今月、ハリウッドで大きな決断が下されました。ハリウッドメジャーの一角であるWarner Bros.(ワーナー・ブラザース)が2021年に公開予定の新作映画を、アメリカでは劇場と系列の動画配信サービスHBO Maxで同時配信すると発表したのです。
そのラインナップには話題の超大作『ワンダーウーマン1984』のほか、ヒットシリーズの最新作『マトリックス4』、カルト映画をリメイクした『DUNE/デューン 砂の惑星』、小栗旬も出演している『ゴジラVSコング』、アメコミ大作の『ザ・スーサイド・スクワッド』など合計17本にも及びます。
ワーナーの決断には、新型コロナウイルス感染症の拡大によって米国都市部の映画館で通常営業ができないという実情があります。ワクチン接種の供給整備が急ピッチで進んでいますが、未だ先行きが見通せない中ではやむを得ない決断と言えるでしょう。
これまで劇場公開とネット配信の関係性が論じられるとき、NETFLIXを筆頭とした動画配信サービス会社が製作したオリジナル長編作品を一般の映画と同列に扱うべきかという問題がありました。
海外では作品に対する扱いが割れています。カンヌ国際映画祭は劇場での上映を前提とされていないことを理由にエントリーすら受け付けない一方で、ヴェネチア国際映画祭では受け入れる姿勢を取り、2018年にはNETFLIXが製作した『ROMA/ローマ』をグランプリ(金獅子賞)に選出しました。
新型コロナの影響でアメリカ国内の映画館の営業制限が厳格化すると、新作映画の公開が軒並み延期となっていきました。そもそもハリウッド映画は海外市場を念頭に入れたビッグビジネスで、製作費や宣伝費も海外展開を計算に入れています。そのため海外で公開ができないとなると、収益を上げるどころか投資回収すらも難しくなります。しかも、慣例と契約の両面でアメリカ(北米)での公開が担保されないと、世界各国での配給・公開もできません。
コロナ禍が長期化すると、一時しのぎの公開延期だけでは対応できなくなってしまいます。そこでディズニーは今年の春に公開予定だった実写版『ムーラン』を9月4日に同社系列の動画配信サービス「Disney(ディズニープラス)」でプレミアアクセス作品*として配信すると発表しました。(*12月より追加料金も不要に)
これは非常に大きな方針転換で、ハリウッドメジャーが勝負作の全米劇場公開を完全にあきらめた瞬間といえます。さらにディズニーは、ピクサーブランドの『ソウルフル・ワールド』や新作アニメ『ラーヤと龍の王国』の劇場公開も断念し、同じくDisneyで配信すると発表しました。
ユニバーサル・ピクチャーズもアニメ『トロールズミュージック★パワー』を劇場公開と同時にオンデマンド配信すると発表しましたが、興行側に断りを入れなかったことで揉め事に発展しました。その結果、劇場公開から90日間は「デジタルなどで配信しない」というルールが17日間に短縮されることになりました。
そのほか、世界各国の国際映画祭がオンラインでの開催へ切り替えたり、コンペティション部門を廃止するなど従来の慣習を大きく変える例も少なくありませんでした。
もちろん日本でも新型コロナの感染症拡大は、映画館の営業に大きな影を落としました。3月下旬になると日本でも都市部の映画館が週末の営業を休止、4月7日には政府の緊急事態宣言を受けて7都府県で営業を休止、さらに4月16日には全国の映画館へ休止が拡大、それから1ヶ月間、日本の映画館は完全に営業を休止しました。
緊急事態宣言解除後に多方面で営業再開が進みましたが、映画館の休業要請が緩和されるまでには3ヶ月もの期間を要し、自粛期間中に公開予定だった作品は、全て公開延期となりました。
そんな中で東宝映像事業部の『泣きたい私は猫をかぶる』が劇場公開されずにNETFLIXで全世界独占配信に切り替えると発表。また行定勲監督の『劇場』が映画館での公開と同じタイミングでAmazonプライムでの有料配信をスタートさせ、劇場公開とネット配信の併用を決めました。
また秋の東京国際映画祭では、劇場での上映を行う一方で、海外からのゲスト・審査員の招聘をあきらめ、関連イベントの多くはオンライン開催に切り替わりました。
