『金環蝕』は、1965(昭和40)年の九頭竜川ダム落札にまつわる汚職事件をモデルとした、石川達三の長編小説(同名)を映画化。巨大保守政党の総裁戦争いに端を発した汚職を巡る攻防が、仲代達矢、三國連太郎、宇野重吉ら昭和の名優によって描かれる。
金環”蝕”とは、「金環(日)食」をもじった造語。月の外側に太陽がはみ出し、細い光輪状に見える天体現象から、「外側はきらびやかに見えるが、中身は真っ黒」と比喩している。
1964(昭和39)年5月の第14回民政党大会において、現総裁の寺田政臣(久米明)は党内最大派閥を抱える酒井和明(神田隆)を破り、総裁に就任した。しかしその裏では両陣営とも10億を超える資金を投入したため金詰りに。そこで寺田派である官房長官の星野康雄(仲代達矢)は、秘書の西尾貞一郎(山本學)を通じ金融業の石原参吉(宇野重吉)に接触。石原に2億円の資金を用立てるよう依頼する。依頼を断った石原だが星野の動きに疑問を抱き、調査により福竜川ダム建設にまつわる汚職を嗅ぎつける。
寺田の故郷である九州・福竜川ダムの建設。事業を請け負う電力開発会社の財部賢三総裁(永井智雄)は、旧知の間柄である青山組へ発注を予定していた。しかし是が非でも工事を受注したい竹田建設は、献金先である寺田派へ接近。電力開発副総裁の松尾芳之助(内藤武敏)を抱え込み、財部の任期前辞任を画策する。寺田派の思惑通りに事が進むと西尾は実権を握り、竹田建設への発注が実現するよう暗躍する。
福竜川ダム建設を受注した竹田建設は、星野へ5億円を献金。その動きを察知していた石原は、星野へ圧力をかける。のらりくらりと交わした星野だったが、内部事情まで嗅ぎつけている石原の存在に危機感を抱き始める。
以下、ネタバレを含みます。
1965(昭和40)年2月の決算委員会に向け、民政党の神谷直吉(三國連太郎)はダムに関わる不正を暴くため、石原に接触する。星野を突き崩せない石原は、星野が政治献金を受け取った証拠を神谷に託す。
いよいよ始まった決算委員会で神谷は日本政治新聞社社長・古垣常太郎(高橋悦史)を参考人招致。古垣は財部が酔って打ち明けた、ダム建設に竹田建設を推す寺田の妻・峯子(京マチ子)からの圧力について証言する。しかし財部はそれを否定。すでに財部は竹田建設から口封じの7000万円を受け取っており、怒りに震える古垣とは目を合わせようともしなかった。
ダム建設にまつわる賄賂への追及を防ぐため、星野が自分を逮捕するよう仕向けるだろうと予想した石原は、峯子が財部へ圧力をかけた証拠のネガを古垣へ託す。その夜、古垣は峯子と財部の不正を暴露するため記事を執筆していたが、何者かに買収された義弟の欣二郎(峰岸徹)が古垣を刺殺。翌日に石原は巨額の脱税を理由に逮捕されてしまう。
それでも賄賂への追及の手を緩める姿勢を見せない神谷だったが、寺田派の官房長官から2000万円の賄賂を渡され、ついに陥落。外遊の名目で国外へ旅立ち、翌日の決算委員会へは出席しなかった。
かくして賄賂の証拠が表に出ることもないまま、病死した前総裁・寺田の葬儀が執り行われた。党葬として行われた葬儀には、妻である峯子や最後まで寺田の秘密を守り抜いた星野らも参列。厳粛な空気の中、新総裁となった酒井が弔辞を読み上げていた・・・。
日本の国会議員の給料に当たる歳費は、年額約2000万円。諸手当を含めれば4000万円に上るといわれている。しかし国会議員の魅力は歳費の額だけではなく、巨額な国家予算を動かす権力にある。
本作のモデルとなった九頭竜川ダムの第一工区建設では、41億円で鹿島建設が落札した。総務省統計局がまとめた「消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)」を比較基準とするなら、1965(昭和40)年に比べ2019(令和元年)の物価は4.2倍に上昇*。換算すると172億円以上の金が動いたことになる。
当時、池田勇人首相への鹿島建設による政治献金疑惑が問題となったが、秘書官とジャーナリストが不自然な死を遂げ、事件の真相は闇に葬られた。
*e-Stat消費者物価指数より 1965年の消費者物価指数は24.4、2019年は102.3。
2020年9月に放送されたTBS系列ドラマ『半沢直樹』(第二部)では、国会議員ならではのカネの動かし方が話題となった。悪徳国会議員がその地位を利用して銀行から多額の融資を受け、子飼いの地元企業へ転貸。地元企業が安く広い土地を購入すると、そこへ国会議員の権力で空港を誘致し地価を何倍にも引き上げ、差額で莫大な利益を得るというものだった。
まさに国の力を使っての錬金術。美味い汁を吸うために違法な献金をしたがる人は後を絶たない。本作でも政治家に取り入りたい企業と企業を利用したい政治家の思惑がせめぎ合い続ける。
ドキュメントタッチを残しながらも、エンタメ要素もある点も半沢作品と同じ。登場人物の中に善人の姿はなく、ことごとく悪人として登場する。すべては「金(カネ)と権力」のために動くダム建設プロジェクト。職業倫理を全うするかに見えた財部は退職金代わりの賄賂に屈し、正義の徒として不正を糾弾していた神谷もあっさりとカネに屈する。
唯一最後まで正義を貫いた古垣は、出来の悪い腹違いの弟に刺されるという救いの無い最後。悪人による悪人のための世界が作られる様に、不快感を覚える人もいるだろう。
それでも、悪人を演じる俳優たちの存在感がすばらしい。冷徹な表情を貫く仲代達矢が物語をけん引し、後半は三國連太郎の圧倒的なエネルギーで嵐を巻き起こす。終盤に登場する大滝秀治からは、権力者が持つ冷酷さにゾクッとする。なかでも宇野重吉の存在感が抜群だ。歯の抜けたコミカルな表情の影に見え隠れする、戦後を生きた男の強さに惹きつけられるだろう。『半沢直樹』で政権与党の箕部幹事長を演じた柄本明は、この作品から演技のヒントを得たのではないかと思わせる。
それにしても骨太の社会派ドラマには、昭和を生きた名優たちがよく似合う。
文:M&A Online編集部
<作品データ>
金環蝕
1975年・日本・155分