マツモトキヨシがM&Aに取り組み始めた99年近辺は、ちょうどドラッグストア業界にM&Aが加速する流れが起こり始めた時期であった。そのため、当時売り上げ首位であったマツモトキヨシでもその座にあぐらをかいているだけではとどまり続けることは難しく、自社の地場以外の有力企業に声掛けしていくことが必要だった。

 初めての純粋なドラッグストアの買収は、04年2月の健康家族とのM&Aになる。長野県で27店舗のドラッグストアを展開している、地場に根差した企業だった。

 続いて着目したいのが、杉浦薬品、ぱぱす、ミドリ薬品への資本投下だ。それぞれ愛知県、東京23区、鹿児島県内にてドミナント形成をしている有力企業であった。これらについては、当初、資本業務提携として株式を取得する旨のリリースをしているが、後に3社とも株式を追加取得し、子会社化を実現している。これはマツモトキヨシがこの後行っていくM&Aの特徴の一つで、業務提携、ないしは議決権に大きな影響を及ぼすことのない範囲で資本業務提携をする。

 これは、他社ドラッグストアグループとの密度の差をつけ、友好的な関係を築いた上でシナジーを慎重に図ることができる利点がある。再編が激しい小売業界では、初手の早い者が最終的にスケールメリットを得ることも少なくない。ただし、この手法については大きな失敗を喫したこともあった。マツモトキヨシが01年5月、企業として初めて「業務提携」をした、静岡の大手ドラッグチェーンの高田薬局案件である。

 高田薬局との業務提携は資本関係を伴わないものであったが、01年来ずっとマツモトキヨシグループとしてマツモトキヨシのプライベートブランド商品の供給を受け、物流センター機能も共有。マツモトキヨシの中部エリアにおいては、かなり大きな基盤となっていた。

 しかし08年3月14日、マツモトキヨシに事前の通達がないまま、グループ傘下のウェルシア関東と持株会社設立を伴う経営統合を発表した。事実上、マツモトキヨシの最大の競合であるイオングループ傘下入りの表明である。

 これを受けマツモトキヨシは、「背信行為であり信頼関係が破壊されたと言わざるを得ない」として、08年4月11日付けで高田薬局に対して契約解除通知書を発送し、契約関係全てを解除するとともに、業務提携を解消した。この案件の前後から、マツモトキヨシによる株式の100%取得によるM&A案件が始まる。06年のマックス買収がそのはしりとなる。

 マックスは、新潟県で21店舗を運営するドラッグストアだった。当時、新潟県内における店舗網が少なく、住宅街などの優良立地をマックスが展開していたため、シナジーを発揮しやすい状況にあった。この後も、次々とこのような地場大手先を傘下にしていく。

 ここで、マツモトキヨシの財務状況をひもといてみたい。添付のグラフを見てもらいたい。