまで何でもこなす万能型。本作の演技でサターン主演女優賞を受賞しています。
この作品が面白いのは現実とは全く違う“IFの世界”に放り込まれたジャックが、またもやウォール街での成功を改めて目指そうとするところでしょうか?
こういう話は、たいてい庶民的な生活の良さに気が付き、それを守ろうとするのがオチですが、ジャックは以前の世界の記憶が残っているためにどこか野心的なままでいて、金融業界へ、エリートビジネスマンへの道を諦めきれずにいます。
しかし、そんな彼を大きく変えるのが“IFの世界”でしか出会うことのなかった自分の家族たちの存在です。 ジャックが元の世界に戻ったときに下す、ドラマチックな決断に注目です。
映画の原題『THE Family Man』のタイトルの意味が、最後になってジンワリと心に沁みてきます。モチーフとなった『素晴らしき哉、人生!』も合わせてご覧になってみては?
文:村松 健太郎(映画文筆家)
作品データ
邦題:天使のくれた時間
原題:The Family Man
監督:ブレット・ラトナー
出演:ニコラス・ケイジ、ティア・レオーニ
配給:ユニバーサル・ピクチャーズ
2000年/125分/アメリカ