ハリウッドの大作が軒並み公開延期を繰り返す中で、劇場公開を強行した作品がありました。それがクリストファー・ノーラン監督の『TENET テネット』です。
常に革新的な作品を発表し続けるノーラン監督ですが、映画に関しては非常に保守的な考えの持ち主です。デジタル全盛期に未だにフィルム撮影にこだわり、CGを多用せず実物の大掛かりなセットを作って作品を撮り続けています。
何よりノーラン監督は、「映画は劇場で上映されるべき」という並々ならぬ思いを抱いています。自分の作品が大きなスクリーンで見られることを前提として、撮影の多くの部分にIMAXカメラを採用しているほどです。
そんなノーラン監督の劇場第一主義を貫いた『TENET テネット』は世界各国で劇場公開を決行し、アメリカでも新型コロナの影響が比較的軽微な郊外の劇場を中心に公開されました。
結果として、アメリカ(北米)での興行収入は決して高収益と言えるものではなかったものの、ハリウッド大作に飢えていた世界各地で相応のヒットを記録、日本でも興行収入が20億円を超えてきました。ノーラン監督の代表作である“ダークナイト”が3部作すべて10億円台の興行収入に留まっていることを考えると、これは大ヒットといっていい数字です。
このようにワーナー(とハリウッドメジャー)は劇場の営業再開を見据えながら作品の公開延期を重ねてきましたが、2020年が丸々“空白の一年”となることが見えてくると、必然的な流れとして“劇場公開以外”の方法を模索するようになりました。そして、先のディズニーの配信に続いて、ワーナーも系列のHBO Maxの活用を決断したのです。
ワーナーはまず、10月に全米公開予定だったロバート・ゼメキス監督、アン・ハサウェイ主演の『魔女がいっぱい』をHBO Maxで配信すると発表。これに続いて12月25日全米公開(日本では12月18日公開)のアメコミ超大作『ワンダーウーマン1984』を劇場とHBO Maxでハイブリッド公開することを決断します。
ハイブリッド公開はやむを得ない選択と考えていたワーナーでしたが、その流れで来年の17本の新作についてもハイブリッド公開を決断しました。ちなみにこの決断の前には、幾つかの作品についてNETFLIXと交渉したという報道もありました。
現在ハリウッドメジャーと呼ばれているのは、ディズニー、ワーナー、ユニバーサル、ソニー・ピクチャーズ、パラマウント、メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)の6社です。そして、このうち半数の3社が配信サービスを使うという選択をしたのです。
また、懐事情の厳しいMGMが看板タイトルの007の新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』のライセンスを動画配信サービス会社に売り渡そうとしていたという報道もありました。提示された金額が高額だったこともあって商談成立には至らなかったようですが、映画館の通常営業が見通せないことから、他のメジャー各社も何かしらの対策を講じざるを得ない状況になっています。
ネット配信が主流になりつつある中で、劇場での映画の上映というスタイルを重視する人たちにとっては非常に残念な選択として受け止めているようです。
前述のノーラン監督や『ワンダーウーマン1984』のパディ・ジェンキンス監督、『DUNE/砂の惑星』のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督などはこのハイブリッド公開に失望の念を隠そうとしていません。ノーラン監督は「失望している、混乱している」と公式にコメントし、全米監督協会や劇場主からは「立ち上げたばかりのHBO Maxが会員数を増やしたいがための選択ではないのか?」とワーナーに疑問を投げかける動きが出ています。
何かしらの形で映画を公開し収益を確保したい会社と、劇場での上映の確保を求める監督や映画ファンとが衝突する図式ができつつあります。
他方で、おうち時間の拡大によって動画配信サービスは顧客を増やし続けているという側面もあります。劇場上映が再開されるのか、ハイブリッド公開が定着するのか、ということも含めて、新型コロナウイルスの感染症拡大の余波は映画界にも大きな影響を及ぼしています。
文:村松 健太郎(映画文筆家